012話 1年ぶりの帰還


 ラミリィと<深碧しんぺきの樹海>から出るにあたり、俺からもひとつお願いをした。


「口裏合わせをして欲しい……ですか?」


「そうなんだ。俺は自分の実力を隠したい。だから、ドズルクたちとの戦いのことは、出来る限り隠して欲しい」


 街に戻って冒険者ギルドに行けば、事情聴取を受けるだろう。

 1年間音信不通だった俺と、他のパーティーメンバーの姿が見えないラミリィが、2人で帰還したとなれば、何があったか冒険者ギルドから説明を要求されるはずだ。


 そこでCランク冒険者パーティーをFランクが1人で壊滅させたとなれば、どうやってやったのかを聞かれるに違いない。

 そうすると<魔法闘気>や魔族マーナリアのことを話さないといけなくなることに気づいた俺は、証拠隠滅と口裏合わせをはかることにしたのだ。


「わかりました! まあ、あたしも所属してたパーティーを壊滅させた人と一緒にノコノコと帰ってきたってバレたら、今後の冒険者稼業に影響出そうですしね」


 Cランク冒険者を壊滅させた話は全面的に伏せる予定だ。

 誰がやったことにしても、絶対に角が立つ。


 まず、ドズルクの仲間たちから没収した武具は、ダンジョンの中で全部捨てた。

 うっかり俺が持っているところを見られたら、色々と嫌疑がかかる。

 ラミリィが「もったいないし、売ればいいじゃないですかー」と言っていたが、それが一番危ないことを説明した。

 最悪、俺たちがドズルクたちを殺して装備を強奪したと思われかねない。


「問題は、Fランク冒険者の俺たち2人だけで、どうやって<深碧しんぺきの樹海>から帰ってきたかについてだ」


「私1人だけだったら、あっというまに死んでそうです」


 Fランク冒険者2人がCランクダンジョンである<深碧しんぺきの樹海>の奥深くから無事に帰還することが異常なので、これについてそれらしい説明がいる。

 とくに俺は、Cランクダンジョンの中で1年間生存していたのだから。


「そこで登場するのが、<死の銀鼠デス・オコジョ>のディーピーだ」


「ん、何? 俺様?」


「俺たち、頼れるディーピーのおかげで、無事に帰れるんだ」


 知性のある魔物が人間の味方をすることは稀だが、前例が無いわけではない。

 そこで、心優しい魔物であるディーピーが、パーティーを追放された俺を哀れんで、世話をしてくれた感じにする。

 ディーピーと出会って一緒に生活をしていたと言えば、嘘にはならない。


 そして、あわや強姦の被害にあいそうなラミリィを発見し、ドズルクたちからラミリィを引き剥がす。

 ドズルクたちが最後にどうなったのかは分からない。

 道中でディーピーが魔物と戦ってくれたことで、なんとか無事に帰還した。

 こういう筋書きでいくことにしたのだ。


 万が一、見逃したドズルクの仲間たちが街に帰還して正直に話をしてたとしたら、それはそのときに考えよう。

 やつらの性格からすれば、無事に街に着いても罪を懺悔したりなんてしないとは思うが。


「そういうわけで、道中の露払いは頼むぞ、ディーピー」


「はぁ?! マジで俺様に戦わせるつもりなのかよ! そんなの、適当に嘘ついてごまかせば済む話じゃねえか!」


「ギルドには嘘発見器がありますからねー」


 嘘発見器とは、その名の通りギルドの応接間に常備されている、嘘を見抜く道具だ。

 本当の名前は<真実の瞳>という名前で、建国の英雄の一人が使ったという”天啓”スキルの名を用いた由緒正しき魔法道具らしいのだが、嘘を見抜くと「嘘発見! 嘘発見!」と鳴くので誰もが嘘発見器と呼んでいる。


 閑話休題、ともかく俺たちが必死にそれっぽい言い訳を考えているのは、ギルドに嘘発見器があるからだ。

 とはいえ嘘発見器は嘘を見抜く能力はあるが、嘘は言ってないけど本当の部分をぼかしてる系の発言はすべてスルーしちゃう程度の性能だったりする。

 俺たちはその隙間を突くことになる。


「もちろんディーピーに戦ってもらって帰ってきた、の部分が嘘だとアウトだな」


「だから帰り道はディーピーさんに戦ってもらう必要があるんですね」


「しかしなぁ、俺様が戦って、お前達は何もしないってのは気に食わねえなぁ」


 ディーピーは不服そうに言った。

 けれども、こういうときの対処法を俺はもう学んでいる。


「あれ、もしかしてディーピー、その辺の魔物に負けるかもしれなくて怖いのか?」


「はあぁぁぁぁ??? 俺様なめんなよ! 勝てらぁ! こんなところに出てくる雑魚どもなんて、一瞬で殲滅できるわ! よーし分かった、お前ら魔物が出ても絶対に手を出すんじゃねえぞ!」


