第67話 お隣さんを放さない①

 約一週間に及ぶ俺達――まぁ、主に周のためであるが――の勉強会が終了し、代わりに開始した学年末テスト。


 その期間は一週間で、二月の丁度最後の日に、生徒達は手ごたえがあったにしろなかったにしろ、肩の荷が下りたようで安堵していた。


 そして、三月に入ってひな祭りが終わった辺りに、学校側が集計したテスト結果の上位五十人の名前と合計点が学年ごとに張り出された。


 栄えある学年一位の座に就いたのは、流石は超難関と言われる凛清高校の転入試験を突破しただけあって、紗夜だった。


 しかし、鈴音も学年七位に入っており、行動は馬鹿であるが、その意外と賢い頭のスペックを発揮していた。


 ちなみに俺は二十位で、まぁ凛清でこの順位というのは割と良い方なのだと思うが、校内では別に目立つような順位でもないため話題になったりはしない。


 周の順位は……知らない。

 だってランキング外だから。


 そんな風に紆余曲折あって、今日は土曜日。


 俺は今紗夜と一緒にバスに乗って、紗夜の爺さんのお見舞いに行くため街に向かっているところだ――――


「あぁ、行ったらまた枕が飛んできそうだな」


「うっ……すみません颯太君。うちのおじいちゃんが……」


「いや、別に紗夜が謝ることでは。それに、俺も爺さんの気持ちわかるから、気にしないんだよな」


「おじいちゃんの気持ち?」


 窓側に座る紗夜が、俺の方を向いて不思議そうに首を傾げた。


「ああ。紗夜にちょっかい出す奴がいたら追い払いたくなる……だって、紗夜が大切だから」


「ちょ、そ、颯太君……! バスの中で恥ずかしいこと言わないでくださいっ」


「いや、聞いてきたの紗夜の方なんだが」


 それだったら恥ずかしいこと言いますって前置きしてください、と俺に肩をぶつけてくる紗夜。


 いや、そんな前置きして話始める奴普通いないだろ、と心の中でツッコミを入れておく。


 それに、別に俺的には恥ずかしいことを言ったつもりはない。


 紗夜が大切なのは事実だし、近寄る虫を追い払うことも辞さない。


「……いや、それは独占欲か……」


「独占? 何がですか?」


 俺の口から零れ出た独り言を紗夜が拾った。


「あ、いや。紗夜に近寄ってくる他人を追い払いたくなるのって、独占欲なのかなって思って。俺の中に、もしかすると紗夜を縛り付けていたい、独占していたいっていう気持ちがあるんだとしたら、何か嫌だなって……」


 大切なものは他人に渡したくない――それは人間なら誰しも持つ考え、人情なのかもしれない。


 でも、いくら大切だからと言って人が人を縛り付けるのは、相手の自由を奪うということで、それはあってはならないことだと思う。


 そんなことはわかっているはずなのに、なら紗夜が他の誰かのところへ行ってしまって良いのかと問われれば、俺は即行首を横に振るだろう。


「まったく。颯太君は本当に優しいですね」


 紗夜が俺の肩に頭を傾けて乗せてきた。


「大切な人を自分のものにしていたいと思うのは、極めて自然なことですよ」


「それはそうなんだが……それで紗夜の自由を奪ってしまうようなことになったら嫌だな……」


「これはあくまで私の持論ですが、人は生まれながらにして不自由なのではないかと思います」


 紗夜は他の乗客の迷惑にならない程度の声量でそう話しながら、脚の上に置いていた俺の手に、自身の手を重ねた。


「人が生きていくためには、別の人の助けが必要です。そこに発生する人間関係を保つには、時には相手に譲歩しなければならなかったり、気を遣ったりしなければなりません――言ってしまえば、それが俗に言う“思い遣り”の正体なのではないでしょうか」


「人と関わる以上、思い遣りが必要になってくる。だから、人は自由ではないと?」


 紗夜は静かに頷く。


「大概の人は“自由”と聞くと良い意味に、何か素晴らしいもののように感じると思います。逆に“不自由”と聞くと、悪い意味に捉えてしまうと思います」


「まぁ、確かに」


「でもそれは、本当の“自由”を誰も知らないから――未知であるものに憧れを抱いているだけなんじゃないでしょうか。

 先程も言った通り、人間関係がある以上人は“不自由”です。なら、誰にも頼れず頼られず、ありとあらゆる人間関係から逃げた果てにあるであろう“自由”とは、非常に残酷で、辛いものに感じてなりません」


 話が深くなりすぎてしまいましたね、と反省するように微笑む紗夜。


「とにかく私が言いたいのは、元々人間なんて不自由な生き物なんですから、多少相手に束縛されたくらいでは、そこまで生き方に変化は生まれないでしょう、ということです」


「多少っていうさじ加減が曖昧だな……」


「おぉ、料理出来ない人の典型的な例ですね」


「いや、それは少々だろ。まぁ、それもよくわからんが……」


 ほら言った通りじゃないですか、と紗夜が隣でクスクスと笑う。


「それに、私は特に不自由な部類でしたが、そのお陰で颯太君と関わっていけるようになったので、不自由も必ずしも悪いことばかりではないなと思いますよ」


「紗夜……」


 確かに、もし隣に引っ越して来た紗夜の目がバッチリ見えていたなら、今の関係はなかったのかもしれない。


 紗夜の生活力は非常に高いし、俺が手助けなんてする余地はない。


 目が見えるなら、街案内をすることもなく、紗夜の爺さんと会うこともなかっただろう。


 顔を合わせたら挨拶する程度の、世間一般の隣人付き合いに収まっていたはずだ。


「それに……」


「ん?」


 紗夜が俺の手をキュッと握ったかと思えば、頬を赤く染めて恥じらう。


「私だって、独占欲はあるんですからね……?」


「なんか意外だな」


「颯太君が他の女の子と仲良くしてたりすると、ちょっとやです……」


「俺が仲良くしてる女子なんて、お前抜いたら鈴音しかいないぞ」


「……鈴音さんでも、です」


 ちょっぴり寂しそうで、少し甘えるような声だった。


 まぁ、俺も紗夜が周ばっかりに構ってたりしたら妬いてしまうだろうし、恐らくそれと同じ気持ちなのだろう。


「あと、別に颯太君に独占されても嫌じゃないですから……」


「な、何を……」


「颯太君になら、縛り付けられても構わないと言ってるんです」


「ば、バカ。変なこと言うなよ。何か特殊なプレイかと勘違いされるわっ」


「ち――違いますっ! エッチなこと考えないでくださいっ!」


「うぃっ――!?」


 紗夜に足を踏まれたので、思わず間抜けな声が漏れてしまった。


 まったく颯太君は……、と呆れたようなため息が隣から聞こえてきたので、俺は「す、すまん」と謝っておいた。


 でも、どうやらそこまで怒っていたわけではないらしく、手も繋いだままだし、肩に頭も乗せられたままだ。


「私はバッチリ颯太君を独占していくつもりなので、覚悟してくださいね」


「お、それは俺も負けてられないな。逃げ出したいって言っても逃がさないからな?」


「私が颯太君のところから逃げ出したい? どこの世界線の私なんでしょうかね」


 そんな話をしているうちに、駅前のバスステーションに到着したのだった――――

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