第53話 お隣さんとチョコの味①
節分が終わって一週間。
次に訪れるイベントと言ったら、流石に俺も一つしか思い浮かばない。
そう、バレンタインデーである。
その日の接近は、学校生活の中でも顕著に表れていた。
現在授業後の休み時間であるが、何だろうか、この妙にくすぐったい感じの空気感は。
平然を装って友達同士で話をしている男子達からは、目前に控えたバレンタインデーで自分もチョコが貰えるのではないかという淡い期待を感じる。
対して女子グループからは、期待していることを隠そうとする男子達とは違い、割と楽しそうに「バレンタインどうする~?」とか「友チョコ交換しよ~」などの声が聞こえる。
こうして見てみると、男子が一方的にチョコを意識しているので、何だか哀れに思えてきてしまうが、かく言う俺も、チョコは家族以外から貰ったことがないので偉そうなことは言えない。
「うぅ……助けて颯太ぁ~」
「大変そうだな、周」
さっきまでどこかに行っていた周が帰ってきて、俺の後ろの席に座るなり、へにゃへにゃと机に倒れ込んだ。
「随分とモテモテだな……っぷ!」
「もぉおおおう! 笑い事じゃないよ!」
周はここ数日、もう女子からバレンタインチョコを貰えないと割り切った男子達からチョコをせがまれているのだ。
それだけでなく、一部女子からはすでに性別が女子認定されており、チョコ交換の誘いなどがひっきりなしらしい。
「ボクは男の子だよぉ……」
「そうだな。お前はどう見ても男の娘だ」
「……何だろう。颯太と意見が一致しているようでしていない気がする……」
ジーッと半目を向けてきていた周だが、「まぁ良いよ」と諦めたように大きくため息を一つ吐く。
この騒ぎもバレンタインが終わるまでだと割り切ったのだろう。
「というか、達観してる颯太はどうなのさ? 自分関係ありませんオーラ出してるけど、もしかして、もうチョコがもらえることが確定してるとか?」
「そうじゃなくて、別にチョコが貰えないから残念とはならないんだよな」
「何か颯太らしいね」
俺らしいとは何ぞやと疑問が浮かんだが、まぁ、周が言うのだからそうなのだろう。
「でも、もし貰えたら嬉しいでしょ?」
「もし、かぁ……」
そう考えたときに、脳裏に紗夜や神崎の姿が過る。
二人とも、節分の日に一事件あった。
神崎は怪しげな豆を食べさせてきた挙句、意味深なことを囁いてきた。
だが、あの日以降特に変わったことはなく、普段通りバカみたいな発言も多々あったり、俺も恐らく一日に一回以上はデコピンを喰らわせているだろう。
ただ、紗夜とは帰り道にあったことが事だけに、二人きりになると少々気恥ずかしい雰囲気になってしまう。
最近では少しマシになってきたものの、節分の日の話題に触れるといったことは一切ない。
しかし、仮にもし俺がチョコを貰える可能性があるとすれば、この二人だろう。
学校でもトップの人気を誇る二人から貰えるとはいささか申し訳なさが生まれてしまうが、やはり嬉しいものは嬉しい。
「まぁ、そうだな。貰えたら嬉しいかもな」
「でしょ~?」
まぁ、これはもしの話だ。
仮に二人から貰えなかったとしても、俺は二人に幻滅なんかしたりしないし、元々何か見返り欲しさに仲良くなったわけじゃない。
あまり、期待するべきではないだろう――――
◇◇◇
【美澄紗夜 視点】
もうすぐバレンタインですか。
今年は三連休明けの月曜日がバレンタインなので、男子生徒達にとったら今週が女子にアピールする最後のチャンス。
ただ、やはり直接チョコをくれなんて言う生徒はいるはずもなく、教室の端々で男子生徒達がそわそわしているのが伝わってくる。
それだけなら別に気にしないんですけど…………
「いやぁ~。紗夜ちーも大変ですなぁ~」
「あ、鈴音さん」
傍に来た鈴音さんが、私の机に顔を乗せて、その場にしゃがむ。
「色んなところから、紗夜ちーにチョコ貰えないかなって声が聞こえるねぇ~」
「あはは……そのようですね。でも、それは鈴音さんも同じでは?」
社交的で明るい性格に加えて、見た目も可愛い鈴音さんは、男子はもちろん女子生徒からも人気者だ。
教室の声を拾っていると、鈴音さんならチョコをくれるのではないかという期待も受け取れる。
「いやぁ、持てる女は辛いねぇ~! でも、残念ながらクラスの男子の期待には応えられないかなぁ~」
女子とは友チョコ交換したりするけどね、と付け足して陽気に笑う。
大雑把な性格をしているように見えて、やはり鈴音さんも、下手に男子達にチョコを渡して勘違いなどをされたくないのかもしれない。
「クラスの男子の、ということは、やはり颯太――いえ、津城君にはあげるつもりなんですね?」
私と颯太君の関係を知っている鈴音さんとはいえ、ここには他の生徒もいる。
一応颯太君のことは名字で呼んだ方が良いだろう。
「うぅん……ま、まぁ、そうだねぇ。つっしー友達少ないから、チョコ貰えないだろうし――あっ、でも今は紗夜ちーがいるからその心配はなかったか!」
「えっ?」
「なーに驚いた顔しちゃってるのぉ。もちろん紗夜ちーもあげるんでしょ?」
「え、えぇと、そのぉ……」
どうしてこう鈴音さんはストレートにこういうことを言ってくるのでしょうか……。
ただでさえ、節分の日、鈴音さんの家からの帰り道にあんなことがあって、颯太君とは少し気まずいというか恥ずかしい状況になっているのに、そんな中チョコを渡したりなんかすれば――――
「うぅ……っ!?」
「あっははは! 紗夜ちー顔真っ赤ぁ~!」
「か、からかわないでください……」
「ごめんごめん。でも、そっかぁ~。紗夜ちー、やっぱつっしーのこと――」
鈴音さんが、そっと口許を私の耳に近付けてきた。
「――好き、なんだね?」
「――ッ!?」
鈴音さんにしては珍しくおどけたような感じではない、真面目な口調だった。
なぜか、そんな鈴音さんが少しだけ怖く感じたが、すぐに顔を離した鈴音さんはいつものように明るく笑っていた。
「ま、義理か本命かはともかく、折角だから一緒にあげよっ、紗夜ちー!」
「まぁ、そうですね。普段のお礼、ということにもなりますし」
「うわぁ~。紗夜ちー素直じゃなぁーい」
鈴音さんと顔を合わせて小さく笑いながら、ふと颯太君の顔が脳裏に過った。
……喜んでくれるかな?
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