第70話 お隣さんとホワイトデー②
今日は三月十四日――ホワイトデー当日である。
昨日、奏にも相談に乗ってもらったことで、何とかバレンタインのお返しを用意することが出来た。
周には、学校の授業終わりに――――
「あ、周」
帰ろうとして席を立つ周を呼び止めると、周は頭をこてんと傾げて「どうしたの?」と不思議そうな視線を向けてくる。
俺はカバンから、昨日街の大型ショッピングモール内のクッキー専門店で買ってきたクッキーが入った袋を取り出し、周に手渡す。
「バレンタインありがとな。コレお返し」
「わぁ~! ボクに? ありがと颯太ぁ~!」
パァ、と明るい表情を浮かべた周が、大事そうにラッピングされた袋を胸に抱えた。
微かに頬が赤らんでるし、瞳は輝いてるしで、本当にコイツ男子なのかどうか疑わしくなってくるのだが、不覚にも喜ぶ周にドキッとさせられたことが紗夜に知られたら、機嫌を損ねてしまうかもしれない。
「んじゃ周、また明日な」
「うん! ありがとね~!」
さて。次は鈴音だが――――
「――えぇ!? つっしーが私にホワイトデーのお菓子ぃ~?」
「まぁ、バレンタインでチョコ貰ったからな。そのお返しということで」
生徒会に行かなければならない鈴音を、あまり人気のない廊下の階段裏に呼び出して、周と同じくクッキーを渡した。
鈴音は俺のあげたクッキーの袋をニヤニヤと見詰めてから、俺に視線を向けてきた。
「ふふ~ん。これはこれは、つっしーの本気度が感じられますねぇ~」
「は?」
鈴音が人差し指で俺の胸辺りをツンツンと突いてくる。
「これって本命かなぁ~? もぅ、つっしぃ~。早速浮気とか、紗夜ちーが泣いちゃうぞぉ~?」
「違うから安心しろ」
「またまたぁ~! ついに私の魅力の虜になったんでしょぉ~? 素直に言えばいいのにぃ~」
サッと肩口辺りまでの小麦色の髪を払って自信満々な表情を浮かべる神崎。
恐らくサラサラな髪の毛をアピールしたかったのだろうが、それなら紗夜も勝るとも劣らないほどにサラサラだ。
ただ、無自覚なのか自信ありげに張られた胸は、その威力を遺憾なく発揮しており、思わず俺は視線を逸らす羽目となってしまった。
「むむぅ~? えっ、もしかして図星……? つっしー顔が赤い気が……」
「ば、馬鹿かっ! 急にマジな空気出してくんな! これは別の理由だよッ!」
「別の理由ぅ~?」
「いや、教えないけどな」
「えぇえええ~!? 気になるよぉ~! 教えてよぉ~!!」
「お、おまっ……くっつくな擦り寄るなッ!? ってか、お前もうすぐ生徒会だろうが!」
さっさと行け! とその額にデコピンを喰らわせると、鈴音は「ぎゃぁっ!?」と短い悲鳴を上げてから、観念して生徒会室の方へとぼとぼ歩き出していった。
さて。紗夜を待たせてることだし、さっさと帰って、バレンタインのお返し渡さないとな――――
◇◇◇
「颯太君、その箱は何ですか?」
紗夜と一緒に下校し、いったん自宅に戻って着替えを済ませてから紗夜宅へ合鍵で入った俺。
リビングで待っていた紗夜が、入ってきた俺が右手に持っていた白い箱に不思議そうな視線を向けた。
少し前までなら、この距離から俺の持っているものが何かを判別することなど出来なかったことを考えると、本当に視力が回復してきているんだなと思って嬉しくなる。
「颯太君?」
「ん? あ、あぁ、すまん」
すっかり喜びに浸っていて紗夜の質問をスルーしてしまっていた。
俺は紗夜が座っているソファーの前にあるリビングテーブルの上に持ってきた箱を置く。
「これはバレンタインのお返しだ」
「本当ですかっ? 嬉しいです!」
