006話 カイの答え
「いけない子ね、ママの言うことが聞けないの?」
マーナリアは笑みを崩さず、静かに立ち上がる。
しまった! 怒らせたか!?
「カイ、逃げろ! そいつ、やると決めたら何でもやるぜ!」
そう叫んだのは<
逃げたと思ったが、物陰から様子を伺っていたようだ。
「ディーピーちゃん? あなたは自由にさせているけど、さすがにそれは許さないわよ~?」
マーナリアの表情は微笑んだまま。
その内心を伺うことはできない。
「カイちゃん、あなたも分かっているでしょう? 元の場所に戻ったとしても、あなたの実力ではダンジョンから出られずに死ぬわ。どうして、平穏な暮らしを捨てて、無駄死にしようとするの?」
「俺は……あの時に選んだんです。誰かを見殺しにして故郷に帰る道ではなく、たとえ命を落とそうが誰かを助けようとする道を。だからもう、戻りたくない。見下されて、バカにされても仕方がないって諦めていた頃の俺には……」
今なら分かる。
バカにされても黙って従い、荷物持ちなんてしていた俺は、とんでもなく惨めだったって。
「わがままな子ね……力がなければ、何も叶えることは出来ないのに。仕方ないわね、少しばかりあなたの頭を矯正してあげる。大丈夫、ママに任せておけば何も怖くないのよ。いまから行うことは、全部あなたのためなんだから」
マーナリアはゆっくりと俺に近寄る。
きっと説得は不可能だろう。
それに、マーナリアの言っていることは真実だ。
ろくに戦えない俺が冒険者として活躍しようとしても、すぐに死ぬに違いない。
「俺様が帰り道をつくってやるッ! こっちだ、カイッ! 人格を破壊されたくないならッ! 今のままのお前でいたいのなら、すぐに逃げるんだーッ!」
「ディーピーちゃん……あなたも、あとでお仕置きが必要ね……!」
ならばもう、全員にとって良い結果となる方法は、これしかないっ!
「
時が止まったかのような静寂が訪れた。
「あら?」
最初に反応したのはマーナリアだった。
「あらあらあらあら? カイちゃん、いま私のこと、なんて呼んだのかしら~? もしかして、ママって呼んでくれた~?」
さっきまでの緊迫感が嘘のように、顔をほころばせて喜んでいる。
「さっき言ったとおりだよ、ママ。俺がこのまま戻っても戦えない。だから、凄い力を持っているママに、俺が戦えるようにしてもらいたいんだ。それとも、俺のためなら何でもするってのは、嘘だったの?」
マーナリアの望みは、俺がマーナリアのことをママと扱って頼ることだ。
そして、俺の今の問題は、魔物と戦う力がろくに無いこと。
ならば、超常的な力を持っているマーナリアに、その力の一部でもいいから教えてもらえばいい。
「きゃー、嬉しいっ! 私のこと、ママって認めてくれたのね~! ごめんなさいね、ママちょっと勘違いしちゃってたみたい。もちろん、ママはカイちゃんのためなら、何だってしてあげるわ! だから、どんどんママのことを頼ってね!」
マーナリアは興奮しながら俺を抱きしめる。
俺の顔がマーナリアの胸に沈んで息苦しいが、マーナリアの気が変わらないよう、窒息しない程度に好きにさせることにした。
「カイ、お前凄いやつだな……。いままで、マーナリアに溺れて堕落したやつや、逆にここから逃げたやつは見てきたけど、マーナリアを言いくるめたやつなんて、初めて見たぜ……」
驚きを隠せない様子のディーピーに、マーナリアはピシャリと言う。
「そうそう、ディーピーちゃんにお仕置きするってのは、撤回しないわよ」
「ひえっ」
ディーピーが情けない声をあげて縮み上がった。
なにはともあれ、俺は不穏な空気を乗り切った。
後にディーピーに言われたのだが、俺の機転が無かったらマーナリアは本当に俺の頭をいじっていたかもしれないらしい。
ちなみにディーピーへのお仕置きの内容については、「その話は絶対にしないでくれ」と震えながら言っていた。
よほど恐ろしい目にあったのだろう。
それから俺は、俺が魔物と戦うのに十分な力をつけるまで、マーナリアの館で暮らすことになった。
大きな館だが、いま住んでいるのはマーナリアとディーピーだけらしい。
それを知って、手入れの行き届いた広い庭園が、どこか物寂しく感じられた。
ともかく、冒険者パーティーに見捨てられた俺は、魔族に拾われて修行をすることになったのだ。
■□■□■□
そうして、人智を超えた特殊な修行が始まった。
「なぁ、カイ。これはどういう修行なんだ?」
ディーピーが修行中の俺に絡んできた。
こいつ、結構ヒマらしい。
「楽に耐える修行らしいよ。魔法帝国時代から伝わる由緒正しき修行なんだって」
俺は今、ベッドに横になりながらジュースを飲んでダラダラしている。
なぜなら、そういう修行だからだ。
「カイーーッ! お前これ、絶対騙されてるぞーーーッ!」
「な、なんだってーー!?」
俺は急いでマーナリアに確認しにいった。
マーナリアは心配そうに答えた。
「だってママ、カイちゃんがママ以上に甘やかし力が高い敵と遭遇したときに、その甘やかしにカイちゃんが成すすべもなく敗北しないか心配で……」
どういう状況を想定してるんだ!?
