011話 魔法闘気の制約


「降参します……」


 リーダーのドズルクに圧倒的な力で勝ったからか、他の冒険者たちは大人しく諦めて両手をあげた。


 両腕を抑えられていた少女は、拘束を解かれ、ドサリと地面に尻もちをついた。

 腰が抜けたのだろう。


 俺は少女に駆け寄って、手を差し出す。


「大丈夫か?」


「あっ、はいっ、あの、危ないところを、ありがとうございますっ」


 口ではそう言うが、伸ばした手を少女が握り返すことはなかった。

 気のせいだろうか、少女はまだ怯えているようだった。

 まあ、これだけ怖い目にあったのだから仕方ない。


「<装備変更>」


 俺は持っていた自分のコートを少女に着せた。


「あいにく男物しか手持ちがないんだ、ごめん」


 それでも、ドズルクたちに破かれた無残な服が丸見えなままよりかはマシだろう。

 少女は自分の服がボロボロだったことにようやく気が回ったのか、コートをギュッと掴んで破れた服を隠した。

 そして、不思議なものを見るような目で、こちらを観察している。

 なんだろう、服のセンスが悪いとか、そういうのは分からないので勘弁してほしい。



「あの、俺たちはどうなるのでしょうか……」


 ドズルクの仲間たちが、不安そうに言ってきた。

 さて、どうしたものか。


「お前達、何か言いたいことはあるか?」


 俺が問いかけると、ドズルクの仲間たちは一斉に喋りだした。


「頼む、殺さないでくれ!」


「私を殺せば、神の裁きに合うぞ!」


「俺は悪くない! ドズルクに脅されていただけなんだ!」


「おいカイ、俺のこと覚えてるよな? 俺は前衛で、お前を助けてやったんだぜ。その恩を思い出せよ!」


 その反応を見て、俺の心は決まった。

 こいつらは、何があっても更生しないだろう。


「お前達の武器や防具は回収させてもらう。あとは知らん。運を天に任せて、無事に街に戻れたら神に感謝してギルドに罪を告白しろ。また同じような悪さをしていたら、今度こそ殺す」


「ま、待ってくれ! 武器や防具もなしに、こんなダンジョンの奥深くに放り出すというのか!?」


「なんだよ、そんなことをされたら死んでしまうとでも言いたいのか?」


「うっ……」


 答えに貧した悪漢たちの武具を、有無を言わさず<装備変更>でひんむいた。


「さあ、俺の気が変わらないうちに、さっさと消えろ」


 俺が言うと、連中は蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 彼らがこの先どうなろうと、知ったことではない。

 もしかしたら親切な魔族にでも拾われて、生き延びられるかもしれないし。


 戦闘中は隠れていたディーピーが、俺の肩に乗ってきた。


「お疲れ様だな、カイ。あれがカイの言ってた連中か。まったく、ふてぇ野郎だったぜ」


 その頭を軽く撫でてから、かつて一緒にパーティーを組んだ人たちのことに思いを馳せた。

 劣悪だったけれども、かつて俺もそこにいたのは事実なんだ。


「せめて、一言でも謝罪してくれれば、街までは連れて行ったのにな……」


「気にするこたぁねえぜ、カイ。ああいう連中は、死ぬまで悪事を繰り返すもんだ。ギルドとやらに連れてったって無駄だったさ。お前のやったことは、正義に属する行動だ」


 魔族と彼ら、人の心を持っているのはどちらなんだろうとか、くだらないことを考えてしまった。



■□■□■□



 一段落ついてから、助けた少女が怯えた声で言った。


「あの、私も殺すんですか……? こう、優しくしてから絶望を与えるみたいな感じで……」


 なんで?


「いや、君を助けるために割って入ったつもりだったんだけど……まさか、迷惑だったなんてことはないよね?」


「そ、そんなことはありません! で、でも……その……あなたは、人間を喰らいに来た悪魔とかではないんですよね……?」


 だからなんで?

 ともかく、少女はいまも怯えた様子だ。

 もしかして、自分に何か原因があるのだろうか。

 そこでふと気がついた。


 俺はへたり込んだままの少女と目線を合わせるためにしゃがみ、なるべく穏やかな口調を心がけて聞いてみた。


「ごめん、俺も人間と話すのは久しぶりで、こんなこと聞くのはおかしいと思うんだけど……君から見て、俺の姿はどう映ってる?」


「その……怒らないでくださいね。禍々しいオーラを体から発しているように見えます……。本当に、悪魔とかではないんですか?」


 まさかとは思ったけど、そのまさかだった。

 ディーピーも合点がいったようで、物知り顔で語り始める。


「分かったぜ、カイ。原因は<魔法闘気>だ。<魔法闘気>の凄みにあてられた人間には、<魔法闘気>は恐ろしいものに見えるんだ! 魔王が禍々しいオーラを発している絵画を前にみたことあるが、アレは別に悪役だから邪悪そうに脚色してたわけじゃないんだな!」


 俺は自分の体にまとう、紫色のオーラを見た。

 それは、先程ドズルクたち相手に無双した力の根源だ。


「<魔法闘気>、解除」


 その力を解除する。

 こうなると、俺は見た目通りの力しか出せない。

 家ほどの大きさがある雄牛に体当たりでもされたら、一発でミンチだ。


「今度はどうかな?」


「あっ、かわいっ、じゃなかった、素敵なお顔ですね! さっきの邪悪なオーラもなくなってます! 本当に、人間だったんですね!」


 今、可愛いって言いそうになってなかった?

