028話 弓使いラミリィは当たらない②


 岩の隙間から外に出て、あたしは息を呑んだ。


「ここから、射程外まで気づかれないように走り抜けなきゃいけないんですね……!」


 小さくされたこの体だと、10メートルがあまりにも遠すぎるのだ。

 チーザイとは距離があるから、本当はその半分ぐらいなのかもしれない。

 けれど今のあたしには、スキルの射程範囲外までの道のりが、途方もなく長く見えた。


 走っている間に見つかったら、全てが台無しになる。

 なんとかしてチーザイに見つからないように、隙を見つけなくては。


 コッソリとチーザイの様子をうかがう。

 チーザイは魔族の少女に何かお願いしているようだった。


「頼むよ、俺の足を治してくれよ~。手の傷を治した時みてぇによぉ~」


 だが魔族の少女メルカディアは、チーザイの頼みを歯牙にもかけない。

 いつのまにか用意していた果物のバスケットからチェリーをつまみながら、チーザイをさげすむように見ていた。


「ねえ、お兄さんはさあ、口の中でチェリーのヘタを結べる? メルはできるよ? こうやってねぇ……ほぉら、結べた!」


 魔族メルカディアはその長い舌を出して、ヘタを結んだチェリーを見せつけた。

 あどけない、子供のような口調だが、それが異様だ。

 メルカディアは見せつけるように、チェリーを舌の上で転がし始める。


「れろれろれろれろれろれろれろれろ」


 チーザイも突然の発言に、動揺している様子だった。

 だが自分がおちょくられていると感じたのか、ついに激昂する。


「傷を治せと言ってるのが分からんのか、このメスガキがぁーーー!!!!」


「クスクス。わぁ、怒った! 子供相手に怒って、情けなぁい」


 怒る大人に怯えず、メルカディアは愉快そうに笑っている。

 そしてたおやかな指をこちらに向けて、話を続けた。


「そして、怒れば怒るほど、お兄さんはメルの支配から逃れられなくなるの。足なんてどーでもいいでしょ。それよりも、相手がちゃんとペシャンコになったか、岩をどけて確かめなさい」


 まずい、岩をどかされたら、あたしが抜け出しているのがバレてしまう!

 隙を見つけるどころか、これじゃあどんどん追い詰められてる!


 チーザイが命令通りにこちらに近づいてくる。

 だけど、その動きがふいに止まった。


 大剣のフェリクスさんとディーピーさんが、傷だらけの姿で現れたのだ。


「さきほど大きな音がしたが……カイ君と、ラミリィ君か……? こっちは、終わったぞ……、不甲斐ふがいないが、なんとか、といったところだったがな……」


「おい、カイ……! どこにいった……! まったく、俺様の手を焼かせるんじゃねえぞ……!」


 そういえばカイさんが、2人が魔物に襲われてるって話をしていた。

 チーザイが突然の来訪者を、不快そうな様子で見ている。


「てめぇ、たしかカイを冒険に誘っていた、Bランク冒険者……」


「そういうお前は、カイ君にコテンパンにされていた大男か……。負傷しているようだが、カイ君を見かけなかったかね?」


「あのガキなら……そうだな。俺を襲った魔物を追って、あっちに行ったぜ」


「そうか、すまない……。情報に感謝する……」


 しまった、フェリクスさんは、いまカイさんがチーザイのスキルで小さくされていることを知らない!

 ただでさえフェリクスさんたちは深手を負っている。

 ここで不意打ちをされたら、ひとたまりもない!


 どうしよう、あたしが伝えるべき……?

 でも、ここで声をあげたら、あたしの動きがチーザイにバレてしまう!


「ところで、大男のチーザイだったかな……追加で君にあと2つほど聞きたいんだが……。いま、俺の大剣がいきなり右手から左手に移ったのだが、どういうことだと思う?」


「あぁん? なんでそんなこと、俺に聞くんだよ」


 カイさんだ!

 カイさんが、自分が近くにいることを伝えるために、<装備変更>でフェリクスさんの武器を持ち替えさせたんだ!


「それともうひとつの質問なんだが……いつから人間は、そんな禍々しいオーラを出せるようになったんだ……?」


「……」


 ここからでは姿をハッキリとは見えないけど、分かる。

 二人の間に、緊張感が走っている。


「大剣スキル、<回転斬り>!!」


 有無を言わさず、フェリクスさんがチーザイに攻撃を始めた。

 いまだっ! この隙に、チーザイのスキルの効果から逃れるんだ!

 あたしはとっさに走り出した。


「てめぇ、確かBランク冒険者だったよなぁ……効かねえぜ、ぜんっぜん、効かねえぜ! てめぇの攻撃なんかなぁ!」


「よもや……人間が素手で、俺の大剣を受け止めるとはな……。その力を手にするために、悪魔に魂でも売ったか?」


「残念、ハズレだぜぇ。悪魔じゃねえよ、魔族だ! そして死ねっ!」


「がはっ!!」


 背後で戦いが繰り広げられている。

 だけど、結果は火を見るより明らかだ。


 チーザイもまた、カイさんの使っている<魔法闘気>の力を手に入れている。

 あの力を持っている相手は、普通の人間、それも満身創痍の人が勝てるような相手じゃないんだ。


 Bランクの冒険者でさえ手も足も出ない相手。

 それを、倒す?

 Fランクで、足手まといだからと追い出され続けたあたしが?

 不安を押し殺しながら、走った。


「ざまぁねぇな、Bランク! ちょっとこづかれただけで、地面にうずくまっちまうなんてよぉ! 殺すつもりで殴ったのに、まだ息があるのは褒めてやるよ!」


「バカな、これほどまでの強さがあるとは……」


「いい気味だぜぇ! 最高の気分だ! 最強の力を手に入れて他人を蹂躙するのが、これほどまでに気持ちいいとは!」


 チーザイは愉快そうに言葉を続けた。


「カイのガキにひとつだけ謝らねえといけねぇなぁこれは。調子に乗るなと言ったが、これだけ凄まじい力を手に入れたら、誰だって調子に乗りたくなるよなぁ! まあ、最後に立ってるのは、この俺だが!」


 黙れ。

 お前がカイさんを語るな。


 カイさんは、お前とは違う。

 カイさんは凄い力を手に入れたからって、弱者をいたぶらない。

 強さを自分の恨みを晴らすために使ったりしない。

 カイさんとお前の違いを、これからあたしが教えてやる。


 悔しさに歯を食いしばりながら、あたしは走った。

 そして、ついに小さくなるスキルの効果範囲を抜けた。


 自分の体が元の大きさに戻る。

 すぐに振り返り、チーザイと対峙する。


 チーザイは倒したフェリクスさんに勝ち誇り、まだあたしに気づいていない。

 完全に油断しきっている。

 今ならば、完全な不意打ちだ。


 あたしは弓を引き絞った。

 カイさんから託されたこの攻撃。

 これが当たれば、あたしたちの勝ちだ。


 だから神様、お願いです。

 こんなときぐらい、あたしに上手くやらせてください。

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