004話 バブみ魔族のマーナリア


 奇妙な空間を抜けると、そこには館があった。

 貴族の屋敷と見紛うほど……いや、ヘタな貴族よりも立派な、庭付きのお屋敷だ。


「ここは……?」


 思わず、疑問を口にしていた。

 俺は<深碧しんぺきの樹海>という森タイプのダンジョンにいたはずだ。

 さきほどの奇妙な空間を介して、転移したのだろうか。


「ここはね、私の……ううん、ママとカイちゃんのおうちよ~!」


 魔族のマーナリアは嬉しそうに微笑んだ。

 マーナリアは俺をしっかりと抱きかかえたまま、離そうとしない。

 俺は捕まってペットにされる野生動物の気持ちを、ほんのちょっぴり理解した。


「あの……もといた所に帰してもらえませんか?」


 一応ダメもとで聞いてみた。

 断固として拒否されるかと思っていたが、返ってきた返事は意外なものだった。


「どうして~?」


 そう聞かれると困る。

 どうして、俺は戻りたいのだろうか。


「ここにいれば、何も困ることは無いのよ~? 危ない魔物は出てこないわ。必要な物があれば、なんでもママが与えてあげる。可愛い可愛い私のカイちゃん。ママがたっぷりと愛してあげるわ。なのにどうして、辛く苦しい所に戻りたいなんて思うの?」


 その問いかけに、俺は答えることが出来なかった。



■□■□■□



「それじゃあまずは、汚れを落としましょうね~」


 マーナリアはそう言って、俺を浴場に連れて行った。

 大理石で出来た、見たこともない立派な浴場だった。


 俺はされるがままに、マーナリアに服を脱がされる。

 もうどうにでもなーれ。

 だいぶヤケになっていた俺だが、それでもその先の展開には動揺せずにはいられなかった。


 俺を裸にするやいなや、マーナリアも服を脱ぎ始めたのだ。

 凝った意匠が施された下着に包まれた、マーナリアの豊満でそれでいて張りがある胸があらわになる。


「えっ、ええっ!!??」


 俺は情けない声を出しつつも、咄嗟にマーナリアに背を向けた。


「あら? あらあらあらあら~??」


 すぐ後ろから、マーナリアの嬉しそうな声が聞こえる。

 そして俺の両肩を掴むと、ぐっと身を寄せてきた。

 背中に、柔らかいものがあたる感触がある。


 俺は意識しないように、ぎゅっと目を閉じる。

 すると、耳元で、マーナリアのささやき声がした。


「もしかして、ママと一緒にお風呂に入るの、恥ずかしい?」


 言われた瞬間、顔が火照ったのがわかった。

 我ながらあまりに単純すぎて、悔しくて口を結ぶ。

 だが、その仕草もマーナリアには愉快なようだった。


「あらあらあらあら、耳まで真っ赤にして、本当に可愛い子ね~。さ、一緒に入りましょう。ママが洗ってあげるわ~」


 もはや俺に抵抗できることは、何もなかった。

 泡まみれにされた後、お湯の出る奇妙なホース《シャワーと言うらしい》で泡とともに汚れを落とす。

 他人に体を触られるのはこそばゆいが、嫌な感覚ではなかった。


「はい、キレイになりました~」


 その後はマーナリアに連れられて、一緒にお湯につかった。

 体を温めている間に、マーナリアが俺のことをもっと知りたいと言うので、つい洗いざらい話してしまった。


 幼いころから冒険者に憧れていたこと。

 10歳のときに得られた”天啓”のスキルが、<装備変更>というどうしようもないハズレスキルだったこと。

 それでも夢を諦めきれず、冒険者ギルドに登録できるようになる年齢である12歳になったときに、村を飛び出したこと。

 それから3年間、荷物持ちとして安い給料でこき使われていたこと。


 マーナリアは”天啓”スキルのことを話したときに少し不思議そうな顔をしていたが、俺の言動を否定することなく、ひたすらに聞き手に回ってくれた。

 そして俺がひとしきり話し終えると、マーナリアは俺のことを抱きしめて言った。


「そう……これまで大変だったのね。でももう大丈夫。これからはママがあなたを世界のあらゆる残酷さから守ってあげるわ。死ぬまで……ううん、カイちゃんが望むなら、これからずっと……」


 この時の俺は、マーナリアの言葉の真意を知る由もなかった。

 けれども、その言葉が悪意のない、慈愛から来るものだというのは分かる。

 だからこそ、俺の頭は様々な思いが絡み合って混乱していた。


 魔族というのは、諸悪の根源のはずではなかったのか。

 あるいは、何か騙されているのかもしれない。

 だが、ここにいれば俺は一生安全に暮らせるのではないか。

 無能と蔑まれ、きつい仕事をしながら生きていくぐらいなら、騙されてでも平穏な暮らしをしていたほうがいいのではないか。

 それでも、俺は──


「いけない、つい長湯しちゃったわ~。のぼせる前に、あがりましょう!」


 マーナリアの言葉で、ふと我に返る。

 気がつけば、体は真っ赤になっていた。

 ふらふら歩く俺が転ばないように、マーナリアは手を握ってくれた。


 気がつけば俺は、その手をしっかりと握り返していた。

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