最終話 お隣さんと迎える朝

 意識がスッと浮かび上がってきて、徐々に身体の感覚が戻る。


 寝起き特有の胡乱とした意識の中で、ちょんちょんと頬を優しく突かれているのに気が付いた。


 重たい目蓋を持ち上げると、カーテンの開けられた窓から差し込む朝の光の眩しさに、一瞬視界が白くなったが、すぐに目が慣れて、紗夜の姿が映る。


 顔だけ横見向けてうつ伏せで寝ていた俺。


 紗夜はそんな俺の隣に添い寝しながら、細い指先を突き出してきながらクスクスと笑っている。


「おはようございます。颯太君」


「んぁ……おはよー……」


 非常に心地良い目覚めだ。


 寝て起きたら隣に紗夜がいるとは、何という幸せか。


 今日は良いことがありそうだ。


「まだ眠いのはわかりますが、早く起きた方が良いですよ? 今日から学校です」


「もうちょっと……」


「もぅ、ダメですよ。それに昨日お風呂に入っていないんですから、早く入浴を済ませて支度をしないと。それとも颯太君は――」


 紗夜が悪戯っぽい笑みを浮かべて、俺の瞳を覗き込んできた。


「昨日の夜の痕跡を残したまま、登校するつもりですか?」


「……そ、それはマズイ……」


 俺はしぶしぶ上体を起こし、床に半ば投げ捨てるように置いていたTシャツとズボンを拾って履く。


 紗夜は後ろで、掛け布団を身体に引き寄せて、あられもない姿を申し訳ない程度に隠している。


「えっと、じゃあ取り敢えずお風呂入って制服に着替えてくるわ」


「はい。私もその間に入浴して、朝ご飯作っておきますね」


 無理して急がなくて良いからな、と俺は言い残して、紗夜の家を後にする。


 ……まだ昨日の夜の光景と、紗夜の身体の感触が頭から離れない。


「冷たいシャワーでも浴びて、頭冷やそうか……」


 俺は自分の家に戻ってから、早速浴室に駆け込んだ――――



◇◇◇



 数十分後――――


 俺は入浴を済ませ、制服に着替えてから、再び紗夜の家に戻ってくる。


 紗夜も丁度制服に着替えたのだろう――ガチャリと部屋の扉からリビングに出てきた。


「おぉ。久し振りに紗夜の制服姿見たってのもあるんだろうが、髪も切っておまけにタイツはいてないから、なお一層新鮮だな」


「流石にタイツはそろそろ暑いかなと思って脱ぎました」


「……紗夜に邪まな視線を向けてくる男子が増えるのが、容易に想像出来る……」


 いつも膝上で揺れるスカートに下からは、タイツに覆われた脚がスラリと伸びていた。


 それももちろん美しいのだが、こう生脚を晒しているのを見ると、なぜだか直視してはいけないような気がしてくる。


「そういう颯太君だって」


「俺?」


「髪を切ってサッパリしたどころか、顔が見やすくなって大きく印象が変わったので、ちょっかい出してくる女の子がいないか心配です」


「安心しろ。俺は紗夜一筋だ」


「それがわかってても、颯太君が他の女の子に囲まれでもしたらモヤッとします」


「まぁ、そんな状況はありえないが……」


 俺に女子が群がってくるだなんて、天地がひっくり返りでもしない限りありえないだろう。


 そんなことを話しながら、紗夜は手際よく朝食の用意をする。


 トーストを焼いている間にスクランブルエッグを作り、レタスを手で千切っている。


 俺も牛乳くらい用意しようと、冷蔵庫から取り出し、グラスに注ぎ、ダイニングテーブルに置く。


 自分で言うのも何だが、最早新婚生活のようにも思えてしまう。


 まだ高校生だというのに、この慣れた朝の支度は一体何なのだろうか。


 出来上がった朝食を向かい合って食べ、時間を確認すると八時前。


 今までなら俺と紗夜の関係を隠さなければならず、一緒に登校しているところを見られないために早く家を出ていたが、既に俺と紗夜の関係が知れてる今、急いで出る必要はない。


