第54話 お隣さんとチョコの味②

【美澄紗夜 視点】


 あれほどあった三連休も、気付けばすでに日曜日――バレンタインを明日に控える日になってしまった。


 長い時間をこう一瞬に感じたのは、やはりずっと考え事をしていたからだろう。


『やっぱつっしーのこと好き、なんだね?』


 そんな鈴音さんの言葉が、一体何度頭の中で反芻されたことだろう。


 そのお陰というかせいというか、節分以降ただでさえ颯太君とあまり話せていないのに、もうまともに顔すら見られなくなってしまった。


 まぁ、近付かなければ見えないんですが……などとも言えないほどに重症です。


 颯太君が合鍵で扉を開けてやって来る瞬間から、夕食を食べて帰ってしまうときまで、やけに心臓が早打ちしっぱなしだし、顔に熱が溜まっている感覚がある。


 今まで颯太君と一緒にいる空間は心から落ち着けるものだった。


 それは、今でも同じはず……そう思いたいけど、今ではそうもいかない。


 でも、決して嫌というわけではない。


 一緒にいると妙にむず痒かったり居たたまれない気持ちになったりするが、そんな気持ちをずっと感じていたい自分がいる。


「どうしてしまったんですかね、私……」


「ん、何が?」


「あっ……!」


 ソファーの左隣に座っていた颯太君が、こちらへ不思議そうな視線を向けてきている。


「何か悩み事か?」


「そ、そうですね……悩み事と言ったら悩み事、でしょうか……」


「もしなんだったら、相談乗るぞ」


 隣人同士困ったときはお互い様だからな、と颯太君はいつもの調子で優しい笑顔を浮かべる。


 いつもなら頼ってしまいたくなるその表情も、今このときばかりはそういうわけにはいかない。


 颯太君にだけは相談できないんですよっ! と心の中で叫びながら、「たいしたことじゃないので大丈夫ですよ」と非常にたいしたことを誤魔化しておく。


 颯太君は一言「そっか」と微笑んで、それ以上特に追及してくることはなく、再びお茶を飲みながら本を読み始めた。


 鈴音さんが私に言ってきた、颯太君のことが好きなんだねという言葉。


 私は間違いなくその返答に「はい。好きですよ」と返せる自信がある。


 でも、それは友人として好きなのか、それとも一男性として好意を寄せているということなのか……こういった経験に乏しい私は、今の自分の感情がわからない。


 せめて誰かに相談できればいいが、颯太君はもちろんのこと鈴音さんにも少し相談しづらい。


 多分、鈴音さんは少なからず颯太君へ好意を持っているから。


 根拠はないが、そう思ってしまうのは、女の感というやつだろうか。


 では誰に相談を――と、考えたとき、私と颯太君の関係を知っていて、なおかつ颯太君のことを誰よりも知っている適任者がいることに気が付いた。


 スマホを取り出し、その適任者――颯太君の妹の奏さんにメッセージを送ってみる。


『奏さん。私が颯太君に抱いているこの感情は何なのでしょうか』


 そう打ち込んで送信し、すぐには返信が来ないだろうとアプリを閉じようとしたその瞬間、既読表示が付いた。


 は、早いですね……。


 そして、返信も早かった。


『いや、いまさら何言ってんのよ。恋心以外の何があるのか逆に聞きたいんだけど』


「――ッ!?」


 危うくスマホを落としそうになり、寸前のところで無事だったが、隣から颯太君の怪訝な視線を感じたので、笑って誤魔化す。


『ちなみに、そう思う根拠ってありますか?』


『……アンタ、これまでの私とのやり取り見返してみなさいよ……』


 どういうことだろうと思いながら、奏さんと連絡先を交換して以降、割と頻繁に行っていたメッセージのやり取りをスクロールして見返す。


 大体私から会話が始まっている。


 例えば――――


『奏さん。どうやら颯太君の身体からは癒しの波動のようなものが出ているようです』


『は?』


『不思議なことに、一緒にいると凄く落ち着きます』


『……』


 だったり――――


『鈴音さんは、颯太君に頭を撫でられたことがありますか?』


『急に何言ってんの!? まぁ、ないこともないかもだけど……それがどうかしたわけ……?』


『あれは良いですね。何かのお礼にされたときなんかは、極上です』


『犬か!?』


 ……とまぁ、こんな感じですね。


 確かに見返してみると、やけに颯太君の話題が多いような気がするが、それは私と奏さんの共通の話題が颯太君しかないから、必然的にそうなったわけで…………


『見返してみてわかったしょ?』


『何がですか?』


『アンタがアイツのこと好きってことよッ!』


『それは、ちょっと結論が飛躍しすぎでは?』


『ちっとも飛躍してないわよ! むしろこの文面見て自分の気持ちに気が付けないって、颯太と同レベルで鈍感ねアンタ!? 私なんて、送られてきていっつも顔から火が噴き出そうになるんですけど!?』


『火を噴くも何も、事実ですし……』


『事実として、アンタはアイツのこと好きなのよ……』


『では、この一緒にいたらやけに鼓動が早まったり、顔が熱くなったり、颯太君の顔が直視出来なくなったりする原因は、恋心だということでしょうか……?』


『恥ずかしいことをつらつらと……。えぇ、逆にそこまでの症状を自覚しておいて、自分の気持ちに気が付かない理由の方が私は気になるわね……』


『なら、やっぱり私の作ったチョコは本命ということになるのでしょうか?』


『ああ、バレンタインね。良いんじゃない? 本命で』


『は、初めて渡すチョコだというのに……ぶっつけ本番というか……』


『アンタ料理得意なんでしょ? それに、大切なのは気持ちって言うでしょ。アイツも、味なんかより、渡してくる人の気持ちを重視するんじゃないかしら?』


『わかりました! ありがとうございます奏さん! 私、一歩踏み出してみようと思います!』


『ええ、頑張りなさいよ』


『はい!』


 私は奏さんからのスタンプを見てから、スマホ画面を閉じた。


 よし、明日がバレンタインということは、今日中に作ってしまわなければ。


 颯太君が帰ってから、ひっそり作るとしましょう。


「えへへ……」


「ど、どうした紗夜? さっきからため息ついたかと思えば嬉しそうにニヤついてるし……」


「え~? 何でもありませんよ~?」


「忙しい奴だな……」


「ふふっ」

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