第58話 お隣さんとの特別な関係①

 気恥ずかしくも、紗夜と新たな関係への一歩を踏み出すことを誓ったバレンタイン。


 その翌日の夕方――生徒会活動は月・水・金曜日ということで、火曜日の今日はお休みの神崎も紗夜の家に来ていた。


 いつものように、おふざけキャラを存分に発揮する神崎を俺が雑にあしらって、泣きつく神崎を紗夜が宥める――といった、恒例パターンを繰り返しながら、お菓子とお茶をすすって雑談に耽っていた。


 そして、夕食前に神崎はいつも家に帰るので、俺がそれを送っていく――――


「もぉ~。いっつもいっつも送ってくれなくて良いんだよぉ~?」


「外も暗いからな。そうもいかないだろ」


「つっしー過保護かよぉ~」


「用心深いといってほしいな」


 神崎が楽しそうにケラケラと笑い、深閑とした夜道を明るくする。


「ってか、それなら日の出てるうちに帰れよな。それだったら俺も送らずに済むんだぞ」


「だってぇ~。楽しくってつい時間忘れちゃうし、もっと遊びたいんだもん」


「子供か」


 大人になっても童心は大切なのです、と鼻を鳴らして胸を張る神崎。


 そして、小走りに駆けて俺の前に躍り出ると、どこか子供っぽくも恥じらいを感じさせるような笑みを向けてきた。


「それに、遅く帰ったらつっしーが送ってくれるしねぇ~」


「なんだそりゃ」


 俺は笑って神崎の言葉を受け流す。


 しかし、流石にもう気付かない振りは出来ない。


 俺はもう、いつまでも過去に囚われて、向けられる感情や自分が抱く感情に見てみぬ振りをするのはやめたのだ。


 神崎がそうやって明るく振舞って、その中に隠している感情にも、しっかりと向き合うべきだ。


 もうそろそろ紗夜の家に着くというところ。


 俺はその手前の街灯の明かりの下で神崎を呼び止めた。


「どしたの、つっしー?」


「神崎。もし俺の勘違いとかなら、死ぬほど恥ずかしいし、自意識過剰かよってなるんだけどさ」


 神崎は頭上にはてなマークを浮かべて首を傾げる。


「お前、俺のことどう思ってる……?」


「……」


 自分の表情が強張っているのがわかる。


 今更ながら自分でも何聞いてんだと思うし、今すぐ顔を背けてこの話を打ち切りたい。


 しかし、しっかりとした形で紗夜へ想いを伝えるためには、今ここでハッキリさせておかなければならないことなのだ。


 神崎は突然の質問に、しばらく目を瞬かせていたが、すぐにいつものニヤッとした悪戯っぽい表情に戻る。


「えぇ、なになにつっしー? ついに私に惚れちゃったかなぁ~? いやぁ、モテる女ってのは罪だねぇ~」


 良いからさっさと答えろよ、という意味を込めてジト目を向けていると、神崎は「仕方ないなぁ」と呟いて一つ咳払い。


「つっしーはいっつも私のこと雑に扱ってきて意地悪だし、デコピン痛いし、色々と鈍いよねぇ~」


「なかなかに酷評だな」


「でも、なんだかんだ構ってくれるし、こうやって送ってくれたりして紳士的なとこあるなって思うし、気が利くし、一緒にいて楽しいって感じるかなぁ」


 改めて言うと恥ずかしいねぇ、ととろけたような笑みを浮かべながら、指で頬を掻く神崎。


 そして、一歩近付いてきて手を後ろに組み、やや前屈みになって俺の顔を覗き込んできた。


 街灯の明かりで照らされた亜麻色の髪の毛がふわりと揺れ、その白い頬にはしっかりと紅が差していた。


「だから、つっしーのこと好きだよ」


「それは、友達として好きって意味じゃ、ないんだよな……?」


「もちろん友達としても好きだよ? でも、やっぱり私は、つっしーに恋してる」


「神崎……」


「あはは、言っちゃったよぉ~。告白って初めてしてみたけど、かなり恥ずかしいねぇ~」


 神崎はそう言って笑い、クルッと背中を向けた。


「でも、つっしーは紗夜ちーのことが好き、なんだよね?」


「お、お前、気付いてたのか?」


「あはっ、女の感と言うやつですよぉ~」


 神崎はこちらに背を向けたまま、ひたすらに明るく、おどけたような口調で話す。


「でも、そっかぁ~。つっしーが私にこんな話をしてきたってことは……紗夜ちー、上手くいったんだね……」


「神崎?」


「あ、いや。こっちの話ぃ~」


 気にしないで、とやはり背中を向けたまま、今度は夜空を仰ぎ見た。


 空は晴れているが、街灯や住宅から零れ出る明かりのせいで、星はほとんど見えない。


「私、本気で応援するよ、二人のこと。困ったことがあったら力になるから、いつでも言ってよねぇ……」


「……」


「二人なら上手くいくと思うっ……絶対っ。だって、ほらっ……お似合いだしっ……!」


 徐々に震えていった神崎の声は、ついに完全に涙に濡れた。


 泣かせたのは俺だから、俺は何も言えない。


 ただ、神崎の小刻みに震える肩を見ていることしか出来ない。


「ご、ごめんっ……泣かないつもりだったんだけどなぁ……」


 ついに下を向いた神崎が、両手で目元を覆う。


 溢れる涙を手で拭うが、それでもなお枯れることはなく、流れ続ける。


「失恋したよぉ、玉砕したよぉ……! つっしーのバカぁ……!」


「……すまん」


「でも、友達でいてよねぇ……!」


「ああ、もちろん」


「……友達が泣いてるよぉ~。慰めろよぉ~!」


 顔を両手で隠したままこちらに振り返った神崎が、ゆっくりと俺の方へ歩き出し、その頭がコツンと俺の胸に当たったところで止まる。


「慰めるのは俺の役目じゃないんだけどなぁ……」


 俺は神崎の頭の上に手を置いて、優しく撫でる。


「だって、紗夜ちーここにいないんだもん……」


「んじゃ、呼んでこようか」


「……つっしー、私が泣いてても容赦なくいじわるぅ……」


 神崎が不満げに「うぅ!」と唸アリながら頭を擦りつけてくる。


 流石の神崎でも、紗夜といくら仲が良いからと言って、今すぐ会いたくはないだろう。


 恋は競争であるとよく言うが、その理論で言ったら紗夜は勝者で、神崎は敗者。


 勝者が敗者に慰めの言葉などは送ったりしないし、敗者から勝者に慰めてほしいなんて頼んだりするはずもない。


「……いつまでこうしててくれる?」


「寒くなったら帰る」


「ひ、酷いよぉ……」


「嘘だよ。お前が泣き止むまで、好きなだけこうしてろよ」


 友達なんだから、と付け加えた言葉に、神崎は俺の服をギュッと掴んだ。


「……ねぇ、バカつっしー」


「ん?」


「好き」


「さっき聞いた」


「うぅ、やっぱダメかぁ……」


 ダメ、か……いや、どうだろうな。


 お前に好きと言われて跳ねる心臓があるし、嬉しくてたまらない。


 もし、俺の隣人がお前だったら、どういう結果になってたんだろうな――――

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