022話 Fランクの理由


 <大剣のフェリクス>に連れられて、俺たちはサイフォリアの街を出た。

 この街の近場に存在するダンジョンは、Cランクの<深碧しんぺきの樹海>のみだ。

 だから街とダンジョンをつなぐ道には、いつも冒険者の姿がある。


 けれども俺たちは途中で道をそれて、草むらへと入っていった。

 ラミリィが不思議そうに尋ねる。


「えっ、どうしたんですか? ダンジョンはあっちですよ?!」


 けれども先導するフェリクスは、ラミリィの質問には答えずに真っ直ぐ進んだ。

 ダンジョンとは別の普通の森に入ったあたりで、不安そうにしているラミリィが気の毒になってきたので、俺から声をかけた。


「妙な気配も消えた。もうそろそろ、いいんじゃないか?」


 するとフェリクスは嬉しそうに微笑む。


「ほう、気づいていたか。なかなかやるな!」


「えっ、何かあったんですか?」


 キョトンとするラミリィに、俺から説明する。


「なんか、何者かにずっと後をつけられてたんだよ。俺たちが道をそれた後も。けれど諦めたのか、ちょっと前にその気配が無くなったんだ」


 道をそれても後ろからついてくる謎の人物の気配を、気配感知で感じていた。

 こんなところにダンジョンはないので、たまたま行き先が被った普通の冒険者のはずがない。


「そのとおりだ! あまりにしつこいようなら、この森で尾行をまくつもりだったのだがな!」


「えっと、じゃあ今はもう大丈夫ってことなんですか?」


「少なくとも、近くに人間の気配は感じられないよ。いきなり消えたのは気がかりだけど……」


 正確には、人間サイズの生き物の気配は感じられない、になるのだけれど。

 感知する気配の対象をもっと増やして、小動物や昆虫などの大きさの生き物も探知しようとすれば、気配はいたるところに存在する。


「カイ君! ラミリィ君! 尾行の目的は分からんが、俺がいれば大丈夫だ! それりも、まずは君たちの実力を試させてもらおう! さあ、武器を持ちたまえ!」


 いつの間にかフェリクスは両手に<プチ>という小型の魔物を掴んでいた。

 <プチ>は丸いゼリー状の魔物で、冒険者たちの間では最弱モンスターとして知られている。


 俺たちは手持ちの武器を構えた。

 装備は俺がショートソードで、ラミリィが弓だ。


「ではまず、カイ君。この<プチ>を倒してみてくれ!」


 フェリクスが<プチ>を放り投げたので、俺はそれをそのまま切りつけた。

 <プチ>は真っ二つになり、地面に落ちることなく消えた。


 この程度の魔物なら、<魔法闘気>を使わなくても楽勝だ。

 それに、勇者パーティーの一員というフェリクスに、魔王みたいな邪悪なオーラが出る<魔法闘気>を見せるわけにはいかない。


「見事だ! 君には簡単すぎたかな? では次、ラミリィ君!」


 フェリクスは、もう片方の手で掴んでいた<プチ>を放り投げる。

 すぐにラミリィがそれに反応した。


「いきますっ! <早打ち>!」


 ラミリィは目にも留まらぬ速さで矢を放った。

 その動きの機敏さに、俺も驚いた。

 まさに神業と言ってもいい。

 これが、引いた時点で人生勝ち組とまで言われる、SR超レアスキルの性能か。

 弓を射るスピードだけなら、<魔法闘気>で強化した俺の動きよりも早いだろう。


 そう、スピードだけなら。


「なるほど、それが<早打ち>のスキルか! 見事な動きだ! だが、次は当ててもらいたいところだな!」


 ラミリィの放った矢は、あらぬ方向に飛んでいったのだ。

 ラミリィと<プチ>の距離はわずか数メートル。

 普通の弓使いならば、外すような距離ではない。


「は、はいっ! もう一度いきますっ! <早打ち>!」


 ぱすん。

 ラミリィの矢はまた外れて、地面に刺さった。


「う、うぅ……」


「ラミリィ君! 何もスキルにこだわることはない! 落ち着いて、狙って撃ちたまえ!」


「は、はい……」


 フェリクスの言葉に従って、ラミリィは今度は”天啓”スキルなしで、しっかりと狙いを定めてから、矢を放った。


 ぱすん。


 だが、落ち着いて狙ったはずの攻撃も、またしても外れてしまった。

 なんか、だんだん嫌な予感がしてきた。

 そして、俺の嫌な予感は、ラミリィの矢が<プチ>に当たるよりも早く、見事に的中したのだ。


 ぱすん。ぱすん。ぱすん。


 ラミリィの矢は、気ままにプルプルしている<プチ>に命中する気配がない。

 ようやく一発当たったのは、10発目のことだった。


「や、やりましたー! 当たりましたよ!」


「うむ、おめでとう! だが残念ながら、いまの1発では倒しきれなかったようだな! もう1発当ててくれ!」


「はっ、はい~! ですよねぇ~~!!」


 そう。

 ラミリィは恐るべき速さで矢を射れるが、威力と命中率が絶望的に低かったのだ。


 だが、本人はいたってマジメにやっている様子。

 つまり、ラミリィが半年の間ずっとFランクに留まっていたのは……。


「本人に実力が無かったパターン、か……」


「うわーん! 言わないでくださいよ、カイさーん!!」


 そうして、俺たちの実力を確認したフェリクスは、真摯しんしな顔つきで厳しいことを言った。


「ラミリィ君。先にハッキリ言っておこう。今の君をEランクに昇格させることはできない」


「うぅ、はい……。あの、それならっ! どうしたら、私もEランクになれますかっ! Bランク冒険者のフェリクスさんから見て、こう、何かアドバイスとかもらえませんかっ!」


「……俺は、この仕事で人々の命を守ることに誇りを感じている。その視点からの助言になるが、構わないか?」


「はい……おねがいします……」


 フェリクスはしばらく目を閉じて沈黙した。

 ラミリィは死刑宣告を受ける直前の囚人のように、怯えながら言葉を待った。


「ラミリィ君。君に冒険者は向いていない。死者が出る前に、諦めるべきだ」


「──ッ!」


 続いた言葉は、どこまでも残酷だった。

 その重圧に耐えられなかったのか、ラミリィは顔を伏せて逃げ出した。

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