 個人的にはカッコいい系になりたいので、その評価は撤回したい気持ちがある。


「ともかく、<魔法闘気>を使っている間は、人間からは魔王みたいな禍々しいオーラを出しているように見えるってことか。……ねえ、俺ってまだ人間だよね?」


 不安になって、ディーピーに確認を取った。

 世の中には魔族から力を貰った人間が破滅する逸話が、山ほどある。

 魔族から力を授かったら魔族になっていたとか、そういう展開は勘弁してほしい。


「落ち着けカイ。確かにお前は人間離れした凄い力を手に入れたが、ちゃんと人間のままだぜ」


 ディーピーの言葉に、安堵のため息をつく。

 そしてふと気づいた。

 傍目からは禍々しいオーラを出しているように見える<魔法闘気>は、あまり気軽に使うのはよくないんじゃないかと。


「ありがとう。でも、そうするとせっかく覚えた<魔法闘気>も、人前では使えないってことになるのかな」


「おいおい、マーナリアは人間に怖がられないよう<魔法闘気>を透明にしていたのを忘れたのか。お前が初めてマーナリアを見た時、禍々しいオーラなんて見えなかったはずだぜ」


 そういえば、<魔法闘気>を見ると人間が怯えると、マーナリアも言っていた。

 だからマーナリアは<魔法闘気>が透明になるよう訓練したのか。


 オーラを透明にするのに何十年も修行が必要だと言っていたから、断ったんだった。

 なにはともあれ、俺の<魔法闘気>は一般人には恐ろしく見えるが、今後の修行次第でなんとかなるらしい。


「確かに……修行あるのみってことか。とりあえず、今の所は無闇やたらに<魔法闘気>を使わないようにするよ」


「なんでだ? 別に最強の力で相手をねじ伏せれば、万事解決だろ? お前はその力を手に入れたんだ」


「俺が目指してるのは、助けた相手を怯えさせる怪物じゃなくて、みんなに安心を与えるヒーローなんだよ」


「ふーん。……カイ、お前って俺様が思っているより、凄いやつなのかもな」


 俺の考えが伝わったのか伝わってないのか、ディーピーは曖昧は返事をした。

 むしろ、俺達の話を横で聞いていた少女のほうが、バツが悪そうに慌てて立ち上がり、謝罪をした。


「あのあのっ! ちゃんとしたお礼を言ってなくて、ごめんなさいっ! それと、助けてもらったのに、怯えてしまったことも、謝りますっ!」


 助けた少女が頭を下げる。

 明るい橙色のツインテールが、さらりと流れた。


「あたし、クーレル村のラミリィラミリィ・クーレルハイムって言います! 冒険者で、階級は最下級のFランクです! 助けてもらって、ありがとうございました! あの、このお礼は、必ずっ!」


 ラミリィと名乗った少女は、先程までとは変わって明るい調子だった。

 おそらくは、こちらがラミリィの本来の気質なのだろう。


「俺はリンデン村のカイカイ・リンデンドルフだ。お互いに平民みたいだし、あまり気負わずに接してくれると嬉しい。それに、俺もFランクだしね」


 そう言って、俺はラミリィに年季の入った木製の小板を見せる。

 それは、俺がFランクの冒険者であることを示す証だ。

 3年、いや、マーナリアのもとで修行をした1年を加えると4年間、ずっとFランクだったので、それなりに劣化している。


「ええぇぇぇっ! カイさんって、Fランクなんですか!? 信じられない、あたし、もしかしたら伝説のSランクなのかもーなんて思ってましたよ!! そんなに強いのにFランクなんて何かの間違いです! ギルドに文句言いに行きましょうよ、あたし手伝いますよ!」


 ラミリィは驚きながらまくしたてた。


「うーん、強くなったのは最近だからなぁ」


 なんとなく気恥ずかしくなって、頭を掻いた。

 そんな俺の姿をからかう小動物が一匹。


「おっ。カイのやつ、照れてやがるぜ。褒められるのに慣れる特訓の成果はイマイチってとこだな!」


「仕方ないだろ、ママに褒められるのは当たり前みたいな感じになってたし」


 そんないつものやりとりだったが、あたりまえのやりとりすぎて、喋る魔物の異常性を忘れていた。

 ラミリィが、不思議なものを見る目でディーピーを見つめていたのだ。


「あの……ずっと気になってたんですが、どうしてネズミさんが喋っているんでしょう?」


「俺様はネズミじゃねえ、オコジョだ! <死の銀鼠デス・オコジョ>のディーピーだぜ、よろしくな嬢ちゃん!」


「なるほどそうなんですね! ディーピーさん、よろしくおねがいします! 可愛い子ですねー!」


「おっと嬢ちゃん。俺様はどちらかというとカッコいい系を目指してるんで、可愛いってのは止めてもらいたいとこだぜ、キリッ」


「はい、カッコかわいいですね! うけたまわりました!」


 <魔法闘気>を解いてからは、ラミリィは俺たちに対して恐るべき順応性を見せる。

 気さくな性格なのかもしれない。


 ディーピーとじゃれつくラミリィだったが、ふと我に返り、俺に向かってねだるように言った。


「あのー、助けてもらったあとで、こういうことお願いするの、悪いとは思うんですけど……。出来たら、街まで送ってもらってもいいですか? 私も、ここでサヨナラって放り出されたら、そのまま死んじゃう程度の実力ですので……」


「ああ、うん。それはもちろん」


 そうして俺たちは、ひとまず街に戻ることになった。

 大勢の前で<魔法闘気>を使う前にラミリィと出会えてよかった。

 魔王みたいな禍々しいオーラなんて人前で使ったら、異端審問にかけられていたかもしれない。

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