特別章~アフターストーリー~

特別話01 お隣さんと体育祭

 五月下旬――夏の気配を感じさせる太陽が青空のほぼ頂点で燦々と輝き、この凛清高校のグラウンドに光と熱を注いでいる。


 そんな空の下、普段勉学に勤しむ凛清校生は、規制の体操服に身を包み、頭上の太陽にも負けない熱気を放っていた。


『二年三組早い早いッ! 平均台の上を迷わず駆けて行くぅううう――ッ!?』


「「「うおぉおおおおおッ!!」」」


 熱を帯びたアナウンスに呼応するように、観戦している生徒達の声援も大きくなる。


 そんな注目の視線の先――平均台の狭い足場をものともせず、一切スピードを落とすことなく走り切ったのは一人の少女。


 艶やかな黒髪は後ろで一つに束ねられ、夏でもどこか涼しさを感じさせる白い肌には爽やかな汗を僅かに滲ませ、榛色の瞳が走るルートをしっかりと捉えている。


 少し前までならばこんな姿想像も出来なかっただろうその少女の名は――――


「紗夜! 頑張れぇえええ!」


 ――美澄紗夜。


 俺の声に気が付いたのか、紗夜が次の走者である俺に視線を向けて、一気に加速した。


 流石に男子より早いとまではいかないが、女子の中ではトップクラスの走力だろう。


 平均台をそのまま飛び降りるように走り抜け、俺の方へぐんぐん近付いてくる。


 俺は頃合いを見てスタートを切り、左手にバトンが来ると確信して前を向く。


 すると――――


「颯太君っ! 頑張って!」


「おう!」


 バシッ! と左手に受けたバトンをすぐに右手に握り直し、紗夜の応援を背に受けて加速する。


 そして――――


『二年障害物競走。一位:三組 二位:一組 三位――』


 種目を終え、ピッピッという笛の合図と共に駆け足で自クラスのテントへと戻っていく。


 テントに戻って俺がタオルで汗を拭いていると、鈴を転がしたような声が掛かった。


「颯太君っ! 流石ですっ!」


「いや、紗夜が一位に上がってくれたおかげだ」


「いえいえ。アンカーの颯太君が二位との差をもっと広げてましたから。やっぱり颯太君は流石です」


「そんなことないって。紗夜の平均台は凄かったぞ。スピードまったく落ちてなかった……いや、下手するとあそこでも加速してたんじゃないのか?」


 まったく。


 美人で勉強も出来て、目が見えるようになって運動解禁したらそれも出来て……紗夜には驚かされっぱなしだ。


 俺と紗夜が互いの健闘を称え合っていると――――


「まぁ、我が二年三組が一位なのは良いんだけどねぇ~? 流石にこの季節の中、お二人さんのお熱いイチャイチャを見せられると、熱中症患者が出そうだからその辺にねぇ~?」


「あ、鈴音さん!」


 ニヤニヤしながら近付いてきた鈴音に、俺は「イチャイチャなんてしてねぇよ!」と反論するが、どうやら傍からはそう見えていたようで、男子生徒からは殺気が、女子生徒からは興味津々な視線が向けられていた。


 俺は一度咳払いし、その場に座る。


 紗夜と鈴音も隣に腰を下ろす。


「うぅ~ん。でも、緑チームこのままだと二位止まりだねぇ。どうせなら一位取りたいけど、赤チーム強いねぇ~」


 鈴音がスコアボードを見ながら唸る。


 確かにこれまでの種目で俺達が所属する緑チームは優秀な戦績を残しているが、僅差ではあるが赤チームが常に一位なのだ。


 このまま同じ数だけポイントを伸ばしていては、緑チームに勝機はない。


 だが……。


「ん、大丈夫だろ」


 俺の言葉に鈴音がキョトンとし、紗夜が「どうしてですか?」と小首を傾げてくる。


 なので、俺は今始まろうとしている種目――チーム対抗リレーの方へ二人の視線を誘導させる。


 厳密には、その緑チームで、二年生にしてアンカーを務めるある生徒へと注目させる。


 茶色の髪を括った、線が細く小柄な少女――ではなく、実は男子の周だ。


 そう。学力を犠牲に運動神経へ能力を全振りさせたかのような存在だ。


 三年の陸上部? サッカー部? 野球部?


