第71話 お隣さんとホワイトデー③
「ご馳走様です、颯太君」
とても美味しかったですよ、とチーズケーキを食べ終わった紗夜が、俺に明るく微笑んできた。
「喜んでくれたなら何よりだ」
「ふふっ、颯太君からの贈り物なら、何でも嬉しいですよ?」
「か、可愛いこと言ってんな……」
「えへへ……」
俺は熱くなった顔を紗夜から背けながら、紗夜の頭を優しく撫でる。
こうして撫でても拒むことなく、むしろ心地よさそうに擦り寄ってくるあたり、甘えた猫を想起させる。
そして、俺はそんな猫へチーズケーキともう一つ渡すものを用意しているのだ。
「紗夜、実はもう一つあってだな」
俺はそう言って、カバンから綺麗にラッピングされた細長い小箱を取り出す。
「まぁ、コレは何というか、もちろんバレンタインのお返しでもあるんだが、単に俺がお前にプレゼントしたかっただけというか……。だから、受け取ってくれると嬉しいかな」
「良いんですか颯太君っ?」
「言いも何も、そのために買ってきたんだぞ」
「ありがとうございますっ」
俺から小箱を受け取った紗夜が「開けても良いですか?」と聞いてくるので、俺は「もちろん」と頷く。
すると、性格が出ているのか丁寧にラッピングを外した紗夜は、露わになった淡い青色の箱の蓋をを慎重に開ける。
中に入っていたのは――――
「わぁ……! 綺麗なネックレスですね……」
「正直そんなに高価なモノじゃないし、なんせ俺のセンスで買ったものだから紗夜の好みに合うかどうかはわからない……もし気に入らなかったら、遠慮せず――」
「――いえっ! 私、とっても嬉しいんです。絶対に手放したりなんてしませんよ」
屈託のない優しい表情。
俺はジワリと胸が温かくなっていくのを感じながら、「それは良かった」と安心する。
「颯太君、つけていただけますか?」
「え、俺がか?」
「はい」
そう言って紗夜はネックレスを差し出してくるので、俺は「わかったよ」と答えながら受け取る。
すると、紗夜はソファーに座ったまま俺に背を向けて、その艶やかでサラサラとした黒髪を手で一つに束ねてから、肩から前に垂らすようにして持ち上げる。
「……」
いつもは下ろされた髪で秘匿された紗夜のうなじが外気に晒される。
普段見えない白くて細い首筋というのは、どこか背徳的で魅惑的な色香を感じさせられる。
「どうかしましたか、颯太君?」
「あ、いやなんでもない」
俺は頭の中に浮かんでいた邪念を取り払うように頭を横に振ってから、紗夜の背後から腕を回し、ネックレスを掛けようとする。
ただ、この状況がどうにも後ろから抱き着いているように思えて仕方ないし、接近した紗夜の髪から良い匂いがするのが居たたまれない。
俺は悶々とさせられながらも、何とか紗夜の首の後ろで金具を留め終わり、「出来たぞ」と伝える。
髪を下ろして一度手でサッと払った紗夜が、銀色のチェーンで吊るされて鎖骨の下あたりに揺れる、組み合わさった二つのリングを掌に置いて見詰める。
「本当に綺麗……」
「気に入ってくれると嬉しいんだが」
「言ったでしょう、颯太君。颯太君からの贈り物なら何でも嬉しいんですよ」
それに、このネックレスのデザインは私も好きです、と紗夜が再び自身の胸元のネックレスに視線を落として呟く。
「ただ、この二つのリングが組み合わさったデザインを選んだ理由は気になりますね。ふふっ、もしかして早速プロポーズだったりしますか?」
「ち、違うって! 別にその二つのリングをエンゲージリングに見立てて、組み合わさって取れないからずっと一緒にいられるとかいう意味を込めて贈ったわけではないんだぞ」
「何ですか、その典型的なツンデレ発言は」
クスクスと紗夜が口許を押さえて笑う。
ちょっとしたプレゼントで、こんなに幸せそうな顔をしてくれる紗夜。
実際俺がショッピングモールのアクセサリーショップでこのネックレスを見付けたときに、組み合わさった二つのリングにそういった意味を見出したのは本当だ。
まだ高校一年生だが、この先高校を卒業しても、大学に行っても、就職して社会人になっても、ずっと紗夜の隣に居続けたいと思う。
