第78話 お隣さんと俺の過去①

「颯太君。そちらの方々はお知合いですか?」


 お手洗いから戻ってきた紗夜が、俺が話している――半ば一方的にではあるが――人達に視線を滑らせてから尋ねてくる。


「ま、まぁ、そうだな」


 俺の煮え切らない返答が気になったのか、俺の隣まで来た紗夜は、小首を傾げて「大丈夫ですか?」と潜め声で心配してくる。


 しかし、俺がそれに返事をする前に、赤茶色の髪の男子が俺の肩に腕を回して来た。


「おいおい~、知り合いって酷いじゃん津城ぉ~! 俺達友達だろ~?」


「あっ、颯太君のお友達でしたか」


 そんな赤茶髪男子の言葉に、紗夜が若干驚いたように瞳を開き、髪の毛先を緑に染めた女子がさんな紗夜へ興味津々に寄っていく。


「そそ! 私らオナ中なの~!」


「オナ中……ああ、同じ中学の同級生ということですか。なるほど」


「それにしても可愛い~! え、名前は~?」


「あ、美澄紗夜ですが……」


「へぇ~! 紗夜ちゃん! え、何で津城といんの~?」


「そ、それは……」


 紗夜がこのザ陽キャの雰囲気と絡み方に若干気圧されている。


 俺もいい加減この肩に掛けられた仲良しアピールの腕をどけてもらいたいものだ。


 紗夜と仲が良さそうな俺の友達ポジションから、紗夜との距離を詰めたいという邪まな考えが透けて見える。


「ほらほら、華ぁ~? アンタ一番気になるとこなんじゃないの~?」


 緑髪の女子が、話題から距離を取ろうとしていた河合に話を振る。


 河合は不意を突かれたように「えっ」と声を漏らした。


「何とぼけてんのよ~。元カレが別の女の子――それもこんな美少女と一緒にいるんだよ~? 気になんないわけ~」


「あっはは! ちょっと華が可哀想なんだけどやめてあげて~」


 緑髪の言葉に金髪の女子が笑いながら反応する。


「えぇ~、でもホントじゃん? ま、関係は期間限定一週間だけだったけどねぇ~」


「ちょ、あははっ! ウケすぎて腹痛いんですけど~!」


 爆笑する緑髪と金髪女子。


 それに便乗、呼応するように、男子三人もうっすらと目尻に涙を浮かべて笑い出す。


 ただ一人、河合だけが気まずい表情を浮かべているのが気になるが。


 しかし、ここまで話してしまっては、紗夜もコイツらが俺の恋愛不信の原因となった罰ゲーム告白を仕掛けてきた奴らだと気が付いたのだろう。


 いや、元々俺が良い顔をしていなかったことと、同じ中学という情報から、何となく察していたのかもしれないが。


 ただ、ここまで確信的な自白が得られたのだ。


 紗夜の様子はと言うと――――


「それにしても、颯太君のお友達ですか。なるほど……」


 笑顔。


 どこまでも笑顔だが、その微笑みの裏で苛立ちが沸き起こっているということは、この場では紗夜をよく見てきた俺しかわからないだろう。


「そそっ! 友達~。いや、もうマブダチ? あはは、ウケる~」


 そんな緑髪の女子の発言に、もう紗夜は耐えられなかったのだろう。


 淡い微笑みを浮かべたまま、殺気を帯びてはいるがどこまでも穏やかな口調で言い放った。


「ですね、本当にウケます。颯太君にこんな顔をさせる貴方達がお友達だなんて……あはっ、嘘も大概にしてください。不愉快すぎて笑えてきてしまうじゃないですか」


「……え」


 先程までと、紗夜の雰囲気が一変したことにはこの場の全員が気が付いた。


 その微笑みの裏にある有無を言わさぬ凄みと、周囲の気温を一気に氷点下にまで叩き落したその殺気。


 絶句する面々。


 紗夜が俺に手を掛けていた赤茶髪の男子に視線を送ると、「あっ」と声を漏らして俺の肩から腕を退かす。


「話の感じから、貴女が颯太君と罰ゲームで付き合った方……ということで間違いないですか?」


 紗夜に視線を向けられ、河合は怯えるようにギュッと拳を握って小さく「うん」と頷く。


「……その罪悪感を感じているかのような表情やめてもらって良いですか? 貴女の態度から察するに、この場の皆さんにそそのかされて仕方なくやったようですが、加害者は加害者です」


「……っ!?」


「ちょっと、あんさ~」


 金髪女子が、小さく舌打ちして睨みを利かせながら紗夜に向かって口を開くが、紗夜はそんな視線に臆することなく平然と「何か?」と聞き返していた。


「さっきから知ったようなことばっか言ってんじゃねぇよ。第一、私らが中学んときに津城で遊んだからって、何かアンタに関係あんの?」


 紗夜にゆっくりと真正面から詰め寄っていく金髪女子に、場の緊張感を感じて「ヤバくね?」などと呟きだす男子。


 緑髪の女子に限っては、楽しそうなノリを変えず「やだ怖い~」と笑っているが。


「愚問ですね。関係があるからこうして話しているんですよ? ご理解いただけませんでしたか?」


「はぁ? どんな関係だよ」


 金髪女子の方が紗夜より一回り背が高い。


 至近距離で見下すように睨む金髪女子と、そんな圧に一歩も後退ることなく下から余裕たっぷりの表情で見上げる紗夜。


「私、颯太君の恋人ですから」


「は? こんなときに冗談? 私のこと舐めてんの?」


「冗談? この場で冗談を口にして何かメリットが?」


「知らねぇよそんなの。ってか、津城と、どう見ても学校のマドンナみたいなアンタが付き合ってるわけねぇじゃん。吐くならもっとマシな嘘吐けよ~」


「……津城、……?」


 あ、ヤバい。


 この流れは、春休みに入る直前で紗夜に告白してきた男子とのやり取りと同じ流れだ。


 紗夜は滅多なことでは怒ったりしない。


 しかし、それが自分の大切な人こととなると、紗夜に容赦はない。


 まだ建前上穏やかさを保っていた紗夜の表情が一気に冷めた。


 榛色の瞳がスッと細められる。


「随分と濁った瞳をお持ちのようですね? 私――それも、わけあってほとんど目の見えなかった当時の私などとは比較にならないほど、貴女の目はモノが見えていないようです」


「はぁ~? 何言ってんの!?」


「要約しますと、貴女の目は節穴、と言ったんですよ」


 睨み合う両者。


 恐らくこの場にいる全員が止めた方が良いと思っているが、この振り撒かれる威圧の中で口を挟めるものなどいなかった――――

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