 関係ない。


 半周も差がついていない限り、まず周が負けることは考えられないだろう。


 そして予想通り、およそ五分後には周は最初にゴールを駆け抜けていた――――



◇◇◇



 体育祭終盤、我ら緑チームは赤チームと順位交代し、トップに躍り出ていた。


 流石に周一人の力で逆転したわけではないが、それでも二年生の部や周が出走したリレーなどでは、周はやはり緑チームに大きく貢献したと言えるだろう。


 さて、そんな周からのバトンを受け取った気持ちで、俺は今アンカーの目印であるゼッケンを着て紗夜と並んでスタートラインに立っていた。


 俺の右足と紗夜の左足はしっかりとバンドで固定されている。


 そう。二年次による、男女混合二人三脚だ。


「何だろう。走る前なのに客席から凄まじいプレッシャーを感じるんだが……」


 プレッシャーというか、主に男子生徒からの殺気なのだが、その気配が寒気を感じさせてくる。


 丁度暑かったから涼を得られて良かったねなどというものではなく、夜道背中に気を付けろよといった感じのものだ。


「ほらほら。そろそろバトンが来るので集中してくださいね」


「お、もうすぐだな。現在三位だな」


 二位との差はあまりない――これは俺と紗夜のスタートの切り方次第では抜き去ることも容易だろう。


 ただ、一位との差はそこそこ離れてしまっている。


 そして、丁度今一位を走っていた二年一組のバトンパスがあり、その三秒ほど後に、俺の隣で紗夜がバトンを受け取る。


「颯太君!」


「おっけー!」


「「せーのっ――」」


 体育祭練習のときから決めていた、バンドで固定された内側の脚から踏み出す。


 二、三歩で調子を完全に揃えたあとは、「いっち、にっ! いっち、にっ!」とテンポを口にしながら、徐々に加速させていく。


 二人三脚で走る距離はグラウンド半周。


 距離は縮まったものの、目前を走る一組の走者を抜かすタイミングはカーブを終えた瞬間からの一直線だ。


 そして、どうやら俺のその思考は紗夜も同様だったようで、カーブを抜ける直前に、ややコースの外側に出た。


 あとは一直線のコース。


 この一組が逃げ切るか、俺と紗夜三組が抜き去るかという展開に、放送部のアナウンスと客席からの声援も湧き上がる。


 しかし、俺は――いや、恐らく紗夜もだろう――この時点で勝利を確信していた。


 これまで俺と紗夜が何度隣を並んで歩いてきたか。


 互いにその歩幅、歩調は完全に把握している。


 そして、紗夜は目が見えなかった期間に、触れた相手との疑似的な感覚共有のような能力も強く養われており、俺がラストスパートを掛けるタイミングに合わせて、紗夜も脚の回転数を上げる。


 バンドで結ばれた内側の脚の動きは完全に一致。


 腕もきちんと振れている。


 ゴールテープを目前にして、一組走者と並び――――


 「「「うおぁあああああ――ッ!!」」」


 最後の最後で俺と紗夜が一組走者を頭一つ分追い抜き、先にテープを切った。


 大歓声の中、俺と紗夜は切れ切れの息で笑い合う。


「はっ、はっ……やったな、紗夜」


「や、やりましたねっ……!」


 俺が紗夜の頭をポンと軽く叩くように撫でると、紗夜は喜び伝えたいかのように腕を回して飛びついてきた。


「ちょぉッ!?」


 普段ならまだしも、こう片足が固定されていては急な重心変化に耐えきれず、俺は紗夜を抱えるような状態で地面に尻餅をついた。


 背中から倒れ込まなかっただけましか。


 だが、もちろん下着は着ているだろうが、体操服という薄布一枚のため、紗夜の華奢な身体の感触がありありと伝わってくるし、不快ではない――むしろなぜここまで良い匂いなのかは不思議でたまらないが、紗夜の汗の匂いも香ってくる。


 それに、俺もかなり汗をかいているから、臭いと思われたら嫌だし、何より運動後であり夏というこの季節なので、今のこの体勢はかなり熱い。


「さ、紗夜……みんな見てる……!」


「あっ、す、すみません!」


 ついいつもの感じで……、と紗夜は曖昧に笑って頬を掻くが、そんなちょっぴり抜けたところもやはり可愛い。


 結果、見事緑チームが優勝することになった今年度の体育祭は、大きな達成感と共に幕を閉じたのだった――――














【作者からのメッセージ】


 お久しぶりです皆さま! 水瓶シロンですっ!


 いやぁ、初アフターストーリーは体育祭ということでね、まぁ、颯太と紗夜のイチャイチャ成分はやや少なめではあったのかなぁ~と思いつつ、でも書きたいということで、こうして投稿させていただきました。


 次回は、間違いなく『夏祭り』ですね、はい。


 浴衣姿の紗夜を、皆様と一緒に見られたらなぁ~と思っております!


 そして別件にはなりますが、今後新作をいくつか投稿しようと思います。


 で、まぁちょっと本気でランキング狙って行こうかなということで、いくつか出した新作の中でウケが良かったものに力を注ぐといった感じにしようかなと。


 最近書いていないファンタジーにしようか、でも頭の中にはラブコメのアイディアが沢山……まぁ、何を投稿するかは追々近況ノートで報告します!


 ではっ!

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