第68話 お隣さんを放さない②
駅前のバスステーションから歩いてしばらく。
病院に到着した俺と紗夜は、受付で面会許可を取ってから、紗夜の祖父が入院している病室の前までやってきた。
さてさて、今度はどんな風に枕が飛んでくることやら。
「おじいちゃん、入るよ~」
紗夜はコンコンと二回ノックしてから、音のしない横開きのドアを開く。
俺も砲撃に備えながら、紗夜の後に続いて入室する。
「おぉ~、紗夜ぉ~! 来てくれてじいちゃん嬉しいぞぉ~! って、やはり貴様も一緒か!?」
「ん、枕投げてこないんですか?」
「もちろん投げてやりたいが、そんなことをすると紗夜に怒られてしまうからな」
紗夜に感謝するんじゃな、と鼻を鳴らして偉そうにしてくる爺さんの隣に椅子を二つ並べて、俺と紗夜がそこへ腰掛ける。
すると、紗夜がさっそく嬉しそうに話し出した。
「おじいちゃん。実は私、また視力が戻ってきたんだ」
「な、なんとッ!? どれくらい見えるッ!?」
「ここからおじいちゃんの顔がわかるくらいには見えるよ」
「おぉ、そうかそうかっ……!」
爺さんがうっすらと涙を浮かべて嬉しそうに笑い、紗夜の方へ手を伸ばす。
紗夜はその手を両手で包み込むと、これまた嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「これも颯太君のお陰なのっ」
「……なに?」
その紗夜の一言で、爺さんの笑みがピクリとも動かなくなってしまった。
不穏な空気が流れる中、紗夜はお構いなしに話す。
「私、颯太君といると凄く安心出来て、落ち着けて、温かい気持ちになるの。いっぱい辛いもの抱えてたけど、それ以上に颯太君と過ごす時間が楽しくて……ずっと不幸だなって思ってた私も、今は毎日が凄く幸せなの」
「お、おぃ坊主……紗夜は一体どうしてしまったんじゃ……?」
ギギギ、という効果音が似合いそうな動きで顔をこちらに向けてきた爺さん。
俺はそんな爺さんを横目に、紗夜にそっと耳打ちする。
「(どうする? 俺から言おうか?)」
「(はい、お願いします)」
了解、と紗夜に言ってから、俺は居住まいを正して再び爺さんに向かい合う。
「えっと、爺さん」
「貴様の爺さんではないがな」
「紗夜さんとお付き合いさせていただくことになりました」
「ふむ、それなら貴様の爺さんでもあるのか――って、おい今何と言った……?」
「紗夜と付き合ってます、と言いました」
「なぁ――ッ!?」
爺さんは表情を驚愕の色に染め、すかさず紗夜へ「そ、それは本当なのかッ!?」と確かめる。
すると、紗夜はジワリと顔を赤く染め、隣に座る俺の手を握ってきた。
「ほ、本当……」
ね、と同意を求めてくるように視線を向けてくる紗夜に、俺はしっかりと頷く。
ただひたすらに驚愕したまま固まっている爺さんと、その爺さんが果たして俺達の関係に何と言ってくるのかに注意を向ける俺達。
病室に沈黙が流れる。
「……そうかぁ」
病室の窓の外の景色へ視線を向けた爺さんが、沈黙を破った。
俺はてっきり爺さんなら「紗夜は貴様なんぞに渡さぁあああんッ!?」とでも怒鳴ってくると思ったのだが、この反応は少し拍子抜けだ。
「反対、しないんですね?」
「ワシ個人としては反対も反対、大反対じゃ」
「お、おじいちゃ――」
俺達の関係が認められないと思ったのだろう――紗夜が説得しようと口を開くが、それを爺さんは手で制した。
「じゃが、紗夜が選んだんじゃろう?」
窓から視線を外し、紗夜の方を見た爺さん。
紗夜はそんな爺さんの問いに、静かに頷く。
「なら文句はない。ワシは紗夜を信用しとる。その紗夜が貴様を選んだというなら、ワシが口出しするわけにもいかん」
「出来れば俺という人間も少しは信用してもらいたいもんですが……」
「ふん」
どうやら爺さんに認めてもらうにはまだ時間が掛かりそうだが、取り敢えず俺と紗夜の恋人関係は見守ってくれるようだから一安心だ。
「良かったですね、颯太君」
「ああ」
安心したように紗夜が微笑んでくるので、俺もそれに頷く。
「じゃが、ワシの紗夜を泣かせるようなことがあったら貴様を祓うからなっ!」
「ちょっとおじいちゃんっ!」
爺さんがこちらにビシッと指を差してくるので、俺は一瞬気圧されてしまったが、そのとき視界に紗夜が入った。
俺の“特別な隣人”。
絶対に幸せにしてみせると、そう決めている。
「泣かしませんし、絶対に放しませんよ。何がなんでもね」
「ちょ、颯太君……そういうことをサラッと言わないでください……!」
心の準備というものがありますっ、と不満げに頬を膨らませて、力のないパンチを繰り出してくる紗夜。
対して爺さんは「口では何とでも言えるわい」と、そっぽを向いてしまったが、今俺が口で言ったことの証明はこれからしていけば良い。
このあとしばらく近況報告のようなものをしてから、俺と紗夜は爺さんの病室を後にして、マンションに帰った――――
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