032話 勇者パーティー


 それから俺たちは冒険者ギルドに戻り、緊急対応クエストの達成報告をした。


 魔物を倒した証拠もあるため、ちゃんとクエスト達成の実績になるとのことだ。

 認可の手続きに時間がかかるので今すぐにというわけにはいかないが、俺達のEランクへの昇格は間違いないだろうと、受付嬢のサイリスさんが教えてくれた。


「おめでとうございます、カイ君。これであなたも一人前の冒険者です。ですが、あまり無茶をしてはダメですよ」


 サイリスさんはいつも通りの無表情だが、なんとなくその言葉が優しく感じられた。


「やりましたね、カイさん! あたしたち、これでようやくスタートラインです!」


 ラミリィは嬉しそうにはしゃいでいる。

 それもそのはず、Eランクになれば自分たちだけでクエストを受けられる。

 もう悪徳冒険者に捕まる心配はないのだ。


「君たちであれば、Bランクなんてあっという間だろうな! 俺もうかうかしてられんな!」


 フェリクスは愉快そうに笑っている。

 俺はそんなフェリクスに改めて礼を言った。


「ありがとうフェリクス。あなたのおかげで、俺達はEランクになれそうだ」

 

「礼はやめてくれ。助けられたのは俺のほうなのだからな! そうだ、よければ<災厄の魔物>の討伐に、君たちも加わってくれないか?」


 フェリクスは妙案とばかりに話を切り出した。


「ああ、それなんだけど……ちょっとここでは言いにくい話があるから、ギルドの裏手に回ろう」


 そうして俺はフェリクスたちをギルドの裏手につれていき、<災厄の魔物>は自分がもう倒したことを伝えた。

 フェリクスはしばらく目を閉じて思案したが、最後には俺の話を信じてくれた。


「にわかには信じがたいが……カイ君が言うのであれば、そうなのかもしれんな。だがなぜギルドにそれを言わない? <災厄の魔物>を倒したとなれば、君は街の英雄だ」


「わけあって、俺は自分の力を隠したいんだ。死体はそのまま放置してきたけど、今ならまだ回収できると思う。だから、それを持ち帰って、フェリクスたちが討伐したことにしてもらいたい」


「ううむ……君が悪意のない、正義の剣を振るう人物であることは理解している。だが、君が受けるべき称賛を、俺たちが横取りするわけには……」


 フェリクスはこの話についてはすぐには了承してくれなかった。

 そういえば勇者パーティーは<災厄の魔物>に挑んで、敗走したという話だった。

 その勝てなかった相手を自分たちが倒したことにするのは、戦士として抵抗があるのかもしれない。

 フェリクスは、かわりに条件を持ち出してきた。


「ならばひとつお願いがある。今から、俺と手合わせをしてもらえないか?」


 そう言ってフェリクスは大剣を構えた。

 急な話だったが、フェリクスの表情は真剣だ。

 この様子だと、すぐにでも飛びかかってきそうだ。


 困った、街中で<魔法闘気>を使うと、誰かに見られてしまうかもしれない。

 場所を変えるようお願いするか?

 いや、一瞬だけ発動すれば周囲には気づかれずに済むかもしれない。


 俺が対応を考えていると、フェリクスは構えたはずの大剣をすぐに降ろした。


「いや、止めだ。有無を言わさず襲いかかるつもりだったが、それでも勝てるイメージが湧いてこなかった。まったく、修行のやり直しだなこれは」


「えっと、じゃあ手合わせは……」


「俺の負けだ! いやはや、まいった。無理を言ってすまなかったな! さきほどの話、承知しよう! <災厄の魔物>は俺たちが倒したことにする! 他のメンバーは俺が説得してみせよう!」


 フェリクスは大声で笑った。


「フェリクス、ありがとう」


「だが貰いっぱなしというのは俺の気がおさまらん! かわりに何か、俺に出来ることをさせてくれ!」


「そういうことなら、剣を1本もらえないか? 普通のやつでいいんだ。どちらかというと、勇者パーティーの一員から授かった剣という情報のほうが重要なんだ」


「うむ、わかった! 俺の大剣をやろう!」


 フェリクスはそう言って、彼の<蒼剣ツヴァイキャリバー>を俺に差し出した。


「いや、普通のでいいんだけど……。それに、大剣は俺の身の丈には合わないよ。このぐらいの、ショートソードでいいんだ」


 俺は子供の頃に俺を助けた大剣使いの冒険者に憧れて、冒険者の道を目指した。

 だけど、あの人になりたかったわけじゃない。

 俺には、俺なりのやり方がある。


 俺の説明で合点が言ったのか、フェリクスは自分の大剣をしまった。


「うむ、わかった! 手持ちの中から、出来るだけ良いものを贈ろう! すぐに取りに行く! さっそくついてきたまえ! 俺たちの拠点に案内しよう!」


 フェリクスはそう言ってきびすを返すが、すぐに振り返ってばつが悪そうな顔をした。


「いや、すまない。よく考えたら、勇者殿の傷が癒えていないんだった。不用意に初対面の君たちを連れ込むわけにはいかんな。さっきの話はなしだ! 後日、俺が君のもとに届けよう!」


