第三章~春休み(完結)編~
第72話 お隣さんと春休み①
ホワイトデーが終わってからは早かった。
三月下旬となった今日、我が凛清高校では修了式が行われ、今学年の終わりとクラスメイトとの別れを惜しむ声が上がると共に、春休みの訪れと新学期で学友との再会を約束する声も上がっていた。
ひたすらに長い校長先生のありがたいお話や、国歌斉唱、校歌斉唱を済ませ、修了式が閉会を迎えたのは昼過ぎ。
生徒は皆各自の教室に帰ってから今学年最後の終礼を済ませて、荷物をまとめて立ち上がる。
今日は紗夜だけでなく、鈴音や周も集まって、一年間――紗夜は三学期間だけであったが――お疲れ様会を行おうということになっているので、俺は周と一緒に一年一組の教室に別れを告げて廊下に出る。
紗夜と鈴音を迎えに二組へ足を運ぼうとしたそのとき――――
「お、俺っ……一目見たときから美澄さんのことが好きでしたッ! 付き合ってくださいッ!!」
やけに二組の前に人が集まっていると思ったら、どうやら二組の男子生徒――確か名前は
紗夜本人や鈴音、周から聞いていたが、やはり紗夜はかなりモテるらしく、転校してきてからというもの、かなりの回数男子生徒から告白されているらしい。
しかし、こんな風に人前で大っぴらにされるのは初めてのことだろう――今までにもあったのなら、流石に俺も気が付く。
相変わらず姿勢良く立っている紗夜に向かって頭を下げている橋田。
その傍らでは、恐らく一緒に教室を出ようとしていたところなのだろう――鈴音が戸惑ったような笑みを浮かべている。
ざわめき立っていた野次馬の生徒達が、紗夜の返答に注目して静まり返る。
そして――――
「ごめんなさい、橋田君。私は貴方とお友達以上の関係になるつもりはありません」
橋田の告白を受け、それを断り見事な一礼を見せた紗夜の姿からは、誠意が感じられる。
野次馬も「やっぱダメかぁ~」「難攻不落だなぁ!」「告白受け入れてたらそれはそれで橋田に殺意ッ!」などと緊張が解けたように一気にざわめく。
「ど、どうして俺じゃダメなのか聞いても良いかっ……?」
持ち上げられた橋田の表情は悔しそうに歪んでいた。
自分じゃダメな理由――フラれた者なら誰しも気になるところではあるし、聞いてみたいことであるが、それは自分勝手というもの。
別に紗夜が答える義理はないだろうが、それでも紗夜は無視することなく誠意をもって答える。
「単純な話です。私は貴方を恋愛対象として見ていませんでしたし、正直なところ私は貴方のことをよく知りません」
「な、なら! これから知っていってくれればっ! 取り敢えず付き合ってみて、それでも駄目なら諦めるからさっ!?」
しつこいな、と俺は思ったし、それは恐らく鈴音や周も同じだろうが、話をしている紗夜が一番思っていることだろう。
しかし、それでも返答を逃げたりしないのが紗夜の心からの誠意なのだろう。
「恋愛観は人それぞれだと思います。付き合ってから互いのことを知っていく恋愛もあるのでしょう。でも、私は互いのことをよく知って、好意を持ってから付き合いたいですね」
優しい口調を保ったまま、紗夜は話を続ける。
「それに、一目見たときから好意を寄せてくれているとおっしゃっていましたが、今日この日まで時間は多くあったのに、橋田君から何かアプローチされたことがあったでしょうか?」
「そ、それは……」
ぐうの音も出ない橋田。
紗夜はそんな橋田に「では」と一礼してから、鈴音と共に教室を出ようと歩き出す。
しかし、橋田がそんな紗夜に背中から声を掛けた。
「一応確認しときたいんだけどさっ……美澄さんって、フリーなんだよな……?」
フリーというのは、いわゆる誰とも付き合っていないのかということだろう。
