023話 急襲
「ラミリィ!」
俺はいきなり駆け出したラミリィを追おうとした。
けれども、それをフェリクスが制止する。
「落ち着きたまえ。ラミリィ君は遠くには行っていない。気配感知で分かるだろう」
確かに気配感知をする限りでは、ラミリィは近くにいるようだ。
それに、周囲に魔物の気配はない。
森の中にいる小動物たちを除けば、ここにいるのは俺たちだけだ。
一人になったラミリィが魔物に襲われる心配もないだろう。
だが、そういう問題じゃあない。
「そうじゃなくて……ともかく、行って
「そうか。だが、どんな言葉をかける? 君も分かっているはずだ。ラミリィ君とカイ君では、実力が違いすぎると。励ましが、時に人を傷つけることもある」
「あんたこそ、いきなり酷いことを言ってラミリィを傷つけたじゃないか!」
俺の言葉に、しかしフェリクスは一切怯まなかった。
「そうだな、恨んでもらって構わない。だが、ラミリィ君が今のままなら、いずれ大きな事故に繋がるだろう。人命を守る者として、それは看過できなかった」
「ラミリィは俺の仲間だ。ラミリィのいたらない点は、俺が補う!」
「いいや、違う。まさにそれこそが問題なのだよ」
フェリクスは静かに首を横に振って、話を続けた。
「気づいているはずだ。二人が一緒にいれば、ラミリィ君はカイ君に守られ続ける。ラミリィ君はカイ君に感謝し続けるだろう。では、二人の関係は何なのだ?
「俺はただ、ラミリィが一緒に冒険をしてくれれば、それでいいんだよ」
「ならばいっそ、恋仲にでもなったほうがラミリィ君のためになるな」
フェリクスは小さくため息をつく。
「いいか、ラミリィ君から見て、カイ君がラミリィ君の仲間を続ける理由が無いんだよ。対してラミリィ君はカイ君に見捨てられたら一巻の終わりだ。この関係の歪みは、ラミリィ君を追い詰めるぞ。いつか、君を繋ぎとめるために、無茶なことをしでかすだろう」
もっとも、そういうのがお好みなら、俺は止めないがね。とフェリクスは言葉を結んだ。
ラミリィは自分がパーティーで貢献できることがないのを気に病んでいるというのだ。
心当たりが無いわけではない。
自分が”体”を使ってでも、Eランクになるべきだったと言ったラミリィ。
あれはきっと、俺の役に立とうと必死だったのだろう。
昨夜、下着姿でベッドに入り込んできたのも、色仕掛けをしてでもして俺の気を引くつもりだったのかもしれない。
バカだな、そんなことしなくても、俺はラミリィを追放したりしないのに。
けれども、ラミリィに俺の気持ちをそのまま伝えても納得しないだろう。
いままでラミリィは、期待されては失望され、パーティーから追い出されるのを何度も繰り返してきたに違いない。
それはきっと、ハズレスキルで最初から期待されてなかった俺よりも、心を痛める経験だったはずだ。
「つまり、ラミリィが活躍できればいいんだよな。なら、俺に考えがある」
「おや、既に解決策を見つけていたのか。これは余計な気を回してしまったかもしれんな。すまなかった。行って、ラミリィ君を励ましてくれたまえ。いや……」
フェリクスは言葉を止め、大剣を構えた。
突然、異常事態が起きたからだ。
そして、警戒しながら言葉を続けた。
「すまない、俺の判断ミスだ。君を引き止めるべきではなかった。急いでラミリィ君のところに行ってくれ」
俺たちの背後に、突然強大な魔物の気配がしたのだ。
振り返り、そこにいる魔物の姿を確認する。
その存在に驚いた。
獅子の頭と山羊の胴体、そして蛇の尻尾を持つ魔物が、そこにいた。
この辺りを拠点にする冒険者なら、ある意味では馴染みのある魔物だ。
「<
<
それが、<
だが異常なのは、本来魔物は自分の生まれたフロアから外には出ない。
ましてやエリアボスとなれば、普通は守護するべきゲートから離れない。
こんな街からすぐそばの、普通の森の中に現れる魔物ではない。
にも関わらず、こいつはここにいる。
俺とBランク冒険者のフェリクスの気配感知をかいくぐって、いきなり現れたのだ。
肩に乗っていたディーピーが俺に警告する。
「おい、カイ! 分かってるとは思うが、こいつがエリアボスっていうなら、こいつをここに呼び寄せた黒幕が存在する! 気をつけろよ!」
「ああ、なんにせよ、まずはこいつを倒さないとな!」
だが、ディーピーは俺から飛び降りると、<
「何を言ってやがる! さっさとラミリィのところに行ってやれ! ここは俺様と海パンのジョージにまかせておきな!」
海パンのジョージじゃなくて、大剣のフェリクスな。
