034話 幕間 / 大剣のフェリクスの憂鬱


[フェリクス視点]


 大剣のフェリクスは困っていた。

 勇者がへそを曲げてしまったからだ。


 フェリクスはカイたちと別れた後、ダンジョンに潜って<災厄の魔物>が既にカイに倒されていたことを確認した。

 そして証拠を持って、ギルドに<災厄の魔物>の討伐を報告したのだ。


 その後でフェリクスは拠点に戻り、傷心の勇者が療養している部屋を訪れる。

 そして勇者にも<災厄の魔物>が死んでいたことを説明した。


 カイとの約束があったので、フェリクスは既に死んでいたことだけを話し、「先の戦いで与えた傷が致命傷になったのだろう」と嘘をついた。


 けれども、<災厄の魔物>を倒しきれなかったことを一番実感しているのは、攻撃を与えた勇者自身だ。

 すぐにフェリクスの嘘を見抜き、何者かが自分たちの代わりに<災厄の魔物>を倒したのだと察した。

 勇者はフェリクスを責めたりはせず、かわりに悔しそうに呟いた。


「私が、お兄ちゃんのかたきを取るつもりだったのに……」


 村を飛び出した家族というのは、勇者の兄だったのかとフェリクスは思った。

 フェリクスは勇者の素性を知らない。

 いや、全人類に対して、勇者の素性は秘匿されているのだ。


 ”天啓”で<勇者の証>というスキルを手に入れた者は、人類最強のジョブである勇者となる。

 どのような出自で、これまでどんな暮らしをしていようが関係ない。

 ゆえに、勇者の家族は平凡な一般人というのも当然ありえる。


 フェリクスは思う。

 勇者殿には気の毒だが、勇者殿の兄が既に命を落としていたのは、勇者殿とその兄にとってむしろ幸運だったと。


 単身で人類社会の勢力図を変えてしまう勇者の力を利用しようと目論む者は多い。

 最強である勇者を力づくで支配することは出来ないが、勇者の家族を人質に取って無理やり命令することは出来るのだ。


 それを防ぐために、勇者の素性は徹底的に隠される。

 互いに命を預ける仲間たちでさえ、この少女がどこの誰なのか知らない。

 少女が自分の生い立ちを明かさない限り。


 勇者が行方不明の兄を探して旅をしていたのだとフェリクスが知ったのは、兄の死を知った勇者本人がそれを口にしたからだ。


 勇者とはいえ、13歳の少女である。

 兄の死を前に、ふさぎ込んでしまうのは仕方がない。


 だがもしも、この兄思いの少女が、生きている兄を人質に取られたとしたら、その時に勇者として正しい行いが出来たであろうか。

 兄が生きていたほうが、残酷な未来が待っていたのではないか。


 そんなことをフェリクスが考えていると、勇者は不愉快そうに言った。


「出てって。今は誰とも話したくない」


「……わかった」


 フェリクスは静かに部屋を出た。

 少女は、顔を伏せたままだった。




 フェリクスが部屋を出ると、廊下に1人の男が立っていた。


「盗み聞きとは感心しないな、パーシェン」


 勇者パーティーの1人、大賢者パーシェンだ。

 パーシェンは鋭い瞳をギロリとフェリクスに向けた。


「どうですか、勇者様の様子は」


「だいぶ傷心のようだ。無理もない。まだ成人していない子供なのだからな。いい機会だ、少し休んでもらったらどうだ」


「バカを言わないでください、フェリクス。勇者が1日休むことで、世界にどれだけの損失が出ると思っているのですか」


 大賢者の物言いを、フェリクスはサラリと流す。

 一理はある。

 だが勇者は勇者である前に、1人の少女なのだ。


 それにパーシェンが出世欲の強い人間であることを、フェリクスは知っている。

 Aランクへの昇進も目前というところで、足止めをくらったのが腹立たしいのだろう。


「ところでフェリクス。<災厄の魔物>が死んでいたというのは本当なのでしょうね?」


「ギルドが認めたことを疑うのか?」


「いいえ、違います。我らの攻撃では<災厄の魔物>に致命傷を与えられなかった。にも関わらず死んでいたということは、我らの他にあの魔物を倒した者がいる。そして、人類最強の勇者ですら倒せなかった魔物を倒したとなれば、それが何者だったのかはおのずと分かります……」


 やはりこいつの本質は文官なのだなと、フェリクスは思った。


 <災厄の魔物>と戦った時、勇者は冷静ではなかった。

 本調子であれば、結果は異なっていたかもしれない。


 戦いは様々な要素が複雑に絡み合うため、どちらがより強いと簡単に比較できるものではないことを、この大賢者は理解していないのだ。


 だが、隠し事をしているフェリクスはそれを指摘せず、黙って大賢者パーシェンの言葉を聞いた。


「勇者よりも強い存在、それは魔族! <災厄の魔物>を倒したのは魔族か、あるいは魔族に力を与えられた人間である、魔族の使徒! それしか考えられません! そしてどちらも人類の敵であり、勇者の倒すべき相手です!」


「パーシェン、何が言いたい。魔族が魔物を倒すはずがなかろう? 何を企んでいる」


「勇者様が落ち込んでいるのは、兄の仇を自らの手で倒せなかったからなのでしょう? ならば! <災厄の魔物>に負けた雪辱は、<災厄の魔物>を倒した相手を倒すことで晴らせばいいのです!」


「な、何を言ってるんだパーシェン! <災厄の魔物>を倒したとなれば、それは人類側……正義に属する者であるはずだ!」


 フェリクスの脳裏に、カイの顔が浮かぶ。

 大賢者パーシェンは、あの少年と勇者殿を戦わせるつもりだ!

 そんなことをして、一体何になる?!


「フェリクス! もはやあなたから聞くことは何ひとつない! あなたが何か隠していることは分かっています。ですが、あなたの義理堅さも知っている! あなたから情報を引き出すのは不可能でしょう! 私は<災厄の魔物>を倒した人物について、独自に調査させていただきます!」


 大賢者パーシェンは言い捨てるように去っていく。

 フェリクスは内心で焦りながら、その背中を見つめていた。


 勇者パーティーの参謀役として活躍してきた大賢者のことだ、いずれはカイ君のことを突き止めるだろう。


 このことを勇者殿に伝えるか?

 いや、これ以上勇者殿に心労をかけるわけにはいくまい。

 カイ君が隠したがっていた力が、魔族に関係するものでないことを願うしかないか──


 フェリクスは必死に思考を巡らせてる。

 そのため、勇者の部屋から溢れてきた呟きを聞き逃してしまった。

 少女の、悲しみの独白を。


「どうして私をおいて出てっちゃったの、カイお兄ちゃん……」


 その言葉が誰かに届くことは無かった。


 勇者の少女。

 秘匿されていた本名は、リア・リンデンドルフ。


 この時まだ誰も気づいていないが──カイの妹である。



【次回予告】

 メスガキ魔族の尻を叩いて窮地を脱し、念願のEランク冒険者になったカイたち。

 そんなカイたちのもとに、新たな仲間と新たな敵が現れる。

 しかも、賢者がカイの秘密を暴こうとしてきて──。


 トラブル続きのカイは果たして、妹に猫耳メイド服を着せることが出来るのか!?


 次回、『3章 さまよう少女のロリーナ・メランコリック』

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