第69話 お隣さんとホワイトデー①

 ある日曜日の午前中――――


 来週には終業式があり、ついに春休みに入るのだが、今俺の頭の中にあるのは全く異なる悩みだった。


「ホワイトデーどうしようか……」


 明日は三月十四日――ホワイトデーだ。


 元々バレンタインデーにチョコを渡すというのは日本独自の文化で、そのお返しをするホワイトデーもまた、日本固有の文化らしい。


 それならば日本語名の行事にすればよかったのでは? と思ったり、なぜ名前が『ホワイト』なのかはよくわからなかったりする。


 ただまぁ、ホワイトデーでお返しをどうしようかという悩みなんて、本当に贅沢だなと我ながら思ってしまった。


 しかし、贅沢だろうが何だろうが、俺が困っているのは事実だ。


 これまでの人生で、ホワイトデーのお返しを悩んだ経験なんてないし、家族以外に渡したこともない。


 周……にも、まぁ一応お返しするとして、紗夜と鈴音には絶対にお返しすべきだろう。


 さて、どうしたものかとしばらく考えてはみたが、やはりわからなかったので、俺はスマホを取り出す。


 今日は紗夜に用事がある旨を伝えていて、一緒にはいない。


 そのため内容を紗夜に聞かれる心配はないと思って、俺は安心して電話を掛けてみたわけだが――――


『――はぁ? 馬鹿じゃないの?』


 電話越しに、聞き慣れた妹の声。


 しかし、その声色は呆れをふんだんに込めたようなものだった。


『何渡せば良いかなって、私に聞くことじゃないでしょ』


「い、いや……頼れるのお前ぐらいしかいないんだよ。流石にお返しする本人達には聞けないし……」


『マジで馬鹿。本気で馬鹿』


「面目ない……」


 ベッドの上で正座して何も言い返せずにいると、奏が「はぁ、まったく……」と心底呆れたため息を吐く。


 そして、しばらくの沈黙が訪れる。


 対面ならともかく、通話中に黙られるとこちらが困るのだが、俺が「もしもし?」と確認する前に奏の声が返ってきた。


『そうね。じゃ、一女子としての意見でも言わせてもらおうかしら?』


「あ、あぁ、頼む」


『何でも良いと思うわよ』


「い、いや……俺は真面目に聞いてるんだが……」


『私も真面目に答えてるわよ! 有態な言葉だけど、大切なのはモノ自体じゃなくて、そこに込められた想いでしょ? だから、モノは何でも良いの』


「そ、そういうもんか……」


『だからって、貰って困るようなものは流石にやめなさいよ。ホワイトデーなんだから無難に何かのお菓子でしょ?』


「そうだな」


『で、相談は終わりでいいのかしら?』


「ああ。サンキューな、奏」


『別に、お礼言われることじゃないわ』


 それより……、と奏が電話の向こう側で一度咳払いをする。


『アンタ、あのお隣さんと付き合い始めたんだってね』


「んっ!? ご、ゴホッゴホッ!? な、なぜ知ってる……」


『ことあるごとに紗夜さんから連絡来てるから知ってるわよ。ってか、こういうことはアンタから私に言うべきことなんじゃないの?』


「あ、あぁ、そうだな」


 すまん、と俺は見えるはずもないのに頭を下げる。


『まぁ、良いけど別に。でも付き合ったってことはアンタ、恋愛不信はやめたってこと?』


「……そうだな。正直まだ頭の中に中学のときの光景がチラつくときもあるけど、紗夜といる時間は楽しいし、何より信頼してる。自分で言うのも何だけど、紗夜はちゃんと俺のことを好きでいてくれてるよ」


『うっわ、思ったよりちゃんと付き合ってんのねアンタ達……』


「何だその反応は」


『いや、今までのアンタじゃ考えられないでしょ。恋愛から目を背けてばっかだったアンタが、他人からの好意を語るなんてビックリするわよ、そりゃ』


「そういうもんか」


 だが、そう考えると奏にも迷惑を掛けたよな。


 俺が落ち込んでる姿を最も近くで見ていたのは奏だし、心配もしただろう。


 ドが付くほどの真面目だった奏が、今のように髪を金に染め上げて、陽キャ中の陽キャになったのも、自分の社会的な地位を上げて俺を守るため。


 そんなことを考えながらしばらく黙り込んでしまっていると、奏が「電話で急に黙られると困るんだけど?」と不満げな口調で言ってくる。


「悪い悪い。ちょっと考え事を」


『何それ』


「……ありがとな、奏。あと、今まで心配掛けた、すまん」


『なっ――!? きゅ、急にキモいんだけどッ!? それに、私は別に心配なんかしてないしッ!?』


「それでもだ。ありがとな」


『……ふん。どういたしまして』


「それじゃまぁ、買い物してくるわ」


『ええ。変なモノ買うんじゃないわよ』


「わかってるって」


 俺がそう答えると、奏は『じゃあね』と言って通話を切った。


 俺は通話の切れたスマホの画面に視線を落として、心の中で再び感謝の気持ちを呟いておく。


 さて、用意するなら早くしないと一日はすぐに終わってしまう。


 俺はバスで街に出掛ける支度をする。


 ショッピングモールなら、様々な菓子店があるし、色々回りながら考えてみよう――――


 

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