026話 ラミリィの過去②
[ラミリィ視点]
自分の肉体が男を誘惑するのに使えると気づいたのは、村を出てからだった。
それは魔物の襲撃から逃れた村の生き残りの人たちと一緒に、近隣の街を目指していた時のこと。
近隣の街といっても、大人の足で何日もかかる距離だ。
しかも道中、野を越え山を越えの険しい道を進まなければならない。
案の定というべきか、着の身着のままで逃げてきた村人たちに、山賊が襲いかかった。
無傷で済んだのは、あたしだけだった。
理由は、傷がなければ高く売れそうだから。
そして奴隷として売られそうになる途中で、山賊を討伐しにきた冒険者たちに助けられた。
「怖かっただろ、もう大丈夫だ」
そう言って差し伸べられた手を握り返しながら、あたしは打算的に考えていた。
近隣の街まで行っても、何か生活のアテがあるわけではない。
だったら、自分の武器を使って、上手く立ち回らないと。
「ありがとうございます! あたし、もうダメかと思いました! とってもお強いんですね!」
言いながら、助けてくれた男に抱きつく。
媚びろ。媚びろ。媚びろ。
外聞で腹は膨れないんだ。
なるべく可愛く振るまえ。
とはいっても可愛い女の子なんて、イメージできるのは一人しかいない。
そんなわけで、この時からあたしはイリアちゃんの口調をマネすることにした。
イリアちゃんは、少なくともあたしよりかは、ずっと可愛いから。
「ちょっとあんた、何を鼻のした伸ばしてるのよ」
「べ、べつに伸ばしてなんかねえよ!」
女性の冒険者が、あたしの抱きついている冒険者をたしなめた。
恋仲なのだろうか。
二人はあたしから見ても、仲が良さそうだった。
そんな二人を見て、幸せってこういうことなのかな、となんとなく思った。
それと同時に、たぶんあたしには手に入らないものなのだろうと感じてしまった。
それからあたしは、この冒険者パーティーに加わった。
境遇を説明したら、同情してくれたから。
幸運にも”天啓”が戦闘向けの希少なスキルだったからというのもある。
けれど、あたしの弓の腕は一向にあがらず。
かわりに、作り笑いだとか、媚びた振る舞いが上手くなった。
もう面倒を見きれないと、あたしがパーティーを追放されるまで、長い時間はかからなかった。
その後は色んなパーティーを転々としたけど、そのうちに”男をたぶらかしてパーティーを崩壊させる悪女”という悪評が立ち、街にいられなくなった。
そうして逃げるようにサイフォリアの街に拠点を移したけど、結局そこでも同じようなことを繰り返して──そして、カイさんに出会った。
カイさんは不思議な人だ。
子供っぽさが残る外見なのに、そこらの大人よりもずっと芯が強い。
それに、あたしの色仕掛けが通じない。
あえて隙をたくさん見せたのに、そこに付け入ろうという気もない。
いままでのやり方が通じなくて不安だったけど、同時にこの人なら大丈夫という安心感も湧いてきた。
こんな気持ちは初めてだ。
あたしは、カイさんにだけは見放されたくないと思ってる。
けれども同時に、カイさんに全部ぶちまけてしまいたいという気持ちもあるのだ。
もしも、自分の汚い部分も全部知って、それでもなお一緒にいてくれると言う人に出会えたなら──あたしは、イリアちゃんとの約束通り、幸せになれるのではないか。
いや、ダメだな。
そんなのうまくいくはずがない。
あたしはいつもそうなんだ。
不器用なくせに上手く立ち回ろうとして、結局はすべて台無しにする。
きっと今回も、そう。
カイさんはこの場を上手く切り抜けても、役に立たないあたしを見限るに違いない。
なんだかんだで、あたしの勘はよく当たるのだ。
■□■□■□
「ちっ。なんだよ、このガキ。結構しぶといじゃねえか。いらつくぜぇ!!」
大男のチーザイが不機嫌そうに言った。
対するカイさんは余裕綽々といった様子で言葉を返す。
「どうした、さっきからチマチマと攻めてきて。もっとデカイのを1発、当てにきたらどうだ?」
だけど、戦いは膠着状態だった。
カイさんのほうが優勢に見えるのに、あたしを守っているせいで防戦一方。
このままだと、ジリジリと体力を削られてしまうだろう。
あたしのことなんて見捨てて戦ってください。
何度もそう言おうと思ったけど、自分が声をかけることでカイさんに隙が生まれてしまうのが怖くて声をかけられなかった。
あたしが迷っているうちに、流れは徐々に悪い方向へと向かっていった。
「いや、そうだ。俺は強くなった。ならば、これが効くんじゃねえか? <
チーザイがスキルを発動すると、またあたしの体が小さくなる。
小さくなった後も、カイさんの背中が目の前にあった。
身の丈よりもずっと頼もしくみえる、その背中。
だけど、ああ!
小さくなったあたしが、さっきまでと同じようにカイさんの背中が見えるということは!
「カイさんまで……小さくなってしまったんですね……!」
「<魔法闘気>も合わせた実力は向こうのほうが上ってことか。まったく、厄介なことになったな」
そう言ったカイさんが、どんな表情をしているのか分からない。
代わりに、巨人のようにそびえるチーザイの、愉快そうな顔が遠くに見えた。
「おうおうおう、ずいぶんと小さくなっちまったなぁ、ガキィ! これでもうお前らは俺に踏み潰されるしかないわけだ! まったく、いい眺めだぜ! 俺はこうやって小さくした連中を上から見下ろす瞬間が、最っ高に好きなんだよ! 生きてるーって感じがするぜぇ!」
小さくなった体だと、チーザイの声で体がビリビリと震えるように感じる。
けれども、カイさんは怯まない。
「試してみろよ、お前のちんけな体で俺たちを踏み潰せるかどうか」
「このクソガキがぁ! いいぜ、やってやるよ! 馬車に踏まれたカエルみてぇに、ペシャンコになりなっ!」
挑発に乗って、チーザイはその大きな足をあたしたちに向けてきた。
けれど。
「<魔法闘気>、転換!」
けれどカイさんは、古の巨人に立ち向かう勇者のように、果敢に立ち向かった。
そして、手にした剣で、あたしたちを踏みつけようとした足を切断した。
「ぐわああぁぁぁっ! なんでだっ! なんでてめぇの攻撃が通るんだっ! そんなちっちゃい体でよぉ!」
チーザイは足を切られた痛みで苦しみもだえている。
あたしは見た。
カイさんの持つ剣が、カイさんと同じようにオーラを放っているのを。
「思ったとおりだ、<魔法闘気>。応用すれば、武器にも乗せられる。そしてチーザイ、どうやら俺の<魔法闘気>と武器の攻撃力が合わされば、お前の<魔法闘気>の守りを貫いてダメージを与えられるようだな!」
「てめぇっ、やってくれたなっ! ちくしょう、俺の足がぁ!! 痛えよぉ!!」
「俺はずっと待っていたんだ、お前が油断して動きが雑になるのを!」
前にあたしが禍々しいと言って怯えた、未知の力。
だけど、今はもう怖くない。
その力は、正しいことに使われると知っているから。
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