第55話 お隣さんとチョコの味③

【津城颯太 視点】


 バレンタイン当日の、学校の空気感は非常にいびつだった。


 朝から男子の間では何とも言えない緊張感が漂っており、いつもガヤガヤとしている教室内は、若干静かだった。


 女子がチョコを渡すのは大体放課後。


 そして、いざ放課後になると……勝者と敗者の違いが一目でわかった。


 まぁ、勝者と敗者という表現をしてしまったが、別に俺は貰えたから、または貰えた数が多いから勝ちといったような区別はないと思っている。


 本命はともかく、義理チョコは友好関係の証のようなものだ。


 それは別にバレンタインという日以外でも、「あ、飴余ったからあげるねぇ~」と言って異性からお菓子を受け取るのと大差のないことだ。


 ちなみに、余った飴を貰ったのは俺の実体験で、神崎から貰ったことがあるのだ。


「あ、颯太ちょっと待って」


「ん?」


 俺が席を立って、周に軽く「じゃあな」と言って帰ろうとしたところ、その周が引き留めてきた。


 振り返ると、周が学校指定のカバンから、可愛らしくラッピングされた小袋を取り出して、「はい」と手渡してくる。


「えっと、コレは……」


「チョコだよ?」


「な、なぜっ!?」


 まさか男子(?)である周からチョコを貰えるとは予想もしていなかったので、若干俺の声が上ずり気味になる。


 そんな会話を聞いていた、他のクラスメイト――主にチョコを貰えなかった男子――が、妙に殺気立った視線を向けてきているが、怖いので知らないふりをしておく。


「え、だって今日バレンタインでしょ?」


「違う違う! 俺が聞いてるのは、なぜ男子……のお前が、俺にくれるんだということだ」


「男子のフレーズで言い淀んでるのが気になるけど、最近じゃ、男子も友達にチョコレート渡すのも珍しくないらしいよ?」


「へ、へぇ……それは知らんかった」


「ということで、はい」


「おう。サンキュー」


 貰った小袋をカバンに仕舞う。


「あ、颯太。友チョコだからね?」


「いや、念を押さなくてもそう理解してるが……」


 なぜこっちをチラチラ見て恥ずかしそうにしているのか非常に気になるが、早くいかないと待ち合わせ場所にいるであろう紗夜を待たせてしまうことになる。


「んじゃ、改めてありがとな、周」


「うん」


 俺は教室を後にした――――



◇◇◇



「お待たせ……って、アレ神崎? 今日は生徒会だろ?」


 今日は月曜日。


 いつもなら神崎は生徒会で一緒に帰れないはずなのだが、なぜか今日は、紗夜をここまで連れてきてからもずっと待っていたようだ。


「うん。このあと生徒会だよぉ~」


 ニシシ、と笑って答えた神崎は、カバンから丁寧にラッピングされた小袋を取り出して、渡してきた。


 教室で見た光景と同じだ。


「まさか、お前もチョコくれるのか?」


「そりゃまぁ、親友ですからぁ~。あ、でもコレ友チョコじゃなくて本命だからねぇ~」


「な、何か改めて親友とか言われるとくすぐったいな――って、は? 今お前なんつった?」


 思わず自分の耳を疑ってしまった。


 聞き間違いだろうと思って紗夜に視線を滑らせると、それはもう瞳を一杯に見開いていた。


「え、親友ですからぁ~?」


「そのあとだ」


「え、なになにつっしぃ~。もう一回言わせたいわけぇ~? 恥ずかしいんだけどぉ」


 わざとらしくモジモジしているが、顔も赤くなっているため、恥ずかしがっているのはどうやら本当らしい。


「友チョコじゃなくて、本命チョコだよぉ~」


「ま、マジか……!?」


「す、鈴音さん!?」


 俺は受け取った小袋に視線を落とし、そのチョコの重さを感じ取る。


 目の前では神崎が「キャー! 言っちゃったぁ~!」とか騒いでいるので、不思議と気恥ずかしいムードにはならず、普段の雑談の中で自然に告白されたみたいな雰囲気になってしまっている。


 俺と紗夜が共に黙り込んでいると、神崎が不思議そうに何度か瞬きを繰り返したあと、俺と紗夜の肩をポンと叩く。


「って、二人とも冗談通じないんだからぁ~!」


「だ、だよな!? び、びっくりしたわぁ……」


「もう、鈴音さん!」


 頬を膨らませる紗夜に、神崎が「ごめんごめんってぇ」と平謝りをしている光景を前に、俺は貰ったチョコをカバンに仕舞い込む。


「ってか、つっしー。『お前もチョコくれるのか』って、もう誰かから貰ってたのぉ?」


「ああ、周――友達からな。一応言っとくと男な? 多分」


「「た、多分……」」


「まぁ、ともかく。チョコありがとな、神崎」


「いえいえ~」


 神崎はそう答えると、「あ、そろそろ行かなくちゃ」と忙しく駆け出す。


「では二人ともぉ~! また明日ぁ~!!」


「ああ」


「また明日」


 横を通り過ぎていく神崎に一度視線をやったあと、紗夜の隣へ向かって足を踏み出したとき、遠くなっていっていた小刻みな足音が、背中側から再び近付いてくるのを感じた。


 その足音の正体が神崎であることは流石にわかったので、まだ何かあるのかと文句でも言おうかと考えながら振り返ると――――


「(冗談だよ)」


「え……?」


 節分のときの出来事を想起させるように、神崎が俺の耳元に自分の口を近付けてそう囁いた。


 言いたいことを言って満足したのか、神崎はそれ以上何も言わず走り去っていってしまった。


 去り際に窺えた横顔が、見たことのないほどに赤くなっていた。


 一瞬停止していた思考が再び稼働し始め、神崎の言葉の意味を考え始める。


 冗談だよって、本命チョコじゃないよって意味だよな?


 本命チョコって言ったのは冗談――その言葉も冗談……つまり、本当は本命とかはないよな。


 ま、神崎のことだ。

 意味深なことを言って俺をからかいたいだけなんだろう。


「どうしましたか、颯太君?」


 紗夜の立っている場所からは、俺の姿が相当にぼやけて見えるため、何があったのかわからないのだ。


「いや、何でもない。ただ、勘違いだったとはいえ、一瞬だけ今年一番驚いたのは確かだな」


「……よくわかりませんが、まだ今年は始まってそんなに経ってませんよ」


「……確かに」


 何か、紗夜に正論を突っ込まれて少し冷静になれた。


 そして、「帰るか」と紗夜の隣に立ち、紗夜はいつものように、俺の右腕に手を掛けた――――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る