■□■□■□
それからも、人智を超えた特殊な修行が続いた。
「カイちゃん、だーいすき。好き好き。世界で一番好き。ずっと離さないんだからね。もうカイちゃんしか見えないの。本当に好き好き」
普段と違う口調で、俺の耳元で愛の言葉をささやき続けているのはマーナリアだ。
「なぁ、カイ。これはどういう修行なんだ?」
ディーピーが修行中の俺に絡んできた。
こいつ、割とヒマらしい。
「愛情に耐える修行らしいよ」
「カイーーッ! お前やっぱり、騙されてるぞーーーッ!」
「な、なんだってーー!?」
俺はマーナリアに確認した。
マーナリアは心配そうに答えた。
「だってママ、カイちゃんが愛の言葉をささやくのが得意な敵と遭遇したときに、その愛情にカイちゃんが成すすべもなく敗北しないか心配で……」
だから、どういう状況を想定してるんだ!?
■□■□■□
それからも、人智を超えた以下略。
「ざこ、ざぁこ。よわよわ人間。魔物に負けて恥ずかしくないの? まぁ弱っちいから魔物に負けてもしかたないよねぇ。みじめなざこざこ人間~」
普段と違う口調で、俺の耳元で猫なで声でささやき続けているのはマーナリアだ。
「いや、まてカイ。今度はアレか? 侮辱に耐える修行とか言うんじゃないよな?」
ディーピーが修行中の俺に絡んできた。
こいつ、なかりヒマらしい。
「よくわからないけど、メスガキに耐える修行だってさ」
「だからカイーーッ! どうしてお前はそう、素直に変な修行を信じるんだーーーッ!?」
「へ、変なのコレ?」
俺はマーナリアに確認した。
マーナリアは心配そうに答えた。
「だってママ、カイちゃんが野生のメスガキと遭遇したときに、その言葉責めにカイちゃんが成すすべもなく敗北しないか心配で……」
野生のメスガキって何!?
「ママ、あまり疑いたくないんだけど……もしかして、ワザと役に立たない修行をやらせて、時間を稼いでるとか無いよね……?」
「違うのカイちゃんっ! 昔ママがブイブイ言わせてたときに、サンバのリズムに合わせてラーメンを茹でるタイプの魔族にお洒落ファッションバトルを挑まれ、無様に敗北したことがあって……カイちゃんは同じような目にあってほしくなかったから、出来る限りの対策をしようと思っただけなの……」
確かにそういう目にはあいたくないけど、まずそういう戦いに参加しないと思う。
もしかして魔族って頭おかしいのでは?
「そういうのじゃなくて、魔物と物理的に戦うやつ! ほら、ママが雄牛の魔物を投げ飛ばした時のような!」
「ああ、そういうのね~! もう、それならそうと、早く言ってくれればよかったのに~!」
むしろ別の想定をされていたことが想定外なのだけど。
もしかして、魔族的にはよくある話なんだろうか。
「ならば、ママが手取り足取り教えてあげるわ~! 魔族に伝わる戦闘術、<魔法闘気>をね!」
そうして今度こそ、人智を超えた特殊で実用的な修行が始まった。
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