031話 ペンペンは剣より強し?


 そして、異常な光景が出来上がった。

 森の中で延々と魔族の少女のケツを叩き続ける男という絵面だ。


「あんたねぇ、ひゃうっ! いったいいつまで、ひゃうんっ! やるつもりなの、ひゃうぅん!!」


 ついにメルカディアは、俺に叩かれる度に嬌声をあげるようになった。

 仲間たちからの視線が痛い。


 でもこれ、止めるわけにはいかないんだよ。

 止めたら殺される。

 間近で見ることで、メルカディアの実力はハッキリと分かった。


 今の俺では勝てない。

 いや、人間には勝てないと言ってもいいかもしれない。

 メルカディアをそのまま解放したら、街が滅ぶかもしれない。


 だから分かってくれ、このお尻ペンペンは街を守るためのペンペンなんだよ!


 魔族と関わると人間は気が触れてしまう、なんて言い伝えがあったな。

 今の俺は、他人から見たらどう映るのだろうか。

 そう思ったら、つい平手打ちを止めてしまった。


 すると、どうだろう。

 メルカディアが、甘えるような声で懇願こんがんしてきたではないか。


「やめちゃうの……?」


 ぱぁん!


 その態度にビックリして、思わず叩いてしまった。


「ひゃんっ!」


 魔族に魅入られた人間は、例外なく破滅する。

 俺はもう、取り返しのつかない所まで来てしまっているのかもしれない。

 ならばもう、やぶれかぶれだ。


「なあ、メル。魔族ってのは、人間よりもずっと凄い力を持ってるんだよな?」


「え、ええ。そうよ。本当はあんたみたいなクズ人間、簡単に殺せちゃうんだから」


「だったらさあ、もしもだけど……その魔族が、もし人間の言いなりになってたりしたら、それってすっごく屈辱的なことなんじゃないか?」


「あたりまえじゃない。そんな屈辱、一族の名誉を傷つけるレベルの恥よ。もしもそんなことをされたら、メルだったら怒り心頭でどうにかなっちゃいそう……はっ、あんたまさか!」


「そのまさかだよ。メルにはこれから、俺の言いなりになってもらう。文句は言わせないぞ?」


 メルが常に怒りつつ、人間に危害を加えないようにコントロールする。

 それしか、この状況を打開する方法が思いつかなかった。


「ふざけないでよっ! メルが、そんなことすると思ってるの!? ……ちなみに、メルにどんなことをさせるつもりなの?」


 うわめっちゃ食いつくじゃん。


「そうだな。不用意に人間を襲っちゃダメだ」


「……そんなことなの?」


 まずい、不服そうだ!

 しかもこれ、条件が緩くて不満っぽいぞ!

 もっと過激なことをさせないとダメかも!


「あと、俺が呼んだらどこで何をしていても、すぐに現れること。俺はお前の都合なんて、どうでもいいからな。だけど、いつ呼び出されてもいいように、常に準備しておくんだぞ」


「そんなぁ! メルに、常にあんたみたいなクソ人間のことを考えておけって言うの!?  はぁん、凄い……じゃなかった、許せない!」


 あ、でも魔族と関わりがあるって知られたら色々と面倒なんだよな。

 その辺のフォローも入れておくか。


「だけど俺は、お前のことなんて知らないって態度をするからな。都合が悪かったらシカトするかもしれない。それでもお前は俺の言う通りにするんだぞ」


「あぁんっ! こんなクソ人間に、魔族のメルがいいように使われて、都合が悪くなったら捨てられるかもしれないっていうのね!? そんなの、想像しただけで……はぁん」


 メルカディアはなんかこう、うっとりしている。

 もしかして俺は、魔族メルカディアに開けてはいけない扉を開けさせてしまったのだろうか。


「分かったら、さっさと失せろ」


 メルカディアを解放すると、不満そうな瞳を返された。


「え~、お尻ペンペンは?」


「同じことを二度言わせる気か? いい子にしていたら、またやってやるから。これ以上、俺の手を煩わせるなよ」


「ちぇー」


 メルカディアはしぶしぶといった感じで、空間を歪めて奇妙な穴を作り出した。

 マーナリアの時にも見た、ワープゾーンだ。


「このクソ人間め、メルに命令なんかして許されると思ってるの? 絶対に許さないんだから。あんたたち全員、息の根を止めてあげるわ。じゃーねー! またやろうね!」


 言葉のおぞましさとは裏腹に、とびっきりの笑顔を浮かべながらメルカディアは去っていた。




 ワープゾーンが完全に閉じて空間の歪みが戻ったあたりで、ようやく俺は肩の力を抜けた。


「はぁ、よかった。一時はどうなることかと思ったよ」


 圧倒的な力を持つ魔族メルカディアを、なんとか追い返すことができたんだ。

 これは世界とはいわなくても、サイフォリアの街を救ったと言っても過言ではないのでは?

