第61話 お隣さんとの特別な関係④
登校時紗夜が言っていた通り、一週間後に一年生最後のテスト――学年末テストを控えている。
教師も「んえー。来週からテストだから、しっかり勉強しとけよー。あと、未提出の宿題の提出期限もテストの日だぁ~。んじゃ、よろしくぅ~」と言っていた。
――ちなみに、俺がその話の中で一番注目していたのはテストのことではなく、提出物の方だ。
恐らくそれは周も同じだったようで、背中越しに「うっ」と呻き声が聞こえてきた。
俺の場合、テストでそこそこ良い点数が取れるから提出物を疎かにしていても酷い成績になったりはしないが、周はそうもいかない。
どうやら、その脳内は運動センスに全振りされてしまっているらしい。
「ど、どうしたんだよ颯太。どうしてボクにそんな哀れなものを見るかのような視線を向けるんだよ」
「……いや、学年末テスト大丈夫なのか――いや、大丈夫じゃないんだろうなって思って」
「せめて聞いてきてよ!? 勝手に確信しないでよ!」
「なら、大丈夫なのか?」
「だいじょばない……」
「ほら見ろ」
これは勉強会が必要か? などと思いながら廊下を歩いていると、背中側から「おーい!」と声が掛かった。
聞き覚えのある女子の声だったし、本能的に自分が呼ばれていることがわかったので、俺は不思議そうにする周と振り返る。
「つっし~!」
「神崎?」
俺は一瞬戸惑った。
まず学校でこうして直接話すのは今回が初めてなわけで、周りからすると何の接点もない者同士なのだ。
それに、俺は神崎を泣かせてしまったばかり。
何も思わないはずもなく、胸の内で気まずさがざわめき立つ。
しかし、紗夜が神崎の肩を持って隣にいることから、俺のせいで二人の仲が壊れてしまったということはなさそうだ。
「つっしー、今から学食ぅ~?」
「あ、ああ」
俺はそう答えながら、周に聞こえないように潜めた声で神崎に耳打ちする。
「(ってか、お前どういうつもりだよ。今まで学校で絡んでなかっただろ)」
「(だって、紗夜ちーから聞いたよ? 徐々に二人が学校でも一緒にいられるようにしなきゃでしょ~?)」
「(お、お前……)」
どうやら神崎は、俺と紗夜が学校でも関われるように、仲介役的な立ち回りをしてくれるらしい。
しかし、神崎は俺に好意を寄せてくれている。
そんな神崎に、俺と紗夜の仲を取り持つような役目をさせるのは、あまりに酷い――と、どうやら俺がそんなことを考えているのを、神崎も理解したらしい。
明るく笑って、俺の胸をポンと叩いてくる。
「(私は大丈夫。私はつっしーと紗夜ちーの仲を応援したいの。だから、手伝わせて)」
「(……神崎)」
俺は少しの間悩んだが、神崎がそうしたいというのなら、俺に止める理由はない。
小声でサンキュ、と伝えると、神崎は「えっへん」とわざとらしく胸を張ってふんぞり返る。
「私って、超良い奴ぅ~!」
「調子に乗るな」
「痛てっ!?」
顔面のド真ん中に拳をめり込ませたくなるようなドヤ顔を浮かべていた神崎の額を、いつものように指で弾いておく。
しかし、隣に周がいることをすっかり忘れてしまっていた。
「え、え? 颯太って神崎さんと知り合いだったの?」
「あ、あぁ……まぁ、ちょっとな」
「おやおやめぐるん~! つっしーとはね、マブダチなのだよぉ~」
どうやら神崎と周の方も知り合いだったようだ。
周が「へぇ、知らなかったよ」と俺の方へ視線を向けてきたので、俺は苦笑いしながら「アレ? 言ってなかったっけ?」とはぐらかしておく。
「で、神崎。何の用だ?」
「一緒にご飯どうかなぁって思ってさぁ~」
「まぁ、俺は別に良いけど」
と、周はどうだという意味を込めて視線を向けると、頷きが返ってきた。
そういうわけで、俺と周、紗夜、神崎は学食で各々好きなものを注文し、一角のテーブルに着いたのだが…………
「いやぁ、何か大注目だねぇ~」
呑気にご飯を口に運ぶ神崎が、楽しそうに言う。
先程から、俺達のテーブルにいくつもの視線が向けられているのだ。
まぁ、その原因が、この場に紗夜がいることであるのは明白なのだが。
普段学校では女子友達としか行動を共にしない紗夜が、今日は俺と周……は、男として見られているのかは置いておいて、男子と一緒に食事しているとなると、それは注目されるだろう。
「学校の美女二人がボクらなんかと昼食取ってるんだもん。それは注目されるよ~」
「お~、めぐるん良いこと言う~。紗夜ち紗夜ちぃ、私達美女だってぇ~」
それはもう嬉しそうに紗夜の肩を叩く神崎。
紗夜はそれに困ったような笑顔を浮かべる。
「いえいえ、私なんか」
「うわぁ~。紗夜ちー謙遜してるぅ~。ね、つっしーも紗夜ちーのこと美人だって思うよねぇ~」
ニヤニヤと悪い笑みを浮かべる神崎が俺に話を振ってきた。
一瞬紗夜の箸がピタッと止まった気がしたが、別に紗夜が美人なのは周知の事実であるわけだし、俺が感想を言ってもおかしくはないだろう。
「まぁ、思うけど。だが、俺は今美女三人に囲まれてるようで肩身が狭いし、周囲の視線が痛い」
「美女三人って、ボクは男だってばー!」
不満げに口を尖らせる周に、「いやぁ~ん。つっしー私のことそんな風に思ってくれてたのぉ~」と気色悪く身体をくねらせる神崎。
神崎には「ちょっと耳貸せ」と噓を吐いて頭をこっちに持ってこさせてデコピンを一発。
酷いよぉ、と涙目になる神崎を横目に、黙々とご飯を食べていた紗夜を見てみると、公然で褒められるのはやはり恥ずかしかったのか、若干頬が赤らんでいる気がした。
「そうだ颯太~。もうすぐテストだよぉ~! 提出物終わらせないといけないけど、それやってたらテスト勉強できないよ~」
「自業自得だろ」
「そ、颯太だって提出物出してない民じゃん!」
「俺はテスト頑張るから良いんだよ」
そんなぁ、と肩を落とす周。
「えっと、津城君は勉強お得意なんですか?」
「どうだろうな。得意って程でもないけど、提出物出さない分、テストで点取らなきゃってなるんだよ」
「提出物はきちんと出さないといけませんよ?」
その言葉が俺の隣に座っている周にも刺さってしまっているのは取り敢えず無視しておく。
「えぇ……何か、宿題って響きが嫌いなんだよなぁ」
「なら、課題にしますか?」
「うわ、それは絶望感がある……」
「何なら良いんですか」
「何でも駄目だ。やる気が起きん」
「ふふっ、おサボりさんですね」
可愛らしく微笑む紗夜。
その瞬間、こちらに視線を向けてきていた他の生徒達が一瞬ざわめいた。
まぁ、普段学校では見せないような笑顔だろうから、仕方ない。
この打ち解け具合には、流石に周も引っ掛かったのか、不思議そうに首を傾げる。
「颯太と美澄さんって、何だか仲良いね?」
「そんなことないぞ?」
「そんなことはありませんよ?」
「……は、ハモってる!」
なかなか、初対面を演じるというのも難しいもんだな……。
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