010話 カイ無双(1章ざまぁ回)


 1年前、俺をおとりに使うために蹴飛ばして逃げた大斧のドズルクは、普段から似たようなことをやっている最低のクズ野郎だった。

 手慣れたやり取りを見るに、強姦も一度や二度ではないのだろう。


「役立たずのカイのくせに偉そうな口を利きやがって。事実を知っているやつが街に戻れなければ、何も問題はねぇんだよ! おい、こいつの口はなんとしても封じるぞ! カイを殺せ!」


 ドズルクはそう言って愛用の大斧を構えた。

 それに合わせて、他の冒険者たちもそれぞれの武器を持つ。


「<魔法闘気>、発動」


 俺は紫色のオーラをまとい、ドズルクたちを迎え撃つ準備をする。


「なんだぁそりゃあ。役立たずのカイが、妙な技でも覚えたのか?」


「ごたくはいいから、かかってこいよ。俺がどう変わったのか、その体に教えてやる」

 

 建前上は、ギルド公認の決闘以外で冒険者同士が争うのはご法度だ。

 発覚すればギルド登録を抹消される。

 だが実際は、冒険者たちは人がめったに立ち入らないダンジョンの奥深くで出会う以上、「バレなければ問題ない」という理屈で冒険者同士の戦闘はしばしば発生する。


「念の為確認しておくが、先に手を出したのはお前らだからな。ギルドには正当防衛だったと報告させてもらうぞ」


「ほざけ、役立たずのカイがっ! 1年間必死に逃げ回って生き延びたようだが、残念だったな! てめえはこの<大斧のドズルク>様に殺されるんだよ!」


 <大斧のドズルク>は<大斧マスタリー>という、大斧に特化しているものの強力な効果のあるスキルを”天啓”で手に入れた、よくいる近接戦闘特化型の戦士である。


「<装備変更>」


 だがその自慢の斧は、俺の一言で消え去った。

 いや、地面に落ちたといったほうが正確か。

 異常に気づいたドズルクは、武器を拾いながら俺を睨む。


「てめえ、何かしやがったな!?」


「おいおい、かつてのパーティーメンバーの”天啓”スキルを忘れたのか? 当時ちゃんと説明したぞ。俺の”天啓”スキルは<装備変更>だってな」


「あぁん? だから、てめえのスキルはその何の役にも立たないスキルだろぉ!?」


「だから今まさに、そのスキルを使ってお前の装備を剥がしたんだが」


 言いながら、他の冒険者たちの装備も<装備変更>で外していく。

 マーナリアから教えてもらったのだが、こういうスキルは敵も対象にできるらしい。

 だからずっと自分しか対象にできないと思いこみ、まったく役に立たないと諦めていた<装備変更>のスキルは、相手の武具を強制的に剥がすなんて使い道もあったのだ。


 そうしてドズルクたちが自分の装備を拾ったそばから、また<装備変更>ではたき落とす。

 もちろんドズルクご自慢の<大斧マスタリー>は、大斧を装備していないと効果が出ない。

 だから武器を拾うしかないのだが、何度も武器を拾う姿はもはや滑稽こっけいだった。


「荷物を拾うのに忙しいようだが、俺を殺すんじゃなかったのか? そんなんじゃ荷物持ちも務まらないぞ?」


「はんっ! よく考えたらよぉ。てめぇを殺すのに、武器なんていらなかったぜぇ!」


 ドズルクは武器を拾うのを諦めて、直接俺に殴りかかってきた。

 とはいえ、天啓スキルの補正込みで、ようやくCランクになれる程度の実力の男である。

 スキルなしに繰り出された拳は、あまりにも遅すぎた。


「がはっ……!」


 ドズルクの拳が俺に届くよりも先に、その腹に一撃を入れる。

 それだけで、ドズルクは膝から崩れ落ちた。


「バカな……てめぇ何者だ……カイがこんなに強いはずがねぇ……あのカイが……!」


 こちらとしては、<悪天十二宮・猛進暴牛ゾディアック・タウロス>を倒したときに比べて、できるだけ手加減をしたつもりだったのだが。


「俺は強くなって帰ってきたんだ」


「クソがっ。何があったか知らねえが、いい気になるなよ」


 ドズルクは悪態をついて、俺をにらみつける。

 だが今更、そんなものに怯む俺ではない。


「ドズルク、更生する気はあるか?」


「あぁん? 強くなったからって、英雄気取りか? 分かってんだろ、てめぇもこっち側の人間だ。何者にもなれない苛立ちを、何かで誤魔化しながら生きながらえる惨めな存在が俺たちだろう? なあ、荷物持ちのカイちゃんよぉ!」


