014話 冒険譚の始まり
嘘発見器が停止してイージーモードとなった事情聴取は、つつがなく進行した。
始めは緊張していたラミリィも、嘘発見器に怯えなくていいと分かったとたん、いつもの調子を取り戻して快活に喋った。
だからといって俺が魔族と関わったことがバレていいわけではないので、当初の予定どおり口裏合わせのために用意したストーリーを説明したのだが。
サイリスさんは俺たちの話を悲しそうに聞き、話が終わると安堵の表情になった。
「なにはともあれ、あなたたちが無事でいてくれたのは幸いです」
なんだろう、1年前よりもサイリスさんの表情が豊かに見える。
一見すると以前と同じ無表情なのだが、なんとなくこういう気持ちなのかなってのが分かるようになっているのだ。
も、もしかして。
マーナリアとの特訓の一つ、相手の気持ちを読み取る修行が役に立っている!?
「あのー、冒険者ギルドから、あたしたちに何かお
ラミリィが心配そうに尋ねるが、サイリスさんは優しく微笑んだ。
「あるわけないでしょう。あなた方はパーティーからはぐれ、自力で帰還した扱いになります。今後の証言でドズルクたちの罪が重くなることはあるとは思いますが、それは彼らが街に帰還して話を聞いてからになるでしょう」
サイリスさんの話を聞いて、「ふー、よかった」とラミリィは安堵のため息をつく。
「そういえばあなたがた二人は現在もドズルクのパーティー<
「すぐに処理をお願いします! できるだけ早くっ!」
即答のラミリィにちょっと驚きつつ、追従する形で「俺もお願いします」と頼んだ。
「では、さっそく処理にとりかかりましょう。2人とも、お疲れ様でした」
サイリスさんはそう言うと、また奥の扉へと入っていった。
去り際にしれっと嘘発見器を再起動させたのを、俺は見逃さなかった。
「疲れましたー。これでなんとかなったんですよね?」
「お喋りはここを出てからのほうがいいぞ。嘘発見器、また稼働してるから」
「ふえっ!? はい、黙ります!」
今しがた話した証言が嘘発見器を介していないことは、俺たちだけが知っている。
ギルド長などの事実を知らない人たちは、俺たちの話を真実として扱うだろう。
もしかしてサイリスさん、俺たちの証言が有利になるように、わざと嘘発見器を停止させてくれたのだろうか。
考えすぎかもしれないな、と思いつつ、俺たちは応接間を後にした。
魔族マーナリアとの関わりはバレずに済んだ。
こうして俺たちは、悪徳の冒険者パーティーから抜け出した。
ダンジョンの奥深くで見捨てられてから、魔族に拾われて最強になり、俺を見捨てたパーティーを見返してやるまでの一連の騒動は、幕を閉じたのだ。
「それにしても、無所属になっちゃったな。4年間ずっとFランクの俺を受け入れてくれる、まともなパーティーなんてあるのか」
冒険者ギルドを出たとき、ずっと思っていた不安を口にしてしまった。
かつての俺がドズルクなんかに付いていってしまったのも、万年Fランクの俺を必要とするのは、怪しい悪徳パーティーばかりだったという理由もあるのだ。
「それなら、いい考えがありますよー!」
ラミリィはとててっと駆け足で俺の前に回り込んだ。
そして、とびっきりの笑顔を浮かべて言ったのだ。
「あたしたちで、パーティーを組みませんか!」
■□■□■□
あれは、俺がまだ幼かったころ。
妹と一緒に、2人だけで森の奥深くまで行ったことがあった。
母さんの言いつけを破って勝手なことをしてしまったのだ。
もちろんここでいう母さんとは、俺の生みの親のこと。
俺に戦う力を教えてくれた、母性派魔族のマーナリアは無関係だ。
そのとき村には病気が流行っていて、母さんも病に伏せていた。
声も枯れがれになった母さんが、このまま死んでしまうのではないかと凄く心配したのを覚えている。
貧しい開拓村の暮らしだ。
まともな薬なんてあるはずがない。
だから俺と妹は、母さんの病気が少しでも良くなるようにと、森に薬草を採りに出かけたんだ。
だけど、他にも多くの人達が病に
それでもどうしても薬草が欲しかった。
だから俺たちは、危険な魔物が出るという、森の深部へと足を踏み入れてしまった。
そしてそこで、大きな熊の魔物に襲われたんだ。
まだ”天啓”も得ていないような子供が勝てる相手ではなかった。
幸運にも、近くに子供2人が身を隠せるような
けれど、熊の魔物は決して諦めなかった。
その巨大な前足を
そうして俺と妹が恐怖で震えている時。
冒険者が助けに来てくれたんだ。
見たこともない鎧を身にまとった冒険者は、子供から見てもフラフラで、立ってるのがやっとのように見えた。
けれども俺たちが助けを求めると、大剣を構え、たった1人で熊の魔物に立ち向かった。
そして死闘の末に、熊の魔物を倒したのだ。
冒険者は俺たちに手を差し伸べながら、掠れた声で言った。
「もう大丈夫だから、出ておいで」
その手が大きくて、頼もしかったから。
俺もいつか、こんなふうに誰かを助けられるようになろうと、心に決めたんだ。
それが、俺──カイ・リンデンドルフが、冒険者に憧れるようになったきっかけ。
その冒険者が何者だったのかは、今となっては知るよしもない。
けれども、その在り方は、今も俺の心に残っている。
──俺は、あの日に憧れれたものに、少しでも近づいているだろうか。
そんなくだらないことを考えながら、俺はラミリィに答えた。
「ああ、こちらこそ頼む。俺たちでパーティーを組もう」
こうして、俺たちの冒険が始まった。
/1章 荷物持ちカイ、最強になる・完
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