008話 リベンジ


 俺が<魔法闘気>と<魔法CQC>をひと通り使えるようになったのは、俺がマーナリアの館に連れ込まれてから1年が経過したころだった。


 その日俺は、1年ぶりにマーナリアの館から外へ出た。

 俺が力をつけたかどうか、最後の確認をするためである。


 マーナリアのように<魔法闘気>のオーラを透明にすることは出来なかったが、それについてマーナリアは「人間がママのオーラを見ると驚いちゃうから、頑張って透明になるようにしたのよ~」と言っていた。

 つまり、透明だろうが紫色だろうが、別に性能に影響はないらしい。


 そんなわけで何十年もかかるというオーラ透明化の訓練はやらず、それ以外のすべての修行を終えた俺は、ついに最終試練を行うことになった。

 そうして、かつてマーナリアと出会った、<深碧しんぺきの樹海>の深部に戻ってきたのだ。


「ねえ、カイちゃん? 嫌だったり、怖かったら日を改めてもいいんだからね?」


 マーナリアが不安そうに言う。

 とはいえ、それは俺がすべての修行を終えてしまわないかの不安だろう。


「大丈夫だよ、ママ。それよりも、あの雄牛の魔物を倒したら、俺の実力を認めてくれるんだよね?」


 マーナリアが課した最終試練。

 それは、かつて俺が遭遇し、なすすべもなく逃げ出した、かの<災厄の魔物>である、大きな雄牛の魔獣を一人で倒すこと。

 その民家よりも大きい体を持つ恐ろしい化け物は、既に俺の目の前にいる。


「GRUUUUUUUUU……」


 雄牛は突然現れた来訪者に驚きつつも、すぐに警戒態勢に入った。


「よう、1年ぶりだな」


 その魔物の名を<悪天十二宮・猛進暴牛ゾディアック・タウロス>。

 <大魔憲章マグナ・マギア>においても第一種指定幻想奇獣に指定される、災厄の権化。

 その象徴は嵐。

 すべてをなぎ倒す暴風を体現した、2番目の怪物。


 らしい。

 詳しい意味はわからないけど、マーナリアはそう言っていた。


 <悪天十二宮・猛進暴牛ゾディアック・タウロス>は、俺を敵と認識したのか、俺に向かって走り出した。

 1年前、俺はその姿に怯え、逃げるしか出来なかった。

 けれども、今は違う。


「<魔法闘気>、発動」


 掛け声とともに、俺は紫色のオーラをまとう。

 紫色の炎のようなオーラが、俺の体から湧き上がった。


 <悪天十二宮・猛進暴牛ゾディアック・タウロス>は、木々をなぎ倒しながら、次第に速度をあげて俺に迫る。

 だが、あまりにも遅い。

 <魔法闘気>をまとった今の俺なら、容易く避けられるだろう。

 以前の俺は、こんなものに恐れおののいていたのかと、笑いさえ出てきた。

 けれども、やりたいことがあったので、今回は回避は無しだ。


 そうして俺は、<悪天十二宮・猛進暴牛ゾディアック・タウロス>の”すべてをなぎ倒す暴風”と形容される突進を、正面から受け止めた。

 雄牛の突進は、俺の腕で簡単に食い止められ──その衝撃が、風となって吹き抜けた。


「微動だにせずってワケにはいかないか」


 食い止めたときの衝撃で、俺の体は1メートルほど後退していた。

 かつてマーナリアが俺の目の前でやってみせたことをマネしたかったのだが、まあこれは今後の課題ということにしておこう。


 そして俺はそのまま伸ばした腕で雄牛を鷲掴みにして放り投げる。

 <魔法闘気>をまとった体だと、雄牛は驚くほど軽かった。

 巨大な図体が空を舞った後に、勢いよく地面に落ちる。

 重低音があたりに響き渡った。


 雄牛はヨロヨロと立ち上がると、脇目もふらずに逃げ出そうとする。


「逃がすかよっ」


 それよりも早く、俺は回り込む。

 そして雄牛の額に拳を入れた。


「GRUUUUUUUUUU!!!」


 雄牛はグラグラと揺れると、あっけなく倒れた。

 それが、恐るべき災厄の神々が1柱として数えられる、<悪天十二宮・猛進暴牛ゾディアック・タウロス>の最後だった。


「やった、倒した……。俺、本当に強くなったんだ……!」


 自分の成長を実感し、グッと握りこぶしを作る。

 この力があれば、冒険者として、困っている人たちを助けられる。


 俺が<魔法闘気>を解除すると、背後から拍手が聞こえた。

 振り返ると、マーナリアが手を叩いていた。


「おめでとうカイちゃん! まさか本当に1年で<悪天十二宮・猛進暴牛ゾディアック・タウロス>を倒せるようになっちゃうとはね~、ママ嬉しいわ~」


 だがその顔は、どこか悲しそうだった。


「俺が強くなったのは、ママのおかげだよ」

「これでもうお別れなのよね……?」


 ゴネられるかと思ったが、マーナリアは本当に約束を守ってくれるようだ。

 最終試練を終えたら、俺は屋敷を出るという約束を。


「カイちゃんが望むなら、いつまでも居ていいのよ~? また一緒にパイを食べましょう?」

「そういうこと言わないでよ、ママ」

「あっ、ごめんなさい……約束だものね……」

「そうじゃなくて、ほら。名残惜しくなっちゃうじゃん」

「カイちゃん……」


 マーナリアはボロボロと泣き始めた。


「あれ……変ね……笑って送り出そうと思ってたのに……ごめんね、私、カイちゃんの本当のママじゃないのに……分かってるのに、こんなのおかしいわよね……」


 俺は泣いているマーナリアをそっと抱きしめる。


「そんな寂しいこと言わないで。俺はママのことも、本当の母親と同じぐらい大切に思ってるから。貴女は俺に夢を叶えるための力を与えてくれた。貴女のおかげで俺は生まれ変わったんだ。だから、俺にとっては第二のママなんだよ」

「カイちゃん~!!!」


 そうして俺たちは、しばらく二人で抱き合った。


「まったく、母親がそんなに泣きじゃくってどうするんだ。子供ってのは、いつか親元から離れていくもんなんだぜ。それをいつまでも手元に置いておこうとするから、お前の愛は歪んでいったんだ」


 物知り顔で語るのは、<死の銀鼠デス・オコジョ>のディーピー。

 どうやらこいつも見送りに来てくれていたようだ。


「ほら、マーナリア。そろそろお前の自慢の息子を送り出せよ。手元で愛玩するのが、母親の愛じゃないって分かっただろ?」

「うん……カイちゃん、これだけは覚えておいて。たとえ世界があなたの敵に回っても、はあなたの味方だから」


 マーナリアは優しく微笑む。


「それじゃ、あばよ!」


 ディーピーはその小さな前足を振った。

 俺はディーピーの言葉に反論する。


「そうじゃないだろ、ディーピー。ここで言うべきは『行ってきます』と『行ってらっしゃい』だ」

「確かに、それもそうだな!」

「うん。そうね。それじゃあ行ってらっしゃい、カイちゃん!」

「行ってきます、ママ!」


 そうして見送られながら、俺は出発した。

 人間と魔族、そして魔物の2人と1匹。

 奇妙な縁が、そこにはあった。

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