第45話 お隣さんは祝いたい③
【津城颯太 視点】
一月二十三日――俺の誕生日当日、昼までは普段通りに過ごしていた。
まぁ、その普段通りが紗夜の家で過ごすということで、冷静になって考えてみれば世間で言う隣人付き合いの範疇を軽く超えているのは明白。
しかし、これが俺と紗夜の関わり方。
俺と紗夜だけの隣人付き合いであることもまた事実。
しかし、最近ではこうして神崎が時々やってくるようになり、また新しい環