本来エリアボスというのは、連携がしっかり取れている6人パーティーが十分に対策を練ってから挑む相手である。
ディーピーとフェリクスがいくら強くても、この人数では厳しいものがある。
けれども、俺はこの1人と1匹を信じることにした。
「分かった、すぐに戻る! 炎のブレスに気をつけて!」
「はん、こんなザコすぐに倒して俺様が迎えにいってやるよ」
ティーピーの頼もしい悪態を聞きながら、俺は今度こそラミリィの走り去った方向に向かって駆け出した。
■□■□■□
幸いラミリィはあまり遠くに行っておらず、大木のそばでうずくまっていた。
「あっ、カイさん……ごめんなさい、あたし。勝手に逃げ出したりして……」
「ラミリィ、無事でよかった」
「謝るべきはそこじゃないですよね。ごめんなさい、あたし、てんでからっきし実力がないのに、ずっとそれを黙っていて……。失望、しましたよね?」
ラミリィの声は震えていた。
これまで見せていた快活さは、どこにも見当たらない。
「失望なんてしてないさ。さあ、すぐに戻ろう」
「嫌ですっ! なんでカイさんはそんなに優しいんですか! あたしが役立たずだって、もう分かったのに、どうして連れ戻そうとするんですか! あたしの体が目当てなら、いっそそう言ってもらったほうが、納得できます! でも、カイさんはそうじゃないんですよね! だったら、何が目的なんですか! なんで、あたしなんかに優しくしてくれるんですか!」
ラミリィは矢継ぎ早にまくしたてる。
抑えていた感情が溢れ出したのだろう。
「あたし、カイさんが思ってるほど、まともな女じゃないんですよ。本当のあたしを知ったら、きっと幻滅します」
「幻滅なんてしないさ。だから、すぐに戻ろう」
俺はラミリィに手を差し伸べる。
だが、前にラミリィを助けたときと同じように、ラミリィはその手を握り返すことはしなかった。
そのかわり、悲しそうに語り始めた。
「だったら聞いてください。あたしの過去を」
そう、あれはラミリィがまだ幼かった頃。
ラミリィが生まれ育ったのは、貧しい開拓村で──
「ごめんラミリィ、そういうのは後にしてほしい。いま、魔物に襲われて大変なとこだから。急いでラミリィを連れ戻して合流しないといけないんだ」
「わぁ、ごめんなさい! すぐに戻ります! でも、できればそれを先に言ってほしかったです!」
そしてラミリィは今度こそ、俺の手を握り返し──その瞬間、姿を消した。
「……ラミリィ?」
見渡しても、ラミリィの姿はどこにもない。
たしかに今、俺の手に触れようとしていたのに。
気配感知をしても、ラミリィらしき気配は見つからなかった。
ラミリィは、
俺たちを尾行していた何者かの気配が、いきなり消えた時と同じように。
「これはっ! 間違いない、攻撃だ! 俺たちは攻撃を受けている!」
俺たちは尾行をまけた訳じゃなかったんだ。
方法は分からないが、相手が俺たちの気配感知をかいくぐって、ずっと監視していたんだ。
俺たちが二手に別れたりとかで隙を見せる、そのチャンスを伺っていたんだ!
即座に気配感知から魔力探知に切り替える。
瞬間転移などの大規模な魔術であれば、魔術痕が残っているはずだ。
だが魔術を使われた形跡はどこにもない。
となると、スキル。
何らかの”天啓”スキルで、姿を隠しているはずだ。
そしてさきほどの攻撃、俺とラミリィがここから立ち去ろうとする瞬間を狙ってきた。
となると、相手はどこか近くで俺たちの様子を見ているに違いない。
そう判断して周囲をうかがうと、物陰で奇妙な魔力を発している小さな気配を見つけた。
「そこだっ!」
俺は石を拾って、その奇妙な魔力の発生元へと投げた。
すると、石は空中で瞬時に小さくなり、あっけなく風で飛ばされた。
「……小さくする能力。それが、お前の”天啓”スキルのようだな。ラミリィもそのスキルで小さくしたのか」
俺が物陰に向かって声をかけると、ついに敵が姿を現した。
「女と話をして油断した瞬間を狙ったつもりなのに、なーんでてめぇには効かねぇかなぁ。まとめて小さくしてやろうとしたのによぉ! お前、やっぱり調子乗ってるだろ?」
突如現れたその人物に、見覚えがあった。
2メートルはあろうかという、その背丈。
冒険者ギルドで俺たちに絡んできた、大男のチーザイだ。
「あれだけ醜態を晒しておいて、第2ラウンドを挑んでくる度胸だけは買ってやるよ、チーザイ。だが、今度は俺も容赦しないからな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます