第62話 お隣さんと勉強会①
「颯太ぁ! ボクに勉強教えてぇ~!」
「やっぱりこうなったか」
授業が終わり、放課後のチャイムが鳴る。
勢いよく席を立った周が、涙目で俺に頼み込んできたのだ。
「せめて平均点取らないと、成績がヤバヤバのヤバなんだぁ~!」
「日頃から提出物出してなかったからだろ。きちんと出しとけよ」
「颯太に提出物のことでとやかく言われたくはないよ……」
「そりゃ、確かに」
だが、俺の場合テストの点数で、提出物分の成績をカバーできるので、通知表も酷いものになったりはしない。
まぁ、周はそうもいかないということだが。
「颯太助けてぇ~」
「ま、良いけどな。俺は数少ない友達を大切にする人間なんでね」
それに、これが良い機会かもしれない。
言葉で説明するより、周にも実際に見てもらった方が、状況説明しやすいしな――――
◇◇◇
――というわけで、周も連れて紗夜、神崎と下校中なのだが…………
「ちょ、そ、そそそ颯太……これは今どういう状況……!?」
学校を出てからもうすぐマンションに着くというこの場所まで、周がずっと戦々恐々としている。
視線は俺と周の後ろに並んで歩いている紗夜と神崎にチラチラと向けられていた。
「状況は簡単だぞ? みんなで一緒に帰ってるんだ」
「な、なぜッ!?」
「いや、折角だからみんなで勉強会でもしようかと。俺も勉強出来ないわけじゃないが、他にも勉強出来る奴がいた方が良いだろ?」
「それは大変ごもっともな意見だけどさ……いや、だって、颯太が持ってなさそうなコネクションだよね!?」
「実際持ってるんだからしょうがないだろ」
「な、何が起きてるの……」
戸惑う周と、それを見て潜め笑いをしている紗夜と神崎。
そんな三人と共にマンションのエントランスを潜り、エレベーターで三階に上がり――――
「え、颯太の家ここだよね? 三〇三でしょ? 表札『津城』だし」
「ああ。俺の家はそこだぞ」
「え? なら何でその隣の三〇四の前に立ってるのさ?」
「勉強会はこっちでやるからだが?」
「え、えぇ? うぅん? あのぉ、颯太。ボクにもわかるように説明を……」
おっと、流石にもったいぶりすぎたようだな。
ただでさえ考えることが苦手な周の頭が今にもオーバーヒートしかけているのか、眉間に深いしわを寄せて、両手で頭を抱えている。
俺と紗夜、そして神崎は互いに目配せして、頷きながら笑う。
すると、紗夜が一歩前に出て、三〇四号室の表札に触れた。
「ここ、私の家なんです」
「……え? 美澄さんの?」
「はい」
「え、でも三〇三は颯太の……」
「知ってますよ?」
「ということは……」
「はい。お隣さんですね」
「え……えぇぇえええええええええええ――ッ!?」
マンションではお静かに、と言う前に、周の聞いたこともないような驚愕の絶叫が轟いた。
◇◇◇
取り敢えず紗夜の家のリビングテーブルを四人で囲むように座ってから、俺と紗夜は周にこれまでのことを全て話した――――
クリスマスの夕方に紗夜と出会ってお隣さん同士になったこと。
目が不自由なことが理由で隣人付き合いをしていくうちに、友達になったこと。
食費折半で紗夜にご飯を作ってもらっていること。
つい最近、付き合い始めたこと。
――あ、ちなみに神崎が額を押さえて涙目になっているのは、話を盛りに盛って話そうとしていたため、俺が
そんな神崎はさておき、事情を説明された周は口を大きく開いたまま、心ここにあらずといった風に呆然としていた。
「おい、大丈夫か周? 話についてこられてたか?」
「あー、えっと。なんか現実感ないや……」
「まぁ、だろうな」
我に戻った周が、「うぅん……」と唸って頭を掻く。
どうやら、頭で事情は納得できても、俺と紗夜が付き合っているなどとは想像できないのだろう。
まぁ、それは時間を掛けて慣れていってもらうしかない。
「ま、この話はこれぐらいにしておこう。それよりも勉強会だ」
具体的に何をしようか、と三人にそれぞれ視線を向けると、神崎が「はい!」と手を挙げた。
「ん、何かアイディアがあるのか?」
「いや、そうじゃないんだけどさぁ~」
神崎がどこか不満げに口を尖らせる。
「つっしー、紗夜ちーのこともめぐるんのことも名前で呼ぶのに、私だけ名字っておかしくない~?」
「あー、言われてみれば、確かに? でも、呼び方なんてどうでもよくないか?」
「良くないよぉ! 私だけのけ者みたいだよぉ~」
うわーん、と演技掛かった噓泣きをして見せてくる神崎に、俺は一つ溜息を吐いてから「わかったわかった」と答える。
「んじゃ、鈴音な?」
「おぉ! 新鮮! ってか、つっしぃ~。急に名前呼びとか、紗夜ちーが拗ねちゃうぞっ?」
「お前が呼べって言ったんだが……なら、やめるか」
「あぁあああ! いやぁ~! やめないでつっしー!」
「わ、わかったって。やめないから一旦黙れ。うるさいわ」
神崎――もとい鈴音がひとまず口を出したところに、俺の右隣に座る紗夜がキュッと袖を引っ張ってきた。
「颯太君。取り敢えず綾川君の宿題を終わらせるというのはどうでしょうか?」
「宿題?」
「はい。宿題は当然テスト範囲ですし、もしテストで良い点が出せなくても、やった宿題を提出締め切りであるテスト当日に出せば、多少成績は稼げると思います」
「あぁ、なるほど。流石紗夜だな」
「えへへ……」
宿題出さない民である俺には思いつかなかったが、確かに勉強にもなって保険にもなるこの方法が一番良いかもしれない。
俺は紗夜の頭に手を伸ばし、軽く撫でてやる。
すると、紗夜は心地良さそうに目を細め、とろんとした笑みを浮かべてされるがままになっている。
「お、おぉ……付き合ってるってほんとなんだぁ……」
「めぐるん。これくらいのことは、付き合う前からやってたんだよぉ、この二人」
「えっ」
「って、いらんこと教えんでいい!」
ついいつもの感じで紗夜に接してしまったが、今は鈴音と周もいるので自重すべきだった。
紗夜の頭から手を離したら、紗夜がか細く「ぁ……」と声を漏らしたが、流石に二人のいる前でこのまま撫で続けるのは恥ずかしすぎる。
俺は一度咳払いし、体裁を整える。
「ま、というわけだ周。取り敢えず未提出の宿題出せよ」
「え、何言ってるのさ。同じ宿題やらない民ならわかるでしょ?」
「何を?」
「宿題がカバンに入ってるわけないじゃん」
エヘッ、と茶目っ気たっぷりな笑顔で小首を傾げてみせる周。
悔しくも、いつもならドキッとさせられてしまうその笑顔も、今では呆れてため息しか出てこなかった。
「……だよな」
そして、共感出来てしまうことに、俺自身に対しても呆れてしまった――――
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