「さ、最近ちょくちょく噂になっててさ。美澄さんが神崎さんと仲良くしてるのは知ってるけど、なぜか近頃一組の津城や綾川ともつるんでるじゃん? その、どうしてかなぁって……」
「それを答えて、何か橋田君に関係があるんですか?」
ここまでしつこく呼び止められてしまっては、流石の紗夜でも内心苛立ちがあるだろう。
表情には出さないが、若干声質が硬くなった気がする。
「そ、そりゃ好きな人のことは知っておきたいっていうか……ライバルがいるなら、俺ももっと頑張らないとなっていうか……」
「ライバル?」
「多分綾川は違うんだよ。でも、その……美澄さんと津城が一緒にいるところを最近よく見るし、一緒に帰ったりしてるところを見たってやつも結構いてさ……」
昼食も一緒に食べてるっぽいし、と付け加えて、橋田は言葉を口籠らせながらも紗夜に言う。
「私が彼と一緒にいては何かマズいんですか?」
「だ、だって、自分の好きな人が別の男子と一緒にいたら、そりゃ嫌だろッ!?」
橋田の言葉に、野次馬がざわめく。
「その気持ちはわからなくもないです。でも、橋田君が嫌だから、私にどうしろと言うつもりですか?」
若干紗夜の言葉の圧にたじろぎながらも、橋田は口を開く。
「た、ただ俺は、その……何で津城なんかと一緒にいるのは良いのに、俺じゃ駄目なんだっていうか……」
「津城なんか……?」
紗夜の瞳がスッと細められた。
明らかに不機嫌だ。
「あ、いやっ……ほら! アイツ、そんなに他人とつるまないイメージていうか、美澄さんとかとは関わりなさそうっていうか……」
紗夜の機嫌を損ねてしまったのは橋田も理解したのだろう――必死に言い直そうとするが、対する紗夜は眉を寄せる。
「橋田君が彼にどういうイメージを抱くも勝手ですが、それを私の前で口にしない方が良いですよ。私に好意を寄せてくれているところ申し訳ないですが、今の発言で橋田君への好感度が大きく下がりましたから」
「なっ……!?」
「それと、玉砕覚悟で告白してあわよくば……なんて狙って告白されても、正直私は嬉しくありませんよ」
「そ、そんなこと――」
「――思ってない、とでも言いますか? では聞きますが、なぜ数ある日の内で告白する日を今日にしたんですか?」
紗夜は「はぁ」とため息を吐いて、話を続ける。
「明日からは春休み。今日フラれても後日から学校で気まずい空気にならずに済む……という考えですよね? 少なくとも、私は告白する前からフラれたときのビジョンを持っているような人とはお付き合い出来ません」
静まり返る教室と廊下。
そんな中を、紗夜と鈴音は並んで歩き、野次馬たちの後ろに立っていた俺と周の下へやってくる。
野次馬達の視線はやはり教室内に取り残された橋田――ではなく、俺達の方だった。
それもそうだろう。
普段大人しく優しい紗夜が、橋田に俺を悪く言われた瞬間に怒りだしたのだ。
紗夜が俺という存在をどう認識しているのか、皆気になるところだろう。
そんな皆の気配は、紗夜も感じ取っていた。
どうするつもりなんだろうかと視線を紗夜に向けた瞬間、紗夜は何の前触れもなく俺の腕に自身の腕を絡ませて身を寄せてきた。
呆気にとられる俺と野次馬。
後ろでは鈴音がニヤニヤとしており、周があわあわとしている。
「そういえば、橋田君の『フリーなんだよな?』という質問に答えていませんでしたが――」
「ちょ、紗夜っ……!?」
紗夜は普段学校で見せている愛想笑いではなく、心の底からの温かく幸せそうな微笑みを浮かべた。
「私の隣には既に颯太君がいますのでっ!」
紗夜の衝撃告白のために、驚愕の表情を浮かべて固まる生徒達。
「「「え……えぇぇえええええええ――ッ!?」」」
生徒達の驚愕の声が轟く中で、紗夜が俺に向けて悪戯っぽく笑っていた――――
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