 八時過ぎくらいに家を出れば問題ないだろう。


 俺が食器を片付けていると、紗夜がジッと俺の方を見詰めてきて、小さく笑いを溢した。


「そういえば颯太君、折角良い感じに髪を切っても、ドライヤーで適当に乾かしてぼさぼさのままでは意味ないですよ」


「そ、そんなにぼさぼさか?」


 今まではそこそこに髪が長く、その自重で良い感じに髪が抑えられていたが、短くなった今はそうもいかないらしい。


 紗夜が「こっちに来てください」と手招きしてきたので、俺は最後の食器を手早く洗い、手を拭いてから、ソファーに座っている紗夜の隣に腰を下ろす。


「私が梳かしてあげます」


「じ、自分でも出来るぞ?」


「遠慮しないでください」


「そ、そうか……?」


 紗夜はいつの間にか洗面所から持ってきていたのだろう――ヘアブラシを手に取ると、俺の髪の毛を梳かし始める。


「颯太君の髪の毛はサラサラで良いですね」


「紗夜のはもっとサラサラだけどな」


 スッ、スッ……、とヘアブラシを動かしてから、紗夜は俺の毛先を自分の手で少し整えた。


「はい、出来ましたっ」


「サンキューな」


 これからは朝きちんと髪を梳かすようにしようと心に決めながら、紗夜に感謝を伝える。


 紗夜は「お安い御用です」と微笑みながらヘアブラシを洗面所に戻してくると、学校指定のカバンを手に持った。


「そろそろ良い時間ですよ、颯太君」


「だな。行くか」


 俺は紗夜と共に玄関を出る。


 春の陽気だ。


 紗夜がガチャリと鍵を閉め、それをカバンの中へ仕舞う。


「じゃ、行こう」


「あ、待ってください颯太君」


「ん?」


 踏み出した足を止めて振り返ると、紗夜が淡く微笑んで左手をそっと伸ばしてきていた。


「腕、貸してください」


「え、いや、もう目は見えて……」


 そう言うと、紗夜は不満げに頬を膨らませ、半目になりながら俺の隣に立つ。


「もぅ、補助のためではなく……。ただ、単純に颯太君と腕を組みたいだけですよ」


「なるほど。男子生徒達の殺意を一身に受ける覚悟を決めないとな」


「ふふっ、そうしてください」


 紗夜はそう笑って、俺の右腕に手を軽く掛けてきた。


「今度こそ行くか」


「はい」


 そう言って、二人で一緒に歩き出す。


 俺はチラリと横目で紗夜を盗み見る。


 本当に幸せそうな笑顔。


 そんな紗夜が隣にいてくれると、俺も心の底から幸せを感じる。


 初めはただのお隣さんで、やがて友達になった。


 君に恋することは絶対にないだなんて思っていたけど、やっぱり君は、俺だけの“特別な隣人”だったんだ。


 そう。


 初めて出逢ったあの日から、君に恋をするのは時間の問題だったのかもしれない――――




────Fin.













【作者からメッセージ】


 まずは一言。


「読んでくださりありがとうございましたぁあああッ!!」


 ……コホン。


 取り敢えずは完結という形になりますが、この先颯太と紗夜にどんなイベントが待ち受けているのかを描いたアフターストーリーを作って公開するかどうかは、まだ未定でございます。


 読者様方の方から、まだ続けて欲しいという声をいくつか頂いていますが、望む形でご期待に沿えないことをどうか許してください!


(アフターストーリーという形で、期待に応えられるよう精進します!)


 そして、今後も新作も投稿する予定です。


 もし、まだボクの作品達とお付き合いいただけるようでしたら、是非『作者のフォロー』をよろしくお願いします。


(近況ノートで連載情報などを発信していきます)


 では、取り敢えずこの作品ではひとまず皆さまとはお別れです。


 また別の作品でお会いできることを心から祈っております!


(コメントもお待ちしております~!!)


 ではっ!!

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