015話 幕間 / ある冒険者の末路


[大斧のドズルク視点]


 カイたちが無事にサイフォリアの街に帰還したころ。

 <深碧しんぺきの樹海>の奥深くで、ひとりの男が目を覚ました。


「うぐ……。俺は、どうなったんだ……」


 その男は、大斧のドズルク。

 Cランクの冒険者パーティー<迷宮の狼ラビリンス・ウルフ>のリーダーであり、カイやラミリィのような低ランク冒険者をダンジョンの奥に連れ込んでは、好き放題していた悪漢だ。


 カイに成敗されて大きくふっ飛ばされたが、奇妙にもドズルクはまだ生きていた。

 不思議と、体のどこにも傷がない。


(よく分からんが、助かったのか? しめた。生き延びれば、まだやりようはあるぜ。カイのやつ、トドメをささなかったことを後悔させてやる!)


 ニヤリと笑ったドズルクだったが、すぐに疑問が浮かぶ。

 カイから受けた攻撃は、即死しても不思議ではない威力だった。

 だというのに、どうして自分は無傷なのか。

 その疑問が解けぬまま、ドズルクはさらに奇怪なものを見ることになる。


「あっ、オジサン、ようやく起きたんだぁ。プー、クスクス。大人なのに寝坊助なんだねぇ」


 少女だ。

 ドズルクの目の前には、場違いなほどに薄着の少女がいた。


 それは下着と言っていいかも怪しいほどに、露出の多い服装だった。

 光沢のある布で申し訳程度に要所を隠しているだけと言ってもいい。

 およそ人らしからぬ、奇妙な出で立ち。


 そして何よりも眼を見張るのは、その美貌。

 この世のものとは思えないほどの、澄んだ白い肌とあどけない顔立ち。

 真紅の瞳は無邪気に、けれどもどこか挑発的にドズルクのことを見ている。


 血のように赤い髪が、どこか不気味な気配を漂わせていた。


「あんたが助けてくれたのか?」


 ドズルクの問いかけを無視して、少女は嗜虐的な笑みを浮かべた。


「メル、知ってるよぉ。オジサン、弱っちいんだよねぇ。自分よりちっちゃい男の子にやられちゃってさぁ。プー、クスクス。しかもその子、オジサンがずっとバカにしてた相手なんでしょ? ねぇ、今どんな気持ち? ずっと見下してた子にやられちゃって、どんな気持ち?」


 瞬間、ドズルクの怒りが沸騰した。


「このガキ、俺をバカにしにきたのかっ!?」


 だが自身をメルと呼ぶ少女はドズルクの怒りにひるむことなく、むしろ愉快そうにしていた。


「怒った? ねぇ、怒った? 惨めなクソザコオジサン、怒っちゃった? でもオジサンみたいな弱っちい人が怒っても、何も怖くないんだよねぇ。プー、クスクス。ざこざこざぁこ」


「ガキが、大人を舐めるなよっ! 立場ってものを、理解わからせてやるっ!」


 拳を握りしめたドズルクだったが、ようやく状況の異常さに頭が回る。

 あるいは、人類が生来的に持っている生存本能が、ドズルクを冷静にさせたのかもしれない。


 少女の頭に生えている、2本の角に気づいたのだ。

 このような外見の生き物は、ある種族しか知られていない。

 こんなダンジョンの奥に少女がいきなり現れたのも、それならば納得がいく。


「てめぇ……まさか、魔族か!?」


 少女は、イタズラがバレた子供のようにふてくされた。


「ちぇっ。認識阻害が破れちゃった。あーあ、失敗失敗、大失敗。はじめまして、メルの名前はメルカディアよ」


「ふざけるなよ……なんで魔族なんて出てくるんだ……!」


 本来、魔族とはあらゆる人類種族にとって恐怖の対象である。

 先程までの怒りはすっかり消え失せて、いまやドズルクは恐怖でいっぱいになっていた。

 そしてまさにそれこそが、ドズルクの命運を分けた。


「あーっ! 恐怖のほうが増えてるじゃない! もう、やんなっちゃう! こんなんじゃ、怒りの感情エネルギーが摂れないでしょ!」


「な、何を言ってるんだ、俺をどうするつもりだ……!」


 ドズルクには知り得ぬことだが、魔族は人間の特定の感情を摂取して生きている。

 少女──魔族メルカディアの欲する感情は怒り。

 だから、ドズルクが怒りよりも恐怖の感情が大きくなったときに、魔族メルカディアにとってドズルクは無価値になってしまったのだ。


「あ、そうだ! オジサンも、ドズルクってやつにパーティーを追放された人間? だったら、自分を追放した相手がムカついたりしない?」


「……ドズルクは、俺だ」


 魔族の少女が何を欲しているかを理解できないがゆえに、ドズルクは悪手をとりつづける。

 これまでドズルクがダンジョンの奥で見捨ててきた者たちは、ドズルクに対して激しい怒りを抱いていた。

 それは、魔族メルカディアにとっては何よりのご馳走だったのだ。


「てことは何? もしかして、もう追放される人はいなくなっちゃうの?」


 魔族メルカディアは心底ガッカリした様子で言った。

 もしここでドズルクが機転を利かせていれば、この後の展開も違ったものになっていただろう。

 だが、ドズルクにそこまでの賢さはなかった。

 魔族の少女が、自分に仇をなす存在であるという考えから逃れられなかった。


「た、頼む……命だけは助けてくれ……」


 結果、出てきたのは惨めな命乞い。

 それを見た魔族メルカディアはニコリと笑う。


「ドズルクのオジサンがいろんな人を怒らせてくれたおかげで、極上の怒りがたくさん手に入ったからねぇ。利用価値がなくなるまでは、生かしてあげる」


 ドズルクは許されたのかと勘違いして安堵する。

 だが、それも一瞬。

 突如として、ドズルクの片足が吹き飛んだ。

 魔族に攻撃されたことは分かるが、どのような攻撃だったのか、ドズルクには捉えることすらできなかった。


「ぐわああぁぁぁっ!!」


「オジサンが、どうして自分がこんな目に合わなくちゃならないんだって、いっぱい怒って、怒ることもできなくなるぐらい壊れるまで……ずっと虐めてあげる。クスクス。だから、もうちょっと味あわせてね、地面をのたうち回ることしか出来ない、哀れなざこざこオジサン?」


 ドズルクもようやく、己の命運を悟った。

 自分はこれから、この魔族の少女に壊れるまでもてあそばれた後、殺されるのだと。



 はたして、誰が最初に言ったのか。

 魔族に魅入られた人間は、例外なく破滅する。



「今後はここで待ってても、大した怒りの感情は手に入らなさそうだし……オジサンが終わった・・・・ら、街に乗り込むのもいいかもしれないね!」


 そうして魔族は、歪にわらった。




【次回予告】

 魔族から力を授かり最強になったカイは、助けた少女ラミリィとパーティーを組んだ。しかしこのラミリィ、何やら問題を抱えているようで、いきなりパーティー崩壊の危機に陥ってしまう。

 そんなカイたちのもとに、悪いメスガキ魔族が襲いかかる。メスとガキ、2つの属性を使いこなして人間を操る魔族に対して、カイはどう対抗するのか──


 次回、『2章 弓使いラミリィは当たらない』

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