029話 弓使いラミリィは当たらない③(2章ざまぁ回)


[ラミリィ視点]


 何者にもなれなかった人間は、手に入らなかったものを追い求めながら、残りの人生をみじめに生きていくしかないのだろうか。


 幸せになると約束したあの日から、あたしは失敗ばかりしてきた。

 器用に立ち回ろうとすればするほど、どつぼにはまる。

 あたしは弓も人生もヘタッピだ。


 だけど、この一撃だけは。

 絶対に、上手くいって欲しい。


 そうして願いを込めて、あたしは矢を放った。

 高笑いをして油断しきっているチーザイにしっかりと狙いを定めて。


 カイさんの<魔法闘気>をまとったその矢は、驚くほど速く飛んだ。


──そして、あたしの願いは届かなかった。


 矢はチーザイの真横をかすめて、そのまま通り過ぎた。

 その先にある木を何本もなぎ倒して、どこかへと飛んでいく。

 矢がどこに落ちたのかは分からなかった。

 もしも矢がチーザイにあたってさえいれば、即死だっただろう。


「このアマ……いつのまにか、抜け出していたみてぇだな。俺の<縮小化ミニマム>の効果範囲から……!」


 失敗した!

 チーザイは恨めしそうに、こちらを睨んでいる。

 もう奇襲にはならないだろう。


 せっかくのチャンスだったのに、失敗してしまった。

 ああ、いつものあたしだ。

 上手くやろうとして、失敗するあたしがいる。


 知ってた。

 覚悟だとか、背負った思いだとかですぐに変われるほど、人生は甘くない。


「そこを動くなよ、もう一度射程範囲まで行って、<縮小化ミニマム>で小さくしてやる……!」


 何を弱気になってるんだ、あたしは!

 カイさんはあたしに上手くやれなんて、一言も言わなかった!

 当たるまでやれと言ったんだ!


「<早打ち>!」


 素早く2発目を放つ。

 あたしの”天啓”スキル。

 威力も命中もからっきしだから使い物にならなかったけど、カイさんのおかげで今は矢の威力は十分。

 だから、あとは当てるだけなんだ。


 けれど、2発目はさっきよりも大きく逸れた。

 矢の残りは14発。


「知ってるぜ、てめぇ弓の腕がまるでダメなんだろ! 威力は凄いようだが、これならいくら近づいても怖くねえな!」


 2連続で外したのを見て、チーザイがグイグイと近寄ってきた。

 それに合わせて、後退する。

 あたしたちの間に、ディーピーさんが割って入った。


「なるほど、じゃあここは俺様が足止めをすればいいわけか」


「あぁん? なんだ、このヘンチクリンなネズミは」


「ネズミじゃねえ、俺様は<死の銀鼠デス・オコジョ>のディーピーだ」


 ディーピーさんが作ってくれた隙に合わせて、もう一度矢を放つ。

 ハズレ。

 残り、13発。


「よく分からんが、邪魔だ! 小さくなっていろ! <縮小化ミニマム>!」


 ディーピーさんはあっという間に小さくされてしまった。

 だけど、その間に<早打ち>でもう1発撃てた。

 結局当たらなかったけど。

 残り、12発。


「そういうことなら……、この大剣のフェリクスも時間稼ぎに協力しよう……」


「あぁ? なんでてめぇが立ち上がれるんだよ。さっきのは即死級の攻撃だったんだぞ」


 満身創痍ながらも、フェリクスさんが立ち上がった。

 今だ! <早打ち>!


 そうして放った矢は、こんどこそチーザイに向かって飛んでいった。

 だけど。


「おっと危ねえ」


 矢は、機敏な動きでかわされてしまった。

 そうだった、<魔法闘気>で強化されてるチーザイは、人間離れした動きができるんだった。


 でも、それじゃあどうやって攻撃を当てれば……!?