 フェリクスは仲間の傷が癒えるまでの時間を潰すために俺たちに協力してくれるという話だったな。

 けれども、まさか傷を負ったのが勇者だったとは。

 勇者といえば、人類最強のジョブだと言われているのに。


「勇者の傷、酷いのか?」


「いや、肉体的な傷はもう癒えてるんだ。どちらかというと、精神面だな……。これは、秘密の話なのだが──」


 フェリクスが言うには、勇者は戦闘面では最強だが、まだ13歳の少女らしい。

 そして旅の目的が、冒険者になるために村を飛び出した家族を探すことだという。


 そうして各地で人々を救いながら密かに家族を探していたのだが、ようやく手がかりを掴んだサイフォリアの街に来てみたら、その家族がくだんの<災厄の魔物>に殺されていたことが発覚したそうだ。


 勇者は敵討ちとばかりに感情に任せた戦い方をしてしまい、不覚を取った。

 そして人生で初めての敗北をきっしてしまい、ひどく落ち込んでいるとのこと。


「カイ君がもっと早く<災厄の魔物>を倒していれば、勇者殿の家族も死ななくて済んだかもしれない……そんなことさえ思ってしまうよ。いやすまない、言っても仕方ない話か」


「いや、俺も……もっと早く修行を終えていれば、その人を救えたかもしれないとは思う」


「しかもその家族は”天啓”がハズレスキルだったらしくてな。そんなことがあったばかりだから、ラミリィ君に厳しいことを言ってしまったんだ。無茶をして命を落としたときに、悲しむのは親しい人たちなのだからな」


 ”天啓”がハズレスキルなのに冒険者になりたくて村を飛び出した家族か……。

 俺みたいなことをするやつは、どこにでもいるんだな。


 俺の妹も、故郷の村で俺のことを心配しているかもしれない。

 落ち着いたら、会いに帰るのもいいかもしれないな。


 いやまさかあいつ、俺に会うために村を飛び出したりしてないよな?


「あっ、兄さん!」


 突然話しかけられて、びくりと驚いてしまった。

 恐る恐る声の主を見てみたが、見知らぬ女性だった。


 女性は金色の髪をしていて、背中からは白い羽が生えている。

 珍しい。<有翼人>だ。

 俺の妹は普通の<人間種>なので、こんな天使のような見た目はしていない。


 ほっと胸をなでおろす。

 まあ、こんなところに俺の妹がいるわけないよな。


 フェリクスが有翼人の女性に言葉を返す。


「プリセアか、どうした?」


「うん、大根がすっごく安くてね。アーダインと一緒にたくさん買っちゃった」


 見ると、プリセアという女性とアーダインという重戦士は、両手いっぱいに大根を抱えていた。

 ふたりとも、フェリクスと親しそうだ。

 俺はフェリクスに尋ねる。


「知り合いなのか?」


「ああ、俺のパーティーのメンバーだ」


 フェリクスがそう言うと、重戦士の男が名乗りをあげる。


「俺はアーダイン。勇者パーティーで壁役タンクをしている。<大盾のアーダイン>とは、俺のことだ!」


 そこに、いままで沈黙を保ってきたディーピーが文句を入れた。


「おいおいおいおいおい! 大剣のフェリクスの次は、大盾のアーダインってか? 大男だの、大斧だの……流行はやってんの? 人間たちの間で、それ流行はやってんのか!?」


「おい、ディーピー! さすがに失礼だろ!」


 俺はディーピーをたしなめる。

 その様子を見て何かを察したのか、有翼人の女性は天使のような羽をはためかせながら、持っていた大根を掲げた。


「そして私は、大根のプリセア!!」


「……妹のプリセアだ」


 フェリクスが呆れた様子で言った。

 有翼人のプリセアは「兄さん。もしかして私、すべった?」なんて言っていたから、普段からこんな感じなのかもしれない。


「カイ・リンデンドルフだ」


 こちらも名乗りをあげる。

 俺に合わせてラミリィもフェリクスの仲間たちに名乗った。


「だ……だいだい髪の、ラミリィです……なんちゃって……」


 そこ! 張り合わなくていいから!

 それに顔を真っ赤にして恥ずかしがるぐらいなら、言わなきゃいいのに。


「ふっ、照れてるようでは、まだまだね」


 何かよくわからないけど、有翼人のプリセアは勝ち誇っていた。

 白い羽の有翼人は天使の生まれ変わりなんて伝説があるけど、とりあえず目の前にいる女性はただの面白おもしろお姉さんだ。


「カイ君、ラミリィ君、それとディーピー君! すまないな! 妹はいつもこんな感じなんだ!」


 フェリクスが謝罪を入れてきた。

 案外この人、苦労人なのかもしれない。


「それとプリセアにアーダイン、ちょうどいいところに来てくれた! 俺たちは急いでダンジョンに行かなければならない! カイ君、また会おう! さらばだ!」


 フェリクスはそう言うと、仲間たちを連れて去っていった。

 <災厄の魔物>の死亡を確認しにいくつもりだろう。


 そうして俺たちは、勇者パーティーの一員たちと別れた。


 翌日、冒険者ギルドが、勇者パーティ<堅牢なる精霊の園アーセルトレイ>が<災厄の魔物>を討伐したとの知らせを出すことになる。

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