紗夜もそう思ってくれていると嬉しいな。
「で、どうですか颯太君? こうしてネックレスを付けている私に言うことがあるでしょう?」
「あ、あぁそうだな」
俺は気恥ずかしさを感じて後ろ頭を撫でながら、まっすぐ紗夜を見る。
「凄く似合ってるぞ。あと好きだ」
「ありがとうござ……って、き、急に何言ってるんですか……っ!?」
「あー……何か思わず」
「んもぅ!」
紗夜が顔を真っ赤にして、力のないパンチを繰り出してくる。
いつもはそのまま受けてやるところだが、今回は趣向を変えて、その手を引っ張り、紗夜を引き寄せてみることにした。
「きゃっ――」
「ありゃ」
しかし、意外と勢いよく紗夜が飛び込む形になってしまい、俺は紗夜を抱えたままソファーに仰向けで倒れ込んでしまった。
「上手く受け止められなかった……」
「もぅ、ビックリするじゃないですか」
紗夜が俺の顔の両横に手を付き身体の支えにして、俺の上に跨っている。
垂れ落ちる黒髪のカーテンが、俺の無駄な視界を遮り、真上にある紗夜の顔だけに集中させてくる。
そして、首から吊り下げられたネックレスが、部屋の明かりを反射して金属光沢を強調する。
「こんなことをする颯太君にはお仕置きが必要ですね?」
「……お仕置きされるほどのことかのか?」
悪戯っぽい微笑みを浮かべて、垂れた髪の毛を片方の耳に掛ける紗夜。
その仕草が妙に色っぽくて、俺は思わず心臓を跳ねさせてしまった。
「さて颯太君、私が良いと言うまで目を閉じていてください」
「痛いことだけは勘弁してくれよ」
まぁ、紗夜のことだから流石に殴ってきたり抓ってきたりはしないだろう。
紗夜は「そんなことしませんよ」と答えたが、何となく、紗夜と俺の距離感が徐々に狭まっていっている気がする。
そして、鼻息を感じたと思ったその瞬間――――
「……ッ!?」
何やら唇に以上に柔らかい感触――忘れもしない、紗夜の唇の弾力のものだ。
俺は紗夜の合図を待つことなく、反射的に目を開けてしまった。
すると、紗夜も目を開けており、超至近距離から見詰め合う形になる。
紗夜の榛色の瞳の瞳孔が、驚いたようにキュッと小さくなり、顔が深紅に染まり上がっていくのがわかる。
飛び退くように唇を離した紗夜が、焦ったように言ってくる。
「め、目を開けないでくださいって言ったじゃないですかっ!」
「さ、流石にキスされたら驚いて見てしまうだろ!?」
「それでも開けないでくださいっ!」
「む、無茶だな……」
「もう……本当に颯太君は……」
「悪いって……」
不満げに半目にされた紗夜の瞳と、俺の視線がしばらく沈黙したまま交錯する。
俺はそんな紗夜の横顔に手を伸ばし、優しく触れる。
すると、紗夜がいまだ不満げな色を浮かばせながらも、ゆっくりと俺の顔に自身の顔を近付けてきた。
「今度こそ開けないでください……」
「わかったよ」
俺が目蓋を閉じると、数秒間の間を置いて紗夜の唇が俺の唇に触れた。
唇から伝わってくる紗夜の体温が、先程よりも明らかに高くなっていた――――
【作者からメッセージ】
愛読してくださっている皆さん、本当にありがとうございますっ!
さて、遂に70話突破し、僕の中ではすでに完結までの道筋が整っております!
このあとの大まかな流れを言いますと――――
・学校で一騒動
・春休み(いくつかイベント)
・完結話
といった感じですかね。
(気分によって変わる可能性もアリ)
もしかすると「まだ終わってほしくない!」「このじれったい物語をずっと!」と思ってくださる方がいるかもしれません。
(そうであれば、作者は感謝感激大興奮です)
しかし、物語はいずれ終わるモノでございます……。
是非今後も、完結までお付き合いいただけるようお願いするとともに、近々新作『学園ファンタジーラブコメ』を投稿する予定なので、これからもボクの作品とお付き合いくださいッ!!
ではまたっ!!
水瓶シロン
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