第75話 お隣さんと帰省②
「あ、そうだ颯太。紗夜ちゃんの荷物どこに置こうか?」
そういえば俺と紗夜の荷物を持っているんだった父さんが、左手に盛った紗夜のカバンをグッと持ち上げながら尋ねてくる。
「あー、そうだな。紗夜、取り敢えず俺の部屋で――」
「――良いわけないでしょ! パパ、取り敢えず紗夜さんの荷物は私の部屋に置いといて」
それで良いわよね? と奏が紗夜に確認すると、紗夜は「はい。ありがとうございます」と答えていた。
奏がクルッとこちらに振り向いてきて、人差し指を俺の喉元を突くかのように差し出して来た。
「あのね、カバンの中には紗夜さんの服とか色々入ってんでしょうが! まさか、紗夜さんを自分の部屋で着替えさせたりするつもりだったワケッ!?」
「か、奏さん。別に私は気にしていないというか、別にそうなったらそうなったで良かったので、あまり颯太君を怒ってあげないでください」
「そうなったらそうなったで何も良くないからねっ!? あ、アンタらの羞恥感覚一体どうなってんのよ……」
奏が深くため息を吐いて頭を押さえる。
こうやって話しているうちに、父さんは紗夜の荷物を二階の奏の部屋に、ついでに俺の荷物も奏の部屋の隣の俺の部屋に運び込んでくれたらしい。
「ほらほら、いつまで廊下で話してるの~? 早くこっちに入ってきなさ~い」
そんな母さんの声が飛んできたので、俺達はリビングに入って、一つのテーブルを囲うようなコの字型のソファーにそれぞれ腰掛ける。
すでに温かいお茶がテーブルに出されており、俺と紗夜、母さんと父さんが机を挟んだ対面に並んで座り、奏はその間に腰掛ける。
「で、で? 早速二人の話を聞かせてちょうだ~い?」
母さんが一口お茶を啜ってから、テンション高めで身体をやや前のめりにしてそう話を振ってくる。
「俺達の話って言われても、具体的に何のだよ」
「そうねぇ~。じゃ、まず手始めに、二人はもうどこまで済ませたのかなぁ?」
「んぐふっ――!?」
俺は今まさにお茶を飲もうとしていたが、その手を止めて、湯飲みを机に叩き付けるように置く。
「い、一発目からどんな質問してんだよッ!?」
そう言いながら右隣に座る紗夜の様子を横目で盗み見てみれば、カァッと顔を赤く染め上げてやや俯き加減になっていた。
奏も母さんの質問には反応が困ったようで、苦笑いを浮かべている。
「え~、良いじゃない別に~。で、どこまで済ませたの? 恋のA? それともB? まさかっ……もうCまでいっちゃった……?」
「何だそりゃ?」
「えぇっ!? 颯ちゃん恋のABC知らないのッ!? 保健の授業で習わないのかしらぁ~」
そんな一人あわあわする母さんに、意味が分かっているのか、奏が顔を恥ずかしさ半分呆れ半分といった風に顔を赤らめて、「そんなの保健で習うわけないでしょ……」とツッコミを入れている。
恋のABCという単語は聞いたことがあるが、それらのアルファベットが具体的に何を表しているのかはわからない。
ただ、ABCというのは日本で言うところのいろはであるはずだから、恋のいろはということは、何か恋愛を上手くやっていくための手引きのようなものなのだろうか。
「母さん、どうやらジェネレーションギャップと言うやつらしいね」
「まぁ! 今では使われないのッ!?」
父さんと母さんが俺達の世代との文化の違いを痛感しているところに、奏が「いや、使わないけど意味くらいは知ってるし」と呟いていた。
「(紗夜、お前は意味知ってるか?)」
「……ッ!?」
何か俺だけ無知みたいで嫌なので、潜めた声で紗夜に耳打ちするが、紗夜はビクッと身体を震わせた。
「(し、知らないこともない……ですかね……)」
「(マジか、知らないの俺だけか。で、意味は?)」
「……」
やけに身体を強張らせて、みるみる顔を紅潮させているのが見てわかるが、俺としては意味がわからないため何をそんなに言い淀んでいるのかがわからない。
少し紗夜の返答を待っていると、紗夜が一瞬どうしようかと言ったような迷いのある視線を向けてきたが、小さく手招きしてくるので、俺は耳を貸せと言う意味であることを理解して、顔を近付ける。
「(た、確か、恋のABCのAがき、キスで、Bが……ぺっ……)」
ぺ?
「(ペッティング……。Cが、その……ゴールと言いますか、最後と言いますか……つまり、エッチです……)」
「(……な、なるほど)」
改めて母さんが一発目からとんでもないことを聞いてきたなと思うと共に、そのBの意味がよくわからない。
「(なぁ、Bのペッティングってのは何?)」
「(ま、まだ聞くんですかぁ……?)」
恥ずかしさで死んでしまいそうです、と紗夜は不満げに口を尖らせながらも、改めて俺の耳に自身の口元を近付けてくる。
「(あ、愛撫のことですよ……)」
「(愛撫? つまり撫でるってことか? いつもやってるな。ってか、Aの次の段階に置かれてる意味がわからんな)」
俺の記憶が正しければ、紗夜の頭を撫でた方が早く、キスはまだ二回しかしていないがその後だったはずだ。
「(ということは、俺と紗夜はBまでいったと)」
「(い、いってませんっ!)」
紗夜が今にも火を吹き出しそうな勢いで顔を赤くする。
紗夜にしては珍しく、俺の横腹を抓ってくるので、意外と痛い。
「(い、いや……撫でるくらいなら何度もしてるし……)」
「(そ、そういう撫でるじゃないんですよっ! Aであるキスの次の段階にあるんですから、そんな子供みたいな撫で方じゃないですっ)」
撫で方に何か種類があるのかとも思ったが、そうでないことは紗夜が教えてくれた。
「(その、もっと激しめと言いますか……Cにいかない程度の、戯れというかじゃれ合いというか……要は、まぁ、性的愛撫です……)」
「――ッ!?」
な、なるほど……紗夜がここまで恥ずかしがっている意味がやっと理解出来た。
俺はなんてことを紗夜の口から言わせてしまったんだろうか。
「(す、すまん……)」
「(本当です。羞恥死しそうですよ、まったく……)」
紗夜が隣でパタパタと手で熱くなった顔を扇いでいる。
俺は自分の無知を恥じると共に、こんなことになった原因である母さんに心の中で文句を言っておいた――――
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