007話 魔法闘気
「<魔法闘気>……?」
「自身の精神力を戦闘力に換えて戦う、魔族の秘技よ~。私があの大きな雄牛の魔物の衝突を簡単に止めたのも、軽々と投げ飛ばしたのも、<魔法闘気>で強化していたからなの~」
凄い、今度こそ魔物と戦うための力が得られそうだ!
「カイちゃんには、まずは<魔法闘気>を身に纏えるようなってもらうわよ~。そしたら次は、<魔法CQC>の習得ね~!」
流れが怪しくなってきたので、思わず近くで見学しているディーピーを見る。
前足を組んで、うんうんとうなづいているので、たぶんこれは間違いではないのだろう。
「それじゃあ、カイちゃん。さっそく服を脱いで!」
もう一度ディーピーを見る。反応なし。正常!
本当に!?
「もう、何をいまさら恥ずかしがってるのよ~。毎日ママと一緒にお風呂入ってるでしょ?」
そうなんだけど、いま問題にしてるのはそこじゃない。
「し、信じていいんだよね、ママ……?」
「ああ、なるほど~。また肉弾戦に関係ない修行だと思ってるのね~。大丈夫よ、魔法闘気は自分の肉体に高密度の魔力をまとわせて身体能力を高める技だから、服を脱いでたほうが修行が捗るのよ。魔法帝国時代は、優れた戦士ほど肌の露出が多いなんて言われてたそうよ」
その時代に生まれなくてよかった。
言われた通りに服を脱ぐと、マーナリアは俺の背後にまわった。
「さあ、ママがリードしてあげるから。すべてをママにゆだねて……」
マーナリアが俺の背中をそっとなでる。
思わずビクリと体が震える。
マーナリアのたおやかな指が俺の肌を優しく触れていく。
その感覚がこそばゆい。
「ねえ、くすぐったいよ」
「ダメよ、じっとしていて。手元が狂っちゃうわ」
何をしているのか聞こうと思ったら、疑問を察したのか先にマーナリアが答えた。
「いまカイちゃんの体に魔法回路を作っているところなの。えーと、魔力を流しやすくしているって言えばいいかしら」
そう言いながら、マーナリアは俺の全身をまさぐる。
本当にこれで強くなるのか分からないが、もうマーナリアを信じるより他にない。
俺は強くなって、冒険者として活躍したいんだ。
そのために、力がいる。
「はい、終わりよ。よく我慢できたわね、偉いわ~!」
マーナリアは俺をひとしきり褒めてから、俺から離れた。
とはいえ、何か変わった感覚はない。
「これで、強くなれたの?」
「もう、焦っちゃダメよ~。本番はここから。これからママの<魔法闘気>をカイちゃんに分けてあげる。驚かないでね」
マーナリアが再び俺の肌をなでると、俺の体に紫色のオーラが広がっていく。
揺らめく炎のようなオーラだった。
「わわっ。燃えてる!?」
「大丈夫よ、その紫色の炎のようなオーラが、<魔法闘気>なの」
「でも、ママのは透明だよ?」
「それはね、ちょっとしたコツがいるの。応用編ってところかしら。カイちゃんにはまだ早いから、基礎からやっていきましょう」
マーナリアが雄牛の魔物と戦っていた時、紫色のオーラなんて出ていなかった。
どうやらそれは、特殊な技術らしい。
「体の表面にある魔力を燃やしてるような感じだから、炎のように見えるの。<魔法闘気>の発動中は魔力を消費し続けるから気をつけて」
「すると、ずっと発動しているわけにはいかないのかな」
「そうねぇ、カイちゃんの魔力だと無理かもしれないわね~。でも、カイちゃんの魔力が特別低いって訳じゃなくて、ほとんどの人間には無理だと思うから気にしないで!」
言われて、マーナリアが人類を超越した魔族であることを思い出す。
もう無害なママという認識しかなかったが、マーナリアは無尽蔵と言ってもいいぐらいの魔力を持つ、魔族なのだ。
本来なら、人類の敵であるはずの存在。
そのマーナリアに鍛えてもらっているという事実が、改めて不思議に思えてきた。
「まずは<魔法闘気>の感覚に慣れてもらって、次は自分で発動を切り替えられるようになりましょうね」
「えっと、こうかな……?」
装備を外すような感覚で、オーラを消す。
そしてまた、オーラを身にまとうようなイメージで<魔法闘気>を発動してみる。
そうすると、自分でも驚くぐらい上手くいった。
「できた……! これが<魔法闘気>」
「えっ、もうできちゃったの!? すごいわカイちゃん、あなた天才ね!」
マーナリアは自分のことのように喜んだ。
だがその後、悲しそうな表情になる。
「でも、あんまり早くできちゃうと、カイちゃんとのお別れが早まっちゃうわね……」
この修業で俺が一人前になったら、俺はここを出ていくという約束になっている。
マーナリアがあまりに寂しそうだったから、思わずフォローを入れてしまった。
「ほら、俺は<装備変更>で着替える習慣があったから、<魔法闘気>を身にまとう感覚も理解しやすかったのかも」
「そういえば、カイちゃんにはそれがあったわね」
「ハズレスキルだと思っていたけど、意外なところで役に立ったな」
「うーん、そうね。だったら、その<装備変更>のスキルも開花させましょうか?」