 ドズルクは口元を歪めて笑った。

 それは、俺がドズルクの元で3年間働いていたことをわらうような顔だった。


「俺とお前を一緒にするな。俺は力があろうがなかろうが、誰かを自分のためだけに利用しようとはしない」


「いい子ちゃんぶりやがって……死んだ目で死体漁りしてたときのほうが、可愛げがあったぜ」


「ドズルク。もう二度と、こんなことはしないと誓うのなら、命は助けてやる」


 こんな連中だが、Cランクの冒険者というのは冒険者ギルドにとっては財産だ。

 ギルドによる公正な裁きしっかり受けて、心を入れ替えて働くというのなら、更生する道を残してやったほうがいいと思った。


 だが、俺は見誤っていたのだ。

 こいつらの劣悪さを。


「バカめぇ、隙を見せたな! これを見ろ!」


 そう言ったのは、さきほど神聖魔術を唱えたドズルクの仲間だ。

 たしか、神官のクスーダだったか。


 見れば、クスーダは先程まで襲おうとしていた少女の首元に、ナイフをつきつけている。


「こいつの命が惜しければ、抵抗はやめろ!」


「でかしたぞ、クスーダ!」


 何を勘違いしているのか、こいつらはそれで形成が逆転したと思いこんでいるようだ。

 ドズルクは立ち上がると、不敵に笑った。


「さっきはよくもやってくれたなぁ! 百倍にしてお返ししてやるぜ!」


「一応聞いておくが、さっきの質問の答えは、それでいいんだよな?」


「これから死ぬ奴が、何を言ってやがる!」


 言うが早いか、ドズルクは意趣返しとばかりに俺の腹を全力で殴った。

 あーあ。


「ぐわあぁぁあっ! どうなってやがるっ! 手がっ! 俺の手がぁぁっ!」


 俺を殴ったドズルクは、手の指があらぬ方向に曲がっていた。

 <悪天十二宮・猛進暴牛ゾディアック・タウロス>の突進を正面から受け止められる状態の人間を素手で殴ったら、まあそうなる。


「て、抵抗はやめろと言ったはずだ、何をしたっ!」


 神官のクスーダが慌てながら言った。


「いや、何もしてないのに勝手にドズルクが自爆しただけなんだが」


「うるさい黙れ! 人質がいることが分かってないようだな! 見せしめに、この女の耳を切り落としてやるっ! これはお前のせいだからなっ!」


「<装備変更>」


 神官クスーダが少女に突き付けていたはずのナイフは、俺のスキルにより地面に落ちた。


「なっ、なにぃぃぃっ!? どうなってやがるぅぅぅぅ!!??」


「いやだから、説明しただろ……バカかお前ら」


 俺は心底呆れてしまった。

 <装備変更>のスキルで持ち物を剥がせるのは、何度も体験したはずなのに学習しないらしい。


「バカはてめぇだ、このマヌケめぇぇぇ!! 大斧マスタリースキル、<兜割り>ぃぃぃぃ!!!」


 そう叫んだのは、大斧のドズルク。

 バカなのかマヌケなのかハッキリしてほしいところだが、それはともかく、いつのまにか痛めていないほうの手で大斧を拾っていたようだ。

 大きく振りかぶったその一撃は、的確に俺の頭に直撃する。

 そして俺の頭は、大斧を真っ二つにした。


 念の為にもう一度。

 俺の頭が、大斧を割ったんだ。


「そんなバカなぁぁぁぁぁ!??」


 これにはドズルクのほうも面食らったようで、「ありえないありえない」と連呼しながら、折れた大斧を何度も確認していた。


「おい、ドズルク。さすがにもう許さないからな」


「ひいっ、バ、バケモノッ! だ、ダメだ……こんなやつに、勝てるはずがねえ……」


 ドズルクは恐れおののき、後ずさりする。


「やれやれ。ようやく自分の立場が分かったみたいだな」


「頼む……お願いだ……許してくれ……! 見逃してくれ……!」


「じゃあ聞くが、お前はいままでその問いかけをした人に、なんて返事をした?」


「いやだ……死にたくない……!」


 俺は懇願こんがんを無視して、全力でドズルクを殴った。


「ぐわああぁぁぁぁぁ!!!!」


 ドズルクの体は大きく吹っ飛び、森のどこかへと消えていった。


「諦めな。助けなんてこない。それが答えだ。自業自得だぞ、ドズルク」

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