 そんな街の英雄に、仲間たちは生暖かい声をかけてくれた。


「カイ、お前……本当に、いろいろと……凄いヤツだな? 俺様もビックリだわ」


「カイさん、あたし、カイさんがどんな性癖だろうと、受け入れます! 受け入れられるように、がんばりますからね!」


 そんな仲間たちは、明らかに俺から一定の距離を置いている。


「違うんだ、今のは! 説明させてくれ! 頼む、俺に説明の時間をくれぇぇ!!」




 そうして俺は、必死に弁解して仲間たちの誤解を解いた。

 大剣のフェリクスが気絶していて、対メルカディア戦を全く見ていなかったのが、せめてもの救いだろう。


 そのフェリクスだが、俺が<気付け薬>を使うまでもなく自力で目を覚ました。

 瀕死の重傷だったはずだが、いつのまにか傷も癒えていた。

 なんだかんだ、この人も割と規格外な存在な気がする。

 生身で勇者パーティーの一員をするのなら、このぐらいのタフさが必要なのだろうか。


「すまなかった、ラミリィ君! 俺は君をみくびっていた!」


 フェリクスは目を覚ますと、開口一番、ラミリィに謝罪した。


「君が冒険者に向いていないという発言、撤回しよう。君には冒険者にもっとも大切なものが備わっている。それは、決して諦めない心だ」


「謝らないでください、フェリクスさん。あたしだって、自分で冒険者は向いてないのかもなーなんて思ってたぐらいですし。でも、そう言ってもらえて嬉しいです。カイさんのおかげですね」


「ラミリィが自分の力で成し遂げたんだから、今回はラミリィのお手柄だよ。あ、そうだフェリクス。さっきの矢のこと、他言無用で頼む」


 俺の<魔法闘気>を乗せた矢は、フェリクスにも見られている。

 だから釘をさしておく必要があった。

 フェリクスは何も聞かずに了承してくれた。


「了解した! 今回、俺は君たちに助けられた。君たちがそうして欲しいというのなら、喜んで協力しよう! もちろん最初の約束だった、Eランク昇格の推薦もさせてもらおうじゃないか! 一気にもっと上のランクにしてやりたいが、それが出来ないルールなのがもどかしいな!」


 そうだった。

 そもそも、FランクだけのパーティーだとEランクへの昇格が不可能だから、フェリクスに協力してもらったんだ。

 ちょっと街の郊外に出ただけなのに、まさか新たな魔族と遭遇する事態になるとは。


「でも、俺たちまだ何の依頼も受けてないんじゃないか?」


「おや、知らんのか。Bランク以上には緊急対応クエストというのがあってだな。異常事態を現場で処理したとき、ギルドから認可が降りればクエスト達成扱いになるのだ。そして、もう忘れてるかもしれないが……俺たちは<野生化した合成獣ワイルド・キマイラ>を倒しているのだぞ。野外フィールドに出てきたエリアボス、これが異常事態でないはずがなかろう!」


 そういえば確かに。

 今回の戦いは、いきなりエリアボスであるはずの<野生化した合成獣ワイルド・キマイラ>に襲われ、フェリクスとディーピーに対応を任せてラミリィを迎えに行ったところから始まったんだ。


 あの<野生化した合成獣ワイルド・キマイラ>は、おそらく魔族メルカディアが俺たちにけしかけたのだろう。


「でも、あたしたちその魔物とは戦ってませんよ?」


「細かいことは気にするな! 君たちはそれ以上の敵と戦って、勝ったのだ! 素直に受け取っておきたまえ!」


 フェリクスはそう言って、はっはっはっと大きく笑った。

 その話で、俺はふと思い出した。


「そういえば、俺がラミリィを連れ戻しにいった時、ラミリィは何かを言いかけてたよな? あれって、何の話だったんだ?」


 ラミリィは少しばかり思案する。


「えへへ、まだナイショです。あたしが言えるようになったら、言いますね」


 そう言ってラミリィはいたずらっぽく笑った。

 それは、初めて見せる表情だった。

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