024話 第2ラウンド
「<魔法闘気>、発動」
突然現れた敵を前に、すぐに戦闘態勢に入る。
この紫色のオーラも、こいつに見られる分には問題ない。
どうせ再起不能にするからだ。
「ほう、それがてめぇの本気ってワケか。いいぜぇ、それじゃあ俺は能力の開示をしよう。おれの”天啓”は<
能力開示のルール。
マーナリアから教えてもらったのだが、魔術やスキルなどは、発動時にスキル名を宣言すると威力や成功率が上がる。
そして、使う対象にその能力を説明すると、さらに強力な効果になるのだという。
「さあな。お前がお喋りなだけだろ」
「こうやって宣言しておくことで、スキルの効果がさらに高まるんだぜぇ! 今度こそ、てめぇを小さくしてやる!」
俺は知っているが、逆になぜチーザイなどというチンピラがそれを知っている?
俺はその知識を魔族から教えてもらったというのに。
「おらぁ! 大男のチーザイ様の前で、でけぇ面してんじゃねえぞ! 今度こそ<
チーザイが叫ぶが、しかし何も起こらない。
<魔法闘気>をまとった俺の能力値が、チーザイを
「ずいぶんと長いお喋りのようだが、それでスキルはいつ発動するんだ?」
「ば、ばかなぁ! なんで効かない!? あのアマ、俺を騙していたのかっ!?」
勝ち気だったチーザイの顔が、みるみる青ざめていく。
「やはりただのおしゃべり男だったか。どうやら、協力者がいるみたいだな。厄介なことになるまえに、お前をまず倒しておくか」
「おっと、動くなよ! ラミリィとかいう女は、小さくなったままお前の近くにいるんだぜ! 踏みつければペシャンコだ!」
「なるほど、そいつはうかつに歩けないな」
「そうだろう? 大人しくそこで俺に殺されな!」
俺は力を込めて、一気に跳躍した。
チーザイまでひとっ飛びだ。
「一歩でお前のところまで行けば、踏みつける心配はないけどな!」
そしてそのままチーザイに回し蹴りを入れる。
「げふっ!」
チーザイは勢いよくゴロゴロと転がった。
「吐け、チーザイ。お前の協力者をな。あんだけ脅したお前がまた俺たちに襲いかかってきたってことは、勝算があるんだろう?」
「誰が……教えるかよ……!」
チーザイはヨロヨロと地面を這って動いている。
「そのまま逃げられると思ってるのか?」
「くくく……バカめぇ! 逃げてたんじゃねえ、探してたんだよ! てめぇの大事な女をな! これを見ろぉ!」
チーザイの手には、小さくなったラミリィが握られていた。
「見ろよ、この昆虫みてぇな小ささを! 俺がその気になれば、一瞬で握りつぶせちまうんだぜ!」
「ああ、そうかい。先に警告しておく。すぐにラミリィから手を離さないと、俺の剣がお前の手を切り裂くぞ」
「バカかてめぇ! この距離だ! どんなにお前の攻撃が早くても、俺が女を握りつぶすほうが早いだろうがぁ!」
「<装備変更>」
俺は自分のショートソードを、<装備変更>のスキルでラミリィに受け渡した。
当然、小さくなっているラミリィにショートソードが持てるわけもなく、その代わりに──
「いてぇ! いてぇよぉ! なんだこれ! なんでてめぇの剣がいきなり俺の手のひらに突き刺さってるんだよぉ!」
もとの大きさのままのショートソードは、ラミリィを握りつぶそうとしていたチーザイの手に突き刺さった。
チーザイが痛みでもがいてる間に、ラミリィはその手から飛び降りる。
「今です、カイさん!」
小さいながらも精一杯の声で、ラミリィが叫ぶ。
「あっ、しまった……!」
「せめて痛みに耐える根性ぐらいあれば、もう少し立ち回れただろうにな。けれども、これで終わりだ」
一気に間合いを詰めて、今度こそ全力でチーザイを蹴り飛ばした。
「うごばぁあぁぁぁ!!!」
チーザイの体が大きく宙を舞う。
そしてチーザイが俺たちから10メートルほど離れたあたりで、ラミリィの大きさが元に戻った。
チーザイは地面に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
「カイさん、ごめんなさい! あたし、また助けてもらって……!」
「だからそれはいいさ。それよりも、早くディーピーたちのところへ戻ろう!」
俺だって、マーナリアに鍛えてもらうまでは、誰かを助ける力なんてなかった。
だから、力がないことを理由に、誰かを責めたりなんてしない。
いや、力を付けたからこそ。
俺が弱い人達を守らなきゃいけないんだ。
選ばれた人間以外は魔族に勝てないという言い伝えの意味を、俺は実感していた。
<魔法闘気>は最強だ。
この力があれば、並の人間では俺に太刀打ちできないだろう。
だというのに、ゾクリと背筋が凍った。
「プークスクス。お兄さん、本当に弱っちいんだね。ざぁこざぁこ。だから、最初っからメルの下僕になっていればよかったのに」
いつのまにか、見知らぬ少女が、倒れたチーザイのそばに立っていたのだ。
「なんだ……あれ……」
見たこともない素材の服を身にまとった少女。
それは下着と言っていいかも怪しいほどに、露出の多い服装だった。
光沢のある布で申し訳程度に要所を隠しているだけと言ってもいい。
ふいに、マーナリアの「魔法帝国時代は、優れた戦士ほど肌の露出が多いなんて言われてたそうよ」なんて言葉が頭をよぎった。
目に留まるのは赤い髪や、赤い瞳。
いや、頭をしっかりと見ろ!