「俺がまと当てのカカシだとでも思っていたのか? 調子に乗っていたな、てめぇ! 不意打ちでもなきゃ、あのぐらいの攻撃は避けられるんだぜ!」


「ならば……、俺の大剣との同時攻撃ならどうだ……?」


 フェリクスさんは、そう言って大剣を構えた。

 でも、見るからに構えるのがやっとだ。


「てめぇな、そんなフラフラで俺に攻撃するつもりか? 出来ると思ってるのか? やっぱてめぇもまだ調子乗ってるだろ」


「言わせておけば……俺が……調子に乗っているだと……? いつも自分の無力さに打ちひしがれてばかりの、この俺が……? いいだろう、俺がなぜ大剣を使っているか、教えてやる……」


 フェリクスさんはふらついて、今にも倒れそうになりながらも、言葉を続ける。


「俺は剣がヘタで、なかなか攻撃が当たらないからだ……! ”天啓”のスキルも攻撃向けのものではなかった! だから、せめて当たれば1発が強力な大剣を選んだ! いつだって俺は、俺の出来ることをガムシャラにやるだけだ! くらえ、悪鬼!」


 そうしてフェリクスさんは最後の力を振り絞って、大剣を振り下ろした。

 それに合わせて、あたしも弓を射る。


 けれども、フェリクスさんの大剣はあっさりと受け止められ、あたしの弓はあらぬ方向に飛んでいった。

 そして、フェリクスさんは膝から崩れ落ちて倒れる。


「くくく……ははははは……! 偉そうなことを言っていた割に、この程度か! おっと、また立ち上がられたら面倒だ、小さくしておこう」


 倒れていたフェリクスさんもまた、小さくなった。

 チーザイは誇らしそうに、こちらを向く。


「どうだ、残っているのは俺だけになったぞ。これが結果だ。残念だったな!」


 終わりだ。


「いえ、これがいいんです。残ったのがあなただけになったのが、いいんです。これまでは、誤射の可能性がありましたから」


「なんだと……!?」


 狙って撃つのはもう終わり。

 残りの矢の数をちまちま数えるのも止め。

 ついでに上手くやろうとする生き方も、これで終わりにしよう。

 あたしは、あたしなりに、出来ることをガムシャラにやるだけだ。


「あたしのスキル<早打ち>は、射撃武器による攻撃を瞬時に行える。そして、狙いを定める時間を抜きにすれば……次の発動までに必要なクールタイムは、ありません! だからっ!」


 効果の宣言。

 そうすることで効果が上がると言ったのは、チーザイだ。


「<早打ち連射・一斉攻撃これがあたしのやり方だ>!!」


 残っているすべての矢を、一瞬で撃ち放つ!

 放たれた矢たちは、無数の光線となってチーザイに襲いかかった。


 狙って当てる必要なんか、なかったんだ。

 無数の矢の雨を降らせて、そのどれかが当たることを期待する。

 それが、あたしの……あたしにしか出来ない、やり方だったんだ。


「ぐはぁっ!」


 一斉に放った矢の全てをかわすことは出来ず、そのうちの1発がチーザイにあたる。

 だが、致命傷には至らなかった。


「飛んでくる矢を……小さくして致命傷を避けたぜ……。そしてお前の技は手持ちの矢を一気に放つようだな……だから、もう矢の残りはない……この勝負、いまの攻撃を耐えた俺の勝ちだ……!」


「いいえ、違います。あたしたちの勝ちです」


 あたしは弓を構える。

 既に、矢の補充は終わっているからだ。


 いまの一瞬で、空になった矢筒に新たな矢が補充されている。

 カイさんの<装備変更>だ。


「あたしにもようやく分かりました。<装備変更>は、瞬時に装備を入れ替えるスキル……。そして<早打ち>は、瞬時に矢を放つスキル……。つまり、あたしとカイさんが力を合わせれば、何度でも矢の雨を降らせられるんです」


「まさか……いや、待て! 待ってくれ、降参する! だから殺さないでくれ!」


「その言葉はもう聞き飽きました。<早打ち連射・一斉攻撃>!!」


 そうして再び、すさまじい速度で矢を放つ。

 紫色のオーラを帯びた矢の連射は、光の束がチーザイに襲いかかっているようだった。

 1発1発が圧倒的な破壊力を持つそれは、乱射であるがゆえに狙っての回避が出来ず。

 ゆえに全てを合わせると、必中必殺の大技グラン・アーツと化した。


「ぐ、ぐわああぁぁぁぁぁ!!!!!!」


 そうして攻撃を終えたときには、あたしの前にはえぐれた大地だけが残っていた。

 大男のチーザイは、塵さえ残らないほど細切れに小さくなって死んだのだ。

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