002話 魔族と災厄と天啓
俺──カイ・リンデンドルフは、いわゆる無能のそしりを受けている。
だがこれは仕方がないことなのかもしれない。
なにせ、俺の”天啓”は完全な外れスキルだったのだから。
人は皆、一生に一度、10歳前後のときに規格外のスキルを天より授かる。
だがどんなスキルを手に入れるか、自分では選ぶことができない。
凡人が生涯を費やしても習得できない、希少なスキルを習得する者もいる。
だがその反面、使い道のないスキルや、ありふれた簡単なスキルを手にしてしまう場合もある。
それが、”天啓”。
”天啓”とよばれるその現象で、どんなスキルを手に入れるか。
それで、その人物の一生が決まるのだ。
そして、俺が10歳のときに”天啓”で得たスキルは<装備変更>。
効果は、一瞬で武器を持ち替えたり、着替えたりすることができる。
ただ、それだけ。
ありふれていて、使い道のない、典型的なハズレスキルだ。
人はみな、”天啓”で得たスキルをうまく活用して、社会に貢献する。
だから、ろくでもない天啓スキルを授かってしまった者は、無能の扱いを受ける。
それでも俺は、冒険者の道を諦めることが出来なかった。
俺の故郷は辺境の開拓村で、魔物に襲われることが度々あった。
だから、命をかけて魔物と戦う冒険者を、幼い頃からよく見てきた。
その勇姿に憧れた。
そして、自分も”天啓”を授かったら、冒険者になって人々を守ろうと思った。
思っていたんだ。
けれども、手にしたのは、とんでもない外れスキル。
幼い頃は、冒険者になったら、魔物を使役しているという”魔族”を倒して、平和な世界を作るのだと息巻いていた。
だが現実は、”魔族”どころか、その辺の魔物さえも倒せない、惨めな男になってしまった。
分かっている。
村を飛び出したのは間違いだったって。
荷物持ちをするからパーティーに加えてくれと冒険者たちに頼み込んで、蔑まされながら日銭を稼いで。
それで夢に向かっている気になっていた自分は愚か者だって。
思い出すのは、母親の顔。
認めたくはなかったけど、冒険者にだけはなるなと俺を止めた、母さんが正しかったんだ。
──生きて戻れたら、故郷に帰ろう。そして、冒険者になるという夢は捨てて、つつましく生きよう。
そう考えながら、静かに物陰から出た。
異空間であるダンジョンの中は昼も夜もない。
だから、いま何時なのかは分からないが、身を潜めてからしばらく経っているはずだ。
もう、あの巨大な雄牛の魔物も、ねぐらに戻ったかもしれない。
警戒しながら周囲を見渡す。
そして、見てしまった。
予想はしていたが居てほしくなかったものと、予想外のものを。
「GRUUUUUUUUU……」
巨大な雄牛の魔物が、まだいたのだ。
その図体に似合わず、足音を殺して、ゆっくりと歩いている。
幸い、こちらには気づいていない。
何か別のものに、意識を集中しているようだった。
魔物の視線の先にある、俺の予想外だったもの。
それは──女性だった。
あまりの緊張に、どうしてダンジョンの奥深くに女性が一人でいるのかとか、女性の外見だとか、そんなことにまで気が回らなかった。
雄牛の魔物は、見知らぬ女性に向かって歩みを進めている。
だが女性はそれに気づいていない様子で、おっとりと草花を眺めていた。
瞬時に、2つのことが脳裏に浮かんだ。
──このままでは、あの女性が危ない。
──あの女性に
それは、自分が何者なのかを決める二択だった。
俺の葛藤など知らずに、雄牛の魔物は身をかがめ、そして走り出した。
勢いをつけて突進するつもりだろう。
巨大な雄牛がぶつかった木々は、バキバキと倒れていく。
あんなものに正面からぶつかったら、人間はひとたまりもない。
見知らぬ女性など見捨てて逃げるべきだ。
けれど、手に入らないと諦めながら、それでも憧れたものがある。
気がつけば、俺も走り出していた。
木々を倒しながら雄牛が突進しているにも関わらず、なおも平然と草花を愛でている女性に向かって。
「危ないっ!」
叫びながら、必死に手を伸ばした。
結局俺は、諦められなかった。
まっとうな冒険者になれず、それでも冒険者と関わろうとしてコキ使われながら荷物持ちをしていた、惨めな人生はもう終わりだ。
生き恥を晒すぐらいなら、俺はなりたいものになって死にたい。
俺のほうが雄牛よりもわずかばかり早く女性のところに着いたが、手を引いて逃げる余裕なんてなかった。
このまま、女性を突き飛ばすしかなさそうだ。
そう思った俺は、勢いを乗せたまま、女性に体当たりした。
そして──
ぽふん。
俺の体は、その女性の豊満な胸に受け止められた。
「あらあらあらあら~?」
女性が、困惑した声をあげる。
見知らぬ女性の胸にいきなり飛び込んでしまったとか、え? いま全体重を乗せて突き飛ばしたはずなのに、なんでこの人は微動だにしてないの? とか、様々な考えが頭によぎったが、それら全ては次の光景を目の当たりにしたときに、吹き飛んでしまった。
俺に一瞬遅れて、雄牛の魔物が女性に体当たりをする。
民家のように大きな体の獣が、ものすごい勢いで突っ込んできた。
けれどもその雄牛の突進は、女性の細い腕であっけなく食い止められ──その衝撃だけが、風となって吹き抜けた。
女性はそのまま伸ばした腕で雄牛を鷲掴みにすると、いとも簡単に放り投げた。
巨大な図体が空を舞った後に、勢いよく地面に落ちる。
どすんと、重低音があたりに響き渡った。
雄牛はヨロヨロと立ち上がり、脇目もふらずに逃げ出す。
その一部始終を、俺はあっけにとられながら見ていた。
胸に飛び込んで呆然としている俺に、女性はこともなげに言った。
「あなた、もしかして~。私を助けようとしてくれたの~?」
それは、今しがたの雄牛の突進なんて何ともないことだと言わんばかりの、落ち着いた、おっとりとした口調だった。
俺は目の前で起きたことを飲み込めずに、改めて女性の姿を見た。
この世のものとは思えないほどの、澄んだ白い肌と整った顔立ち。
真紅の瞳は優しく、けれどもどこか不気味に俺のことを見ている。
さらりと流れる紫色の長髪は、神秘的に輝いているかのようだった。
いや、それよりも。それよりも。
こんなものを見落とすほどに、俺は動転していたのか。
女性の頭からは、先程の雄牛とは形が違う、けれども立派な、2本の角が生えていた。
このような外見の生き物、俺には心当たりは一つしかない。
こんなダンジョンの奥に女性が一人でいる理由も、それならば納得がいく。
俺が助けようとした女性は、魔族だった。
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