ざわりと。
マーナリアの提案に、俺の心が揺れ動いた。
俺は、”天啓”で<装備変更>なんていうハズレスキルを手に入れてしまったから、役立たずと罵られてきたのだ。
その<装備変更>を、役立てる方法があるというのか。
「うん、お願いママ! このスキルを使えるようにして!」
「いいわよ。カイちゃんのお願いだもの。それじゃあさっそく、更衣室に行きましょう!」
■□■□■□
更衣室に着くと、マーナリアはクローゼットからたくさんの衣服を取り出して俺に聞いた。
「カイちゃんは、どれが好き?」
「えっと、どれも女物に見えるんだけど」
「や~ねえ! 女の人に着せるなら、どれがいいって話をしてるのよ~」
なんで急にそんな話になったんだろうか。
「正直、女性のファッションについては、よくわからないんだけど」
「ふふっ、それじゃあ、ママで色々と試してみる? カイちゃんに、色んな服を着せて欲しいなあ~」
言われるがままについてきたが、マーナリアは何を始めるつもりだろうか。
<装備変更>のスキルを開花させてくれるって話だったはずだが。
しかもこの魔族、着替えを俺にやらせるつもりっぽいぞ。
「もしかして、<装備変更>のスキルで着替えさせてってこと?」
「さっすがカイちゃん、気づくのが早いわね~! スキルレベルを上げた<装備変更>は、他人も対象に出来るのよ。このスキルを最大まで成長させる人は滅多にいないんだけど、どうやら”天啓”ってのはスキルレベルが最大の状態でスキルを獲得するみたいね。だから開花とは言ったけど、本当はあとはカイちゃんが使い方を理解すればいいだけなの」
「待ってよ、<装備変更>が他人に使えないか、妹で試したことがあるんだけど……その時はダメだったよ?」
俺だって、”天啓”で得たスキルの使い道がないか必死に探したんだ。
それでもダメだったから、今の俺があるんだ。
俺の抗議の視線を気にもとめず、マーナリアは楽しそうに笑った。
「<魔法闘気>を覚えたカイちゃんなら、それができるの。さあ、ママにカイちゃんの好きな服を着せてみて。ふふっ、カイちゃんはどんな服装がタイプなのかなぁ~」
もしかして、これ遊ばれてないか?
そんな疑念をいだきつつも、言われたとおりにスキルを発動してみる。
服装は……まあ適当なのでいいだろう。
「<装備変更>!」
俺がスキルを使うと、本当にマーナリアの服装が変わった。
だが、それは俺の想像とは異なる結果となった。
マーナリアが、下着姿になったのだ。
「あらあらあらあら、カイちゃんったら、エッチさんね~」
「ち、違うっ! こんなはずはない! 俺はちゃんと、別の服を着せようとしたんだ!」
「カイちゃん、顔真っ赤にしちゃって。本当に可愛いわね~」
はしゃいでる。
マーナリアは、こうなることが始めから分かっていたかのようにはしゃいでいる。
そこでようやく気づいた。
「もしかして、からかってる?」
「あらら、ばれちゃった。ごめんなさいね、カイちゃんの反応が可愛すぎて、つい……。この手のスキルは、相手が抵抗すると失敗しちゃうのよ。それで、こういう結果になるように上手く調整したの。でも、他人にも<装備変更>が使えるのは分かったでしょ?」
マーナリアは俺が慌てる姿が見たくて、ワザと下着姿になるようにスキルを受けたらしい。
ものすごく高度なことをしているようにも思えるが、結果があまりにもくだらないので気にしないことにした。
「他人にも使えるのは分かったけど、失敗するんじゃ意味がないよ」
「そこで、<魔法闘気>の出番なのよ。スキルを相手が抵抗したとき、お互いのステータス……つまり実力ね。それの差によって結果が決まるのは知っているかしら? 強い相手にはスキルが効きにくいってやつね。でも、<魔法闘気>で身体能力を上げれば……だいたいの相手にはスキルが効くはずよ」
「なるほど、今まで俺の<装備変更>が他人に効かなかったのは、俺の実力が低すぎるせい。だから<魔法闘気>で実力をあげればいいのか!」
「さすがはカイちゃん、理解が早いわね!」
そうなるとかつての俺は、妹よりも実力が低いってことになる気がしたが、これも気にしないことにした。
「まだカイちゃんの<魔法闘気>は練度が低いから実力もあまり上がらないんだけど、こればかりは訓練あるのみね~。ゆっくり時間をかけて覚えていきましょう。<魔法闘気>の練度が上がったら、<魔法CQC>も習得していきましょうね」
「俺、頑張るよ!」
「ふふっ、本当にいい子ね。望んでくれれば、いつまでもここに居させてあげるのに」
そうして、<魔法闘気>を習得するための修行が始まった。
マーナリアは時に厳しく、割と全体的に優しく、俺を導いた。
俺がマーナリアをママと呼ぶ限り、マーナリアは俺が望むものをなんでも与えてくれる。
そうしてマーナリアとの蜜月ともいえる生活は、過ぎていった。
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