第74話 お隣さんと帰省①

 ガタッゴトッ、ガタッゴトッ……、と一定間隔でレールの継ぎ目の上を通過する音を聞きながら、俺と紗夜は今、電車に揺られて俺の家族が待つ家に向かっている途中だ。


 俺の隣――窓際の席に座る紗夜は、みるみる後方へ流れていく景色を目で追っていた。


 まだ風景を鮮明に視認出来るほど視力は回復していないが、それでも紗夜がこうして景色を眺める姿を見る機会が前より増えた気がする。


「あっ――トンネルに入ってしまいました」


 窓の外の景色はパッと黒塗りになり、紗夜の驚き顔が窓ガラスに映る。


 間の抜けたようにポカンとした表情だったため、俺は思わず笑いそうになるが、声に出さないように我慢する。


 しかし、どうやら紗夜には俺が笑いを押し殺しているのがバレていたようで、不満気に頬を膨らませ、抗議のつもりなのか頭をグリグリと押し付けてきた。


「な、何笑ってるんですかぁ」


「ははっ、悪い。そうだよな、景色見てるときにいきなりトンネル入ったらビビるよな、ククク……!」


「んもぅ! ビビってませんしちょっとドキッとしただけですもんっ」


「はいはい、わかってるって」


「それ全然わかってなさそうな口調ですっ」


 プイッと顔を逸らしてしまう紗夜。


 流石にからかいすぎたかなと思ったので、俺は「ごめんごめん」と言ってそっぽを向いた紗夜の頭を優しく撫でる。


「むぅ、颯太君は取り敢えず私の頭を撫でておけば良いと思ってませんか?」


「い、いやぁ、そんなことはないぞ?」


「……声が裏返ってますよ」


「あ、あはは……」


 颯太君はわかりやすすぎます、とまだ若干拗ねたような声を出す紗夜。


「悪かったよ。機嫌直してくれよ……」


「え~。どうしましょうか~」


 紗夜の声色が、どこか楽しそうになってきている。


 これは、確実に俺をからかってきている――さっきの仕返しというやつだろう。


「そうですね、もう少しこうして撫でていてくれたら、私の機嫌も良くなるかもしれませんよ?」


「なら、俺は引き続きご機嫌取りでもしておきましょうかね」


「ふふっ、その意気です」


 トンネルを抜け、景色が戻る。


 紗夜は過行く景色を眺め、俺はそんな紗夜の頭を紗夜が満足するまで撫で続けていた――――



◇◇◇



 駅のホームを降り改札を出て、駅前の広場に来たところで、俺は紗夜を連れたままクルリと周囲を見渡してみる。


 奏から来たメッセージによると、すでにこの辺りで父さんと一緒に待ってくれているはずなのだが……


「あ、あそこか。紗夜、こっちだ」


「はい」


 紗夜がカバンを持っていない方の手を取り、俺は人込みの中に見付けた目立つ金髪の方へ歩いていく。


 そして――――


「いやぁ、奏がいて助かったわ。お前の金髪が良い目印になって」


「私を目印代わりに使うなッ!」


 フンッ、と腕を組んでそっぽを向く奏。


 そんな奏の隣には、長身痩躯の黒髪の男性――俺の父親が立っていた。


「紗夜、この人が俺の父さん」


 俺がそう紹介すると、紗夜は手に持っていた大きなカバンを一度地面に置き、一歩前に出てから洗練された作法で礼をしてみせる。


「お初にお目に掛かりますお義父様。美澄紗夜と申します」


「「お、お義父様……」」


 俺と奏が、紗夜がすでに父さんのことを義父呼びしていることに戸惑う中、流石というべきか父さんは気にする素振りを見せず――というか、気が付いていないだけかもしれない――明るい笑顔を浮かべた。


「やあやあ、よく来たね紗夜ちゃん。君のことは奏から聞いているよ。私が颯太と奏の父、達也たつやだ」


 はっはっは、と愉快に笑いながら、父さんは紗夜の荷物どころか俺の荷物まで掻っ攫っていく。


「い、いや自分で持てるんだが……」


「何を言っている颯太~。お前が持つべきは荷物ではなく、紗夜ちゃんの手だろう?」


「ば、馬鹿かッ!? って、何かカッコいいのが無性に腹立つ……」


「ほら、早く行こう! 早く帰らないと母さんが待ってるぞ」


「あ、ああ……」


 両手に俺と紗夜の荷物を抱えて、せっせと先に歩き出していく我が父親。


 初対面の紗夜はもちろん、アレの子供である俺と奏も、その背中を戸惑い半分呆れ半分といった風に見ていた。



◇◇◇



 駅の近くの駐車場に停めてった車に乗って移動すること三十分弱。


 午後四時前くらいに家に着いた。


 特に珍しくもない、二階建ての一軒家――ちょっぴり懐かしく感じるのは、一年近く帰ってきていなかったからだろう。


「かあさぁ~ん! 颯太と紗夜ちゃんが帰ってきたぞぉ~!!」


「なんか、紗夜まで帰ってきたことになってるぞ……」


「あはは……」


 玄関の扉を開けるなり、そう母さんに呼びかける父さん。


 俺と紗夜は苦笑いを浮かべながら、そのあとに続いて家に入る。


 すると、ドタドタと大きな足音を立てて走ってきたのは、落ち着いた茶色に髪を染めている女性――母さんだ。


 家の中で走ってはいけませんって言ってるでしょう、と親が言いそうなことを子供である俺が思っているのはおかしな話だ。


「きゃー! 颯ちゃんおかえり~! それで隣に立ってるのはまさか――ッ!?」


「ああ、お帰り。えっと、母さんの想像通り紗夜だよ」


「あらあらあらあらぁ~! 聞いていた以上に可愛いのねぇ~! きゃー!」


「ちょ、母さん……」


 母さんは特に許可を取るでもなく、紗夜を正面から抱き締める。


 当の紗夜は、最早驚きすぎて身体が完全に強張ってしまっていて、加えて目まで回している。


「いらっしゃい、紗夜ちゃん。私が春香はるか――颯ちゃんとカナちゃんのママで~すっ!」


「お、お初にお目に掛かります……み、美澄紗夜です……」


 抱き締められたままではお辞儀も出来ずに、紗夜はそのままの体勢で何とか挨拶を済ませる。


 そして、やっと紗夜を解放した母さんは「ささ、上がって上がって~」と言って俺と紗夜を家の中へと誘う。


 これは……騒がしい帰省になったもんだな……。

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