第77話 お隣さんと初デート②
「すみません、少しお手洗いに行ってきますね」
「ああ。待ってる」
今、紗夜と小腹が空いてきたから手近なところにある飲食店で何か食べようという話になっていたのだが、その前に紗夜は河川敷に花見客用に設置された公衆トイレへと向かって行く。
少し前までならば、目の見えない紗夜を一人でトイレに向かわせるということはしない――流石に近くまで送っていくくらいしたが、ぼやけるもののものを見ることが出来るようになった今の紗夜ならそこまでしなくても大丈夫だろう。
もちろん何かあっては困るからついていきたい気持ちはあるが、女性がお手洗いへ発つところへ同伴するのは、何だかデリカシーがない行動な気がする。
そう時間は掛からないだろうから、何となく桜を見上げていると――――
「あ、あれ……津城……?」
「ん」
呼ばれた気がしたので、俺はそちらへ視線を向ける。
俺は、頭の中が真っ白になり、言葉を失った。
スラリと長い手足に、整った顔。明るく染められた髪やカラコン、くどくならない程度に施された化粧。
全身から陽のオーラを全開に放つその少女は、忘れることの出来なかった俺の記憶の中にいつまでもいる少女が若干成長した姿であることは本能的に理解した。
「……
「や、やっぱり津城だよね? え、久し振り」
「あ、ああ……久し振り」
ダメだ。ダメだダメだ。
さっきまでの幸せな気分はどこへやら、負の感情が俺の胸の内で渦巻く。
同時に、目蓋の裏に鮮明に映る、当時の――中学二年の頃の光景。
俺にグループの罰ゲームで告白してきて、俺が恋愛不信に陥る原因を作った少女――それが、お間俺の目の前にこうして立っている、河合華だ。
そんなところへ、河合の連れであろう人達が遅れてやって来る。
俺の嫌な予感は見事に的中し、どうやら河合は、今も中学の頃と同じグループと仲良くしているらしい。
合流した二人の女子と、二人の男子――名前までは思い出せないが、どちらも見覚えのある人物だ。
「どしたの華~?」
金髪に染まった長髪をなびかせる女子の呼び掛けを受けて、河合が皆の視線を俺に誘導する。
だが、河合が若干戸惑っているように見えるのは気のせいだろうか。
「あ、うん。ほら、中学の同級生の津城と今会って……」
「津城?」
金髪女子が隣に立っていた赤茶色の髪をした男子に尋ねるが、皆ピンと来ていない様子。
しかし、毛先だけ緑色に染めていた女子が、「あっ」と何かを思い出したように声を漏らす。
「思い出した! ぶっはは! アレっしょアレ! 中二の頃、華が罰ゲームの告白して一週間付き合った奴!」
そう言うと、皆「あぁ!」「そういえば!」「アイツか~!」と口々に呟き、どうやら全員思い出したようだ。
「あ、あはは……そ、そんなこともあったね」
河合がどこかぎこちない笑顔を作る。
しかし、『そんなこともあった』か……凄いな。
俺はあのときから正直今でも引きずっているというのに、軽い気持ちで悪戯を仕掛けてきたコイツらは、『そんなこともあった』と遠い昔のことのようにできるのだから。
「つ、津城……えっと、あのときは何て言うか、ご、ごめんね~?」
河合が無理に笑みを作り上げて、心が籠っているのかいないのか判断しづらいような謝罪をしてくるが、その隣に立った赤茶色髪の男子が悪気なさそうに笑う。
「ちょいちょい、何で華が謝んだよ~。一週間で演技だったとはいえ、津城は華と付き合えたんだぜ? むしろ感謝されるべきだろ~」
なっ? と俺の肩をポンと叩いて同意を求めてくる赤茶色髪男子だが、俺の首が縦に動くわけがない。
物凄く不愉快だ。
思い出したくもない記憶を鮮明に掘り起こされて、よりによって一番触れられたくない話題で盛り上がるこの陽キャグループ。
しかし、俺が一番不愉快なのは、ぎこちない笑みを浮かべて気まずさを隠そうにも隠しきれてない河合だ。
同情のつもりなのか、罪悪感でもあるのか。
いっそのことコイツらみたいに悪気なく笑われた方がマシだ。
「ってか、懐かしいね~。どう? また華、津城と一週間ぐらい付き合ってみたら~?」
「えっ……」
緑髪の女子にそう促され、あからさまに戸惑いの色を浮かべる河合。
しかし、やはりぎこちない笑みで紛らわせる。
「え、えぇ~! 嫌だよぉ~! あはは……」
「だよねぇ~!」
もう勘弁してくれ。
盛り上がるのは勝手だが、それなら俺は要らないだろう。
さっさとこの場から離れたいが、ここで「じゃ」とでも言って切り上げようとしても、間違いなくコイツらは引き留めてくる。
「そ、それより津城高校どこ行ってんの?」
何故か無理にでも話題を変えたがっているように見える河合が、俺にそんな話を振ってくる。
「凛清だけど」
「え、凛清高校って、あの頭良い? こっから遠くない?」
「いや、凛清の近くで一人暮らししてるし」
「すごっ。高校生で一人暮らしだって~」
河合が皆にも話題を広める。
すると、「凛清? どこそれ?」や「津城頭良かったんだ~」とか口々に話し出す。
俺のためなのか自分のためなのか、話題を変えた河合がどこかホッとしたように見えるが、そんなことどうでもよくて、俺は今すぐこの場から立ち去りたい。
しかし、現実そう上手くはいかず、離れるタイミングがなかなか来ない。
「おい、津城大丈夫かよ~。お前みたいに美人に釣られる奴が一人暮らしとか、
「アハハ! それ、ウケるんだけど~!」
赤茶色髪の男子の言葉に、金髪女子が太腿を叩いて笑う。
別にこちらとしては何もウケないが、どうやらコイツらは俺のトラウマの原因の話から離れたくないらしい。
随分と気に入られたもんだ。
そんなとき、ひょいっと視線を俺の後ろにやった緑色の髪の女子が、目を丸くして金髪女子に話し掛ける。
「見て見て! あの子めっちゃ美人じゃない!?」
「うっわ、ホントだヤバい!」
「ね、マジヤバい!」
そんな二人の話題に、男子三人も「どこどこ?」と俺の後ろの方へ注目する。
「うわぁ……あれはヤバいわ!」
「めっちゃ可愛いじゃん!」
「何つうか、ああいうの清楚可憐って言うの? ヤバ」
「お前難しい四字熟語使って偏差値高いアピールすんじゃねぇよ~」
いや、清楚可憐って言葉遣ったら偏差値高いのかよ――と突っ込みたいところだが、そろそろ良い時間だ。
コイツらの話す清楚可憐なめっちゃ美人で可愛い子が誰なのか、何となくわかってしまった。
だが、まさかこんな最悪のタイミングで戻ってくるとは……申し訳ない限りだ。
「あれ!? 何かあの子こっち来てない!?」
「え、マジじゃん!」
そりゃそうだろうよ。俺がここにいるんだから。
紗夜に恥ずかしいところを見せてしまうことになるな。
俺が大きくため息を吐いたところで、後ろから寄ってきた足音が俺の少し後ろで止まった。
そして――――
「颯太君。そちらの方々はお知合いですか?」
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