この箱の形状はケーキでしょうか、と紗夜が顎に手を当てながら呟いたので、俺は「正解だ」と答えながら箱を開ける。
中に入っていたのはレアチーズケーキだ。
「わぁ……! 美味しそうですっ!」
「俺の誕生日に鈴音が買ってきたケーキ覚えてるか?」
「はい。もちろん」
「これは同じケーキ屋のケーキだ。確かあのとき紗夜、このケーキ屋に興味持ってたよな?」
「よく覚えてましたね颯太君。はい、あのケーキが非常に美味しかったので……確か店名はボンヌシャンス、でしたかね」
「そうそう」
意味は不明だけどな、と俺が苦笑いすると、紗夜が「それなら気になっていたので調べたんですよ」と微笑む。
「フランス語で“幸運を”という意味だったかと」
「幸運か……」
恐らく紗夜も同じことを思っているのだろう――その意味を聞いて、俺達にピッタリだなと感じた。
地元で不幸を呼び寄せる巫女――《呪いの巫女》などという呼ばれ方をされ、抱えたストレスで心因性視力障害に陥ってしまった紗夜。
しかし、こうして一緒に過ごしていく中で見つけていった大小様々な幸福の積み重ねが、紗夜のストレスを徐々に溶かしていき、こうして視力も戻ってきている。
また、紗夜だけでなく、俺もこうして紗夜と一緒にいられることはとても幸せだ。
「私、颯太君といられて幸せです」
「お、お前な……心の準備なしにそういうこと言われると、心臓に悪いんだが……」
「ふふっ。いつも颯太君がしてくるので、その仕返しが出来たでしょうか」
してやったりといった風な微笑みを浮かべた紗夜。
俺は心の中で「まったく……」と呟きながら、ケーキを置く小皿とデザートフォークを取りにキッチンへ向かう。
もう完全に食器位置は把握しているので、変に手間取ったりはしない。
すぐにリビングに戻って、ケーキを皿に乗せてから紗夜の前へ差し出す。
「では、頂きますね」
「ああ」
紗夜はフォークを手にすると、チーズケーキの先端を一口大にカットしてから口に運ぶ。
その瞬間、紗夜の瞳が大きく開いて、キラリと部屋の照明を反射した。
「うぅ~んっ! 美味しいですっ!」
「それは良かった」
俺の視線の先で、紗夜が幸せそうな笑みを浮かべてチーズケーキを頬張っていく。
しかし、すぐにその手が止まって、紗夜が俺の方に向いて、何度か瞬きを繰り返した。
俺が首を傾げていると、紗夜がまた一つチーズケーキを一口大にカットすると、それをフォークに突き刺して、落ちないように左手を下に添えながら俺に差し出して来た。
「紗夜?」
「颯太君、あーんしてください」
「いや、それはわかるんだが、コレは紗夜のケーキだぞ?」
俺が食べてしまっては、当然紗夜の分が減ってしまうが…………
「良いんですよ。私のケーキなら、私がどう扱おうが私の勝手ですよね?」
「ま、まぁ、それはそうなんだが……」
「もぅ、今更何を恥ずかしがってるんですか? 颯太君のお誕生日でもしたことじゃないですか」
「いや、あれはお前無自覚にやってただろ」
「今も無自覚ですよ?」
無自覚な奴が無自覚だなんて言ったりしないのは明白なんだが、どうやら紗夜は引くつもりはないらしい。
俺は沸き起こる羞恥心を抑え込み、ゆっくりと口を開ける。
すると、紗夜は恥ずかしそうにはにかみながらフォークに刺さったチーズケーキを差し出して来た。
「ん、美味しいな」
「えへへ、ですよね」
口一杯に広がる濃厚なチーズの味わいと甘さ。
しかし、妙に甘酸っぱく感じたのは、気恥ずかしさという名の隠し味が入っていたからだろう――――
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