きっとアレがあるはずだ!
決意を固めて、少女の頭部を注視する。
そこには、禍々しい2本の角が生えていた。
このような外見の生き物は、ある種族しか知られていない。
「魔族……!?」
「あれ、そっちのお兄さんは、認識阻害が効かないんだね。てゆーか、それ、<魔法闘気>? ふーん……お兄さんから、他の魔族の臭いがするね。汚らわしい」
即座に理解した。
この魔族は、マーナリアの時とは違うと。
殺気と、
「もしかして、せっかくメルが用意した<
俺は先程までディーピーとフェリクスを残してきたことを、ちょっとだけ後悔していた。
でも、今は心の奥底から、彼らがここにいなくてよかったと思っている。
これから起きる戦いで、ラミリィ以外に守る相手がいると厄介だった。
「お兄さん、なんでさっきからメルに返事してくれないのかなぁ。ちょっとムっときちゃうかも。それに、<
「ラミリィ、戦いになったら、俺のそばから離れないで」
魔族の少女の言葉を無視して、俺はラミリィに言う。
ラミリィは素直に俺の背後へと回った。
「お兄さんは、メルをいっぱいイラつかせたので、ご褒美をあげるね。まずはその女を捕まえて、目の前でたくさん痛めつけて、いっぱいいっぱい怒らせてあげる。クスクス。楽しそうだねぇ。そのあとはメルの力でお兄さんを操って、仲間とか、大切な人とか、いっぱい殺させてあげるよ。お兄さんみたいな正義の人には、そういうのが一番堪えるでしょ?」
「何を言ってるんだ、お前は」
「メルはね、そういうことが出来るの。見てて」
童女っぽく笑うと、魔族の少女は倒れているチーザイの首元に口づけをした。
その所作は、どことなく艶めかしい。
背後から様子を伺っていたラミリィが、「うわぁ、なんかエッチですね」と呑気なことを言った。
だが次の瞬間。
なんと倒れていたチーザイが起き上がったではないか。
いつのまにか手の傷も治っている。
回復魔術か、いやそれにしては様子がおかしい。
起き上がったチーザイの表情は、明らかに正気ではなかった。
怒りに取り憑かれたかのように、恐ろしい形相をしていたのだ。
「ガキがぁ……ぜってぇに、許さねぇからなぁああぁぁぁぁあああ!!」
「さあ、行ってらっしゃい。メルの”使徒”ちゃん……」
魔族の少女に何かされたのは明らかだった。
俺の視線に気づいたのか、魔族の少女はクスリと
「はじめまして、メルの名前はメルカディアだよ。そして、こっちはメルの下僕ちゃん。メルは、人間の怒りの感情を糧にする魔族なの。だから、たくさん怒ってね、お兄ちゃん」
魔族は人間の特定の感情を糧にする。
そしてこのメルカディアは、怒りという感情を好むようだ。
「さあ、やっちゃえ下僕ちゃん!」
魔族メルカディアはそう言ってチーザイをけしかけてきた。
どうやら自分は高みの見物をするらしい。
だがこれは
しかし、起き上がったチーザイに、更に奇妙なことが起きる。
チーザイの体から、赤い炎のようなオーラが出ていたのだ。
「まさか……そんな……それは、<魔法闘気>!?」
「プークスクス。まさかお兄ちゃん、自分の専売特許だとでも思った? どこのハグレ魔族の使徒になったのか知らないけど、メルの下僕ちゃんのほうが強いんだからね!」
いやだって、俺は1年修行して身につけたのに、いきなり使えるようになるとは思わないじゃん!
「ガキがぁぁぁ! さっきからよぉ、頭の中が怒りで一杯なんだよぉぉぉぉ!! てめぇをぶっ殺せってなぁぁぁ!!!!!」
チーザイは叫ぶと同時に、凄まじい速さで俺に殴りかかった。
早い!
……けれど、マーナリアよりは遅い。
──<魔法CQC>36手が一つ、受け流し!
当たれば<災厄の魔物>でさえもひとたまりもない拳を、軽く
そして、相手に拳を入れた。
「ぐふっ……!」
チーザイは再び大きく吹っ飛ぶも、今度は倒れずに堪えた。
「マーナリアが時間をかけて俺を鍛えてくれた理由が分かったよ。チーザイ、お前の動きは単調すぎる。力に振り回されてるんだよ、お前は」
「調子乗るんじゃねえぞ、てめぇぇぇ!!!」
チーザイの怒りに任せた叫びを聞き流す。
「しつこい男だ、これで決着をつけよう。いくぞ、第3ラウンドだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます