033話 追い求める日々の終わり


 フェリクスたち勇者パーティーと別れた俺達は、食事を済ませて宿屋に向かった。


 ちなみにフェリクスとの冒険で得た報酬は、3人と1匹で山分けした。

 フェリクスが魔物のディーピーを冒険の仲間として認めてくれていたことが、少し嬉しい。


「あいつもなかなかやるやつだったな。俺様ほどではないが、根性がある。海パンのジョージのやつ、まだまだ伸びるぞ」


「大剣のフェリクスな」


 ディーピーのほうも、それなりにフェリクスを気に入っているようだった。

 一緒に<野生化した合成獣ワイルド・キマイラ>と戦って、お互いを認めたのだろう。


 大剣のフェリクスに、大盾のアーダイン。それと、大根の(?)プリセア。

 この人達とは、なんとなくこれからも関わりがありそうな気がする。


「それにしても、今回は大変だったな。まさか新手の魔族が出てくるなんて……」


「あの、それなんですけど……あたし、まだ何が起きたのか、よく分かってなくて……。よければ、順を追って説明してもらえませんか?」


 ラミリィが不安そうに言った。

 無理もない、ちょっと前まで最弱モンスターの<プチ>に苦戦していたラミリィが、魔族と対峙するはめになったのだから。


「そうだな……ざっくり言うと、冒険者ギルドで俺たちに絡んできたチーザイが、俺達に復讐するために魔族と手を組んだってところかな。ギルドで戦った時は、あいつはまだ魔族と出会ってないんじゃないか?」


 あいつの性格を考えると、<魔法闘気>を使えるならあの場で俺に無様に負ける前に使っていたはずだろう。


 <縮小化ミニマム>のほうは、密かに使ったけど俺に効かなかったのだろう。

 スキルは発動を宣言せずに使うと効果や成功率が下がるからな。


「そういうことなら、魔族と出会ったのはカイに負けた後だと思うぜ。なんせ魔族は自分の求める感情を強く発している人間を見つけ出す能力があるからな。チーザイはきっとカンカンに怒っていたはずだ。そこをメルカディアに付け込まれたんだな」


「ちょっとディーピー。そんな能力あるの、初めて知ったんだけど」


「なんだ知らなかったのか。お前がダンジョンで出会ったマーナリアだって、偶然あそこにいたんじゃないんだぜ。母親のことを思う感情を察知して、あそこに行ったんだ。カイは1年前のあの場所で、母親のことでも考えたんじゃないか?」


「そうだったような……よく覚えてないや」


「カイ、お前は偶然マーナリアと出会って、運良く最強の力を授かったと思っているかもしれないが、そうじゃあないんだぜ」


「違うの?」


「お前が独りで森をさまよっていた時に母親のことを思い浮かべるような性格だったからこそ、母性派魔族のマーナリアと出会ったんだ。これがおとりにされた恨みで怒るような人間だったら、憤怒ふんどの魔族メルカディアと遭遇してたかもしれない。すべては、なるべくしてなっているんだ」


 実は少しだけ気になっていたんだ。

 ドズルクが他にも多くの新人冒険者を森の奥に置き去りにしていたのなら、マーナリアはその人達を助けなかったのだろうかって。


 なるほど。

 その人達は、マーナリアと出会わずに、メルカディアのほうと出会っていた可能性があるのか。


「あのー、話しぶりから察すると、やっぱりカイさんって、魔族と関係がおありなんですか?」


 ラミリィが遠慮がちに聞いてきた。


「そうだね。ラミリィには正直に話すよ。俺はダンジョンに置き去りにされた後、魔族と出会って<魔法闘気>を教えてもらった。禍々しく見えるのも、これが魔族由来の力だからさ」


 俺はダンジョンの奥で置き去りにされてから、ラミリィを助けるに至ったまでのいきさつを正直に話した。

 隠し続けるのは、仲間として不誠実だと思ったからだ。


「……俺のことが怖い?」


「そんなことありません! あたしはカイさんのその力に、何度も助けられました! それに、その力のおかげで、あたしはあたしなりの戦い方も見つけられましたし」


 ラミリィがチーザイとの戦いで見せた<早打ち>による一斉攻撃は見事なものだった。

 もうラミリィも、自分自身を足手まといだとは思わないだろう。


「閃いたアイディアが上手くいってよかったよ。<魔法闘気>を武具にも付与できるなんてな。ディーピー、こんな便利な使い方があるなら、早く教えてくれればよかったのに!」


「いや俺様、そんな使い方知らなかったんだけど……お前の発想、時々怖いよ」


 えー。


「あたしは、チーザイが怖かったです。急にあんなに強くなってしまって……。あれは一体なんだったんでしょうか」


「あれは魔族の”寵愛ちょうあい”を受けて、使徒になったんだ」


 ディーピーの口から、また知らない単語が出てきた。


「なんだ、その使徒って」


「そうだな、ザックリ言うと、魔族に気に入られて特別な部下になった者ってとこだな。すごい使い魔ってイメージでいいぜ。魔族は使徒に、自分の使える力を分け与えられるんだ」


 チーザイが<魔法闘気>を使えたのは、魔族メルカディアがその力を分け与えたからなのか。


「そんなことが出来るなら、マーナリアも長い修業なんかせずに、さくっと俺を使徒にしてくれたらよかったのに」


「いや、逆だぜ。魔族の使徒は主人の魔族に絶対服従。そして、寿命も主の魔族と共有するから、殺されるか魔族に捨てられるまで決して逃れられない。マーナリアは、お前をそんな存在にせずに力をつける方法をとってくれたんだ」


 そういえば、前にマーナリアが「望むなら、ずっと守ってあげる」と言っていた。

 あれは、俺を使徒にして永遠にマーナリアの箱庭で囲っておくことも出来るという意味だったのか。


「あの修行も意味があったんだな」


 俺がマーナリアのよく分からなかった修行に感心していると、ラミリィが不安そうに言った。


「そうすると、魔族が力を与えたら、カイさんみたいな凄い力を人間は簡単に手に入れてしまうということですか?」


「そういうことになるな」


「怖いですね……普通の冒険者が、いきなり魔族の力を手に入れてしまうことが。誰もがカイさんのように、最強の力を正しいことに使えるわけじゃありませんから」


 それは俺も気になっていた。

 マーナリアと出会うまで、魔族なんて英雄譚に出てくる遠い存在だと思っていた。

 それが、こんなにもアッサリと出てきて、人間をたぶらかしていたなんて。


「<魔法闘気>を悪用する、第2、第3のチーザイが出てきてもおかしくないよな……」


 例えばもしサイフォリアの街の中にも魔族が入り込んでいたら。

 この街の平穏は、あっさりと崩れてしまうのかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は宿屋に戻った。



■□■□■□



 そして宿に戻り、俺の平穏はあっさりと崩れ落ちた。


「プークスクス。ようやく戻ってきたのね、このクズ人間! このメルを待たせるなんて、本当にいい度胸してるわね! まったく、頭にきちゃう!」


 魔族のメルカディアが、俺のベッドで寝ていたのだ。

 なにやってんだコイツ。


「なにやってんだって言いたそうな顔してるから、教えてあげる。メルの体温で、ベッドを温めてあげてたのよ! ふふん。どう? 誇り高き魔族がクズ人間のために、こんな甲斐甲斐しくしちゃうなんて……こんな屈辱……ああっ!」


 いやほんと、なにやってんだコイツ。


 メルは怒りの感情を糧にする魔族。

 自分で自分を怒らせるようなことをやって、力を得ていたということか。

 でもこれ傍目から見たら、ただの変態じゃん。


「……ラミリィ、ごめん。今夜は一緒のベッドで寝てもいい? ちょっと自分のベッドに入りたくないんだ」


「は、はい……。それは構いませんし、嬉しいんですが、その……」


 いま、きっとラミリィは俺と同じことを考えているだろう。


「魔族、普通に街の中に入ってくるんだな……」


「ふふん。当然じゃない。あんなクソザコ結界、メルには何の意味も成さないわ!」


 これで、他にも魔族が街に入り込んでいる可能性が出てきたわけだ。

 というかメルのやつ、これからは俺につきまとうつもりか?


「どうするんだよ、これから……」


 思わず弱気な言葉を吐いてしまった。


「大丈夫ですよ、カイさんなら!」


 そんな俺を、ラミリィが励ましてくれた。


「きっと大丈夫です、あたしたちなら! なんとなく、そんな気がするんです。あたしの予感って、これで結構当たる……いや……あんまり当たらないかも……」


「ちょっと、励まそうとした人のほうが気落ちして、どうするんだよ!」


「ご、ごめんなさいっ! でもそういうことじゃなくて、うまく言えないんですけど! 別に幸せになれなくても、それでもいいのかなって思えて……。カイさんとなら、どんな不幸も乗り越えていける気がしたんです!」


 ラミリィはそう言って、俺に握手の手を出した。

 そういえば、これまでラミリィは一度も俺の差し出した手を握り返すことはなかった。

 けれども今回は、ラミリィのほうから手を伸ばしたのだ。


「だから、えっと、これからもよろしくお願いします!」


 俺はその手を強く握り返した。


「こちらこそ、よろしく」


 思えば、パーティーを組もうと提案したのも、ラミリィからだ。


 だから、そう。

 ラミリィは、俺に助けられるだけの存在じゃない。

 この少女は、自分の手で運命を切り開いたんだ。



/2章 弓使いラミリィは当たらない・完

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