第2話 幸創舎

 両親を幼い時に交通事故で亡くし、その無残な遺体と対面した南川努が、その時以来、ずっと切望していた夢に、友人2人が協力してくれた事により、起こしたのが社員がたった3人だけの『幸創舎』。


 努は、写真1つあればどんな顔も再現できる特殊メイクを学び、ロボット工学に進んだ渡井宏は、微細な動きさえも人間に似せたアンドロイドを造り、声優養成所に所属していた恩田孝は、七色の声を自らも持ちつつ、音声合成に長けている。


 血まみれで原型を留めていない遺体を遺族の為に、特殊メイクで遺影に似せたり、希望の写真の容姿にさせるのが、基本コース。


 オプションで、アンドロイドをその容姿に特殊メイクし、椅子に座った状態で体温に設定された手を握る事が出来、生前時を30分間再現させるコース。


 更に追加オプションで、その特殊メイクしたアンドロイドに、100種類の声色から選び、『ありがとう』『大丈夫』『嬉しい』『頑張ろう』『大好き』などの限られた言葉のみで、30分間会話が出来るコース。


 本人が亡くなった後で、本人の意思とは無関係のところでのやりとりで、無意味と言ったらそれまでだが、意外にも、何とか続けていけるほどに需要が有った。


 今までは細々と続けて来ていた『幸創舎』だったが、このコロナ禍というご時世、遺骨となってしまった姿でしか再会出来ず、涙を呑む遺族の慰めに少しでも役立てたらと、1度だけ新聞の折り込みチラシをした事がきっかけとなり、以来、予約が殺到する状況になった。


 それまで敬遠されがちだった、声を加えた高価なコースまで、申し込む遺族が増え、先行投資していた3人の軍資金と多額の借金全てを補填出来るほど、まだ遠い先と思われていた返済を、早々に達成する事が出来た。


 コロナの猛威は、この第8波で終了するとは思えず、まだこの先も『幸創舎』は安泰だろう。


 努が両親の死に際した時には、幼過ぎたのと、両親の姿が、努の覚えていた面影を残していなかったゆえ、しばらくその死を受け入れ難かった。例え、幼少期であれ、両親が生前そのままの姿で横たわっていてくれていたら、自分は、その両親の亡骸に対して、語りかける事が出来ていたに違いない。その時間を持てなかった後悔が、今の仕事を志すきっかけになった。


 自分のような辛い死に別れする人々が少しでも報われたらという願いで。


 それだけのつもりだったが、生前に素直になれなかった遺族達が、無反応な遺体に向かって一方的に話すのではなく、例えアンドロイドとはいえ、そっくりな相手を前に、手を取り、生前のように会話出来たならば、打ちひしがれていた心が少しでも軽くなるのではと、追加したオプションも功を成すようになってきた。


 『幸創舎』を訪れる時には暗い面持ちの遺族が、笑顔で会話を楽しみ、帰る時には心なしかすっきりした表情になっているのが努には喜ばしかった。

 

 努は、自分や遺族の自己満足なだけではなく、多分、亡くなられた本人の魂もまだその場にいて、その光景を嬉しく見届けてくれているものだと信じている。

 自分達の活動が、亡くなった本人にも遺族にも、受け入れられているものと自信を持っているからこそ、今までは、高価格に設定していた基本料金やオプション料金を、借金も無事返還出来て、3人分の軍資金も戻った今、もちろん、需要は多いうちに稼いでおくという手も有るが、もっと敷居を低くし、この辺の限られた地区ではなく、人員を養成し全国展開にして行くべきだろう。


 幼児期の失意が、こうして実を結ぶ日が来て、天国で両親も喜んでいる姿が目に浮かぶような気がし、一層この仕事へ情熱を持って打ち込める日々こそが、今の自分の生き甲斐であり、誇りだ。

 それも、友人の惜しみない協力有っての賜物だと、その出逢いに感謝せずにいられない。

 彼らが自分を支えてくれる限り、この仕事を広く展開させ、遺族の笑顔と出逢って行こう。


      【 完 】

 


 

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『幸創舎』 ゆりえる @yurieru

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