「さすがディーピー、頼りになるなぁ」



 そうして俺たちはつつがなく<深碧しんぺきの樹海>を抜けた。

 実際にディーピーの活躍は見事なもので、魔物を見つけるやいなや、機敏な動きであっというまに倒していた。


「ラミリィ、さっきの話は大丈夫そうか?」


「はい、カイさんが禍々しいオーラを出してたことは、ナイショにするんですよね! 任せてください!」


 それにしても、ラミリィが意外と嘘や誤魔化しに対して否定的でないのは助かった。

 それどころか、なんというか──


「楽しそうだね、ラミリィ」


「はいっ! なんか、こういう二人だけの秘密を共有する間柄って、ドキドキしませんか!?」


 正確には2人と1匹だけど。

 それに、俺はラミリィに一番大切なことを言っていない。

 魔族マーナリアのことだ。


 魔族と関わったことが世間にバレたら、俺は死刑になる。


 まあ<魔法闘気>があるので実際に捕まることはないだろうが、少なくとも冒険者として活躍するという夢は絶たれてしまう。

 それだけに、俺の<魔法闘気>が一般人からは禍々しいオーラを出しているように見えると先に知れたのは幸いだった。


「ラミリィと会えてよかったよ」


「えっ、は、はい! こちらこそありがとうございました?!」


 なんの話か分からずにラミリィは恐縮したが、まんざら悪い気はしてなさそうだった。


「ほらそこー、俺様が戦っている間に親睦を深めてるんじゃねーぞー」



■□■□■□



 そうして俺は1年ぶりに、拠点にしていたサイフォリアの街へと戻ってきた。

 見慣れた町並みが、今はとても懐かしい。


「や、やったー!!!」


 いきなり大きな声で歓声をあげたのは、ラミリィ。

 そして涙目になりながら、俺に抱きついてきた。


「ありがとうございます、カイさん! もう絶対に生きて街には帰ってこれないと思ってました! 何もかもカイさんのおかげですよ!」


 何事かと周囲の人たちが視線をこちらに送る。

 冒険者という無頼漢ぶらいかんが多いサイフォリアの街においても、街中で騒ぐ者は注目を集めやすい。

 俺は気恥ずかしくなって、ラミリィを引き剥がした。


「ほら、帰ってこれたのはディーピーのおかげだから」


「そ、そういえばそういう設定でしたね! ありがとうございます、ディーピーさん!」


 そして俺たちは冒険者ギルドへと向かった。



 冒険者ギルドの、疲れた体にはちょっと重たい扉を開けるのも1年ぶり。

 受付には、冒険者たちの間で密かに無表情美人と呼ばれている受付嬢のサイリスさんが、相変わらずの無表情で仕事をしていた。


「カイ、戻りました」


 けれども、俺がサイリスさんに話しかけると、サイリスさんは驚いた様子でその両目を見開いた。

 ギルドの無表情美人の面白顔という希少な現象に、周囲にいた者たちからどよめきの声があがる。


「カイ君、無事だったんですね。よかった、もっと近くに来てください」


 そう言ったサイリスさんの顔は、いままで見たなかで一番優しい顔をしていた。

 そんな気がして、俺は言われるがままにサイリスさんに近づいた。


 パシャン。


 するとサイリスさんは、いきなり俺に冷水を浴びせてきた。


「<死に戻りレムナント>の兆候なし。はい、もう下がっていいですよ」


 あっ、そっかー。これ聖水ね。

 そうだよね、そりゃあ1年ぶりにギルドに顔だした人間には、こういう検査が必要だよね。


 せめて一声かけてくれと思いつつサイリスさんを見ると、いつもの見慣れた無表情に戻っていた。

 さっきの優しい顔をしたサイリスさんは、俺の心が生み出した幻だったとでもいうのだろか。


 サイリスさんは俺とラミリィの姿を見渡したあと、眉一つ動かさずに言葉を続けた。


「何か込み入った事情があるようですね。応接間で話を聞かせてもらうことになりますが、よろしいですね?」


 きた。

 応接間には、嘘発見器が置いてある。

 もし俺が魔族と関わりがあったとバレれば、俺の冒険者としての活躍キャリアは詰みだ。


 ラミリィが生唾を飲み込む音が、俺の耳にまで届いた。

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