009話 過去の因縁との遭遇


 魔族マーナリアのもとで1年間の修行をした俺は、かつて俺のいたパーティーを壊走させた雄牛の魔物を瞬殺できるぐらい強くなった。


 そうして修行を終えた俺はマーナリアたちに別れを告げ、Cランクダンジョン<深碧しんぺきの樹海>を一人で歩いていた。

 そのつもりだったのだが……。


「おい、カイ。これからどうするつもりなんだ?」


 なぜか俺の右肩には、<死の銀鼠デス・オコジョ>のディーピーが乗っていた。


「おい、ディーピー! どういうことだよ、なんでお前がついてきてるんだ!」


「何言ってるんだよ、俺様はちゃんとマーナリアに向かってあばよって言ったぜ!」


 確かに誰に向かっての「あばよ」だったのかハッキリと認識していなかったが、それはそれとして、とりあえず俺はディーピーを掴んだ。


「さっき行ってきますって言ったばかりだけど、一旦引き返すか」


「俺様をあの館に連れ戻す気か? 勘弁してくれ! 俺様もう、あんな何もないところで過ごすのはコリゴリなんだ! 頼むよ、カイ! 俺様も一緒に連れて行ってくれ!」


 確かに言われてみれば、館でのディーピーはいつも暇そうにしていた。

 それに、マーナリアはディーピーを自由にさせている感じがあった。

 勝手に出ていっても、それはそれで構わないのだろう。


「ちゃんと俺の言うことを聞いて、人間に迷惑をかけないと誓うならいいよ」


「分かった分かった、それでいいぜ。あの館で虚しく人間と魔族のイチャツキを見てるよりはマシだ」


 何も言わずに付いてきたことには呆れるが、俺としても話し相手がいるのはありがたい。

 なんならディーピーはマーナリアを除けば、冒険者になりたくて村を飛び出してから出会った者たちのなかで、一番仲良くなった相手かもしれない。


「それで、さっきの話なんだけど、とりあえずサイフォリアの街に戻ろうと思ってるよ」


「へぇ、どんな街なんだ」


「これといった特徴のない辺境の街だけど、辺境なだけあって冒険者ギルドはそれなりに賑わっている。俺もそこに登録しているんだ。1年間音信不通だったから、まだ籍があるかはわからないけどね」


「ふーん」


 ディーピーは興味あるようなないような、曖昧な返事をした。

 そして俺が肩から下げている鞄を見ながら、別の話題を切り出した。


「ところで、<悪天十二宮・猛進暴牛ゾディアック・タウロス>の死体は、放置してよかったのか?」


 ディーピーが見ているのは、マーナリアが別れ際に餞別としてくれた、<アイテムボックス>という不思議な鞄だ。

 見た目よりもずっと多くの物を収納できるマジックアイテムらしい。

 倒した<悪天十二宮・猛進暴牛ゾディアック・タウロス>から素材を剥ぎ取って街で売れば、かなりの財産になったことだろう。


「別に構わないよ。せっかく倒した宿敵だけど、Fランク冒険者が<災厄の魔物>を倒したとなれば、大事おおごとになるだろうからね」


「何が問題なんだ?」


「Fランク冒険者が<災厄の魔物>を倒すなんて、普通はありえないことだからだよ。そこから俺が魔族のマーナリアに鍛えてもらったことがバレれば俺の身が危ないし、なによりマーナリアが討伐対象になりかねない」


「カイ、お前はマーナリアが人間に負けると思うか?」


「そうは思わないけど、やっぱり恩人に迷惑はかけたくないんだ」


「なるほどなぁ」


 俺の言葉にこれまた分かったような分かってないような曖昧な返事をしたディーピーだが、ふいに真剣な声色に変わった。


「それよりも、カイ。気づいてるか?」


「えっ? 何に?」


「ずっと思ってたけど、お前って結構天然だよなぁ」


 ディーピーに呆れられてから、気配探知をする。

 少し離れたところに、何者かの気配を感じられた。


 全然気づいてなかった。

 正直なところ、<悪天十二宮・猛進暴牛ゾディアック・タウロス>が倒せるなら、この階層フロアで自分に驚異となる魔物はいないので油断していた。


「これは……人間の気配かな? ちょうど6人、冒険者だね」


 ダンジョンに潜る6人組なんて、冒険者しかありえない。


「どうするんだ?」


「うーん、1人と1匹で歩いていて変に疑われるのも面倒だから、スルーかな」


 1年前に消息不明になった人物がダンジョンで魔物と一緒に歩いていたら、まず間違いなく<死に戻りレムナント>を疑われる。

 自分がアンデッドモンスターではないことを証明する方法はいくつかあるが、どれも手間か金がかかる。

 だから、サイフォリアの街に戻るまでは誰とも会わないようにするつもりだった。


「放してくださいっ!」


 少女の悲鳴を聞くまでは。


「おい、カイ! 今の声は聞こえたよなッ!」


「ああ、何かトラブルが起きてるみたいだ。行くよ!」



■□■□■□



 誰にも気づかれずに、冒険者一行の近くまで来た。

 木の影に隠れながら、様子を伺う。

 そこには、見覚えのある顔があった。


 大斧をたずさえた大男。

 忘れるはずもない。


──<大斧のドズルク>! 俺を見捨てたパーティーのリーダーだ! まだ冒険者をやっていたのか!


 そこにいたのは、かつて俺が所属していた冒険者パーティー、<迷宮の狼ラビリンス・ウルフ>だった。

 多少面子が変わったようだが、<大斧のドズルク>を始め、何人か見覚えのある人物がいる。


 ドズルクは下卑げびた笑みを浮かべながら、パーティーの一員と思わしき見知らぬ少女に話しかけている。

 だが、その様子はただことではなかった。


「だからよう、役に立ってないお前とこのまま報酬を山分けなんて不公平だから、その埋め合わせをしようって提案しているだけじゃあねえか」


「いやっ! 放してくださいっ!」


 屈強な男たちが少女の両腕を押さえつけていたのだ。


 少女の明るいだいだいの髪色と、頭の左右で髪をまとめた、いわゆるツインテールの髪型は、生来の少女が快活な人物であると思わせる。

 だが今はその表情も恐怖で歪んでいた。


 少女の服は無造作に破け、一部は肌が露出している。

 にもかかわらず、魔物に襲われたような傷はどこにも見当たらない。

 明らかに、人間が肌の露出を目的として破いたものだ。


「ヤらせてくれねぇっていうなら、別にいいんだぜぇ? ただし、その場合はここでパーティーから抜けてもらう。そんときゃ、一人で帰ってもらうけどな。まあ、てめぇの実力でこの森から帰れるとは思わねえけど、せいぜい頑張れよ!」


「あっ……それは……」


 少女の顔に、絶望が満ちていく。

 その胸元には、最下級Fランクを示す木製の小板がさげられていた。


 ここはCランクダンジョン<深碧しんぺきの樹海>の深層部。

 駆け出しであるFランクが一人で切り抜けられる場所ではない。


「ぐへへへ、ようやく自分の立場が分かったみたいだな」


「お願い……許して……」


「へっ、諦めな。言っておくが、ここには助けなんてこねえぜ」


 ドズルクは少女の豊満な胸に手を伸ばす。

 もはや少女は、その手に逆らおうとはしなかった。

 少女は瞳に涙を溜めながら、ひたすらに歯を食いしばる。

 その様子を、他の冒険者たちもニヤニヤと眺めていた。


 なんて醜悪な連中なんだ。



「念の為に聞いておくが、その行為は同意があってのものか?」


 俺は姿を現して、ドズルクたちに向かって言った。


「なんだぁてめえ……おい、まさかお前は!」


 ドズルクは不愉快そうに乱入者である俺の声に反応して振り返ったが、それが俺だと分かると、驚愕の表情を浮かべた。


「カイ、お前まさか、生きていやがったのか!?」


「久しぶりだな、ドズルク」


 だが、ドズルクは俺が生きていることを受け入れられなかったようだ。

 すぐに神官らしき男に合図を送る。


「驚かせやがってよぉ……、おい、神官クスーダ! こいつは<死に戻りレムナント>だ!」


「なるほど承知した。不浄なる魂よ、あるべき場所へ還れ! <浄化魔術ターンアンデッド>!」


 神官クスーダの詠唱とともに、聖なる光が俺を包む。

 アンデッド系のモンスターにのみ効く、神聖魔術だ。

 もちろん俺は生きているので効かない。


「おい、どうなってる神官クスーダ! まるで効いてないぞ!」


「いや、そんなはずは……術は確かに成功した!」


 ドズルクたちが慌てふためく。

 やはり俺のことを、死亡してすぐに活動を始めたタイプのアンデッドモンスターである<死に戻りレムナント>だと勘違いしたようだ。


 <死に戻りレムナント>は<腐敗死者ゾンビ>と比べて新鮮なため、見た目が生前に近く、脳の損傷が少ない場合は生前に持っていたスキルを使うこともある、厄介なアンデッドだ。

 その代わり、あまりにも魔物化するのが早いと、そもそも<死に戻りレムナント>が自分が死んで魔物化していることに気づかず、生前と同じ言動をすることがある。

 自分が死んだことに気づかず街まで戻った<死に戻りレムナント>の例があるほどだ。


「あいにく、生きてるよ俺は」


「そんなはずはねえ! てめえがここで1年も生きていけるはずがないんだ!」


 ドズルクは、俺が生身の人間であると理解すると、先程よりも慌てはじめた。

 まるで、ここに放置した人間が生き残っていると困るといったような様子だ。

 それでピンと来たので、ひとつカマをかけてやることにした。


「お前の心当たりがある人たちに助けてもらったんだよ。だから今度は俺がその子を助けに来たのさ。みんな、お前のことを恨んでるぞ」


「まさか、他の連中も生きてるのかっ!?」


 大当たりだ。

 このドズルクという男、何も俺だけ見殺しにしたり、この少女だけ手を出そうとしたわけじゃない。

 普段から、こうやって低ランクの冒険者を相手に好き放題やっていたのだ。

 思い返せば、心当たりがある。


 全く、昔の自分の呑気さにも嫌気がしてくるな。

 ドズルクは時々、連れて行った低ランク冒険者がダンジョンの奥で命を落としたと言っていた。

 それを聞くたびに、「悲しいけど、死んだのが自分でなくてよかった」なんて安堵していたのだから。


「残念だよドズルク。初めて会ったときは、低ランクの冒険者の育成に熱心な、優しい人だと本気で思っていたのに」


 正直なところ、ドズルクが俺を見殺しにしたことに対しては、そこまで恨みを持っていない。

 一人が犠牲になることで、他の仲間全員が生き残るのなら、非情な決断が必要なこともあるだろう。


「だが、お前は悪だ。駆け出しの冒険者や力の無い人間を、普段からダンジョンの奥深くまで連れ込み、もてあそんでいたのだろう。この罪、しっかり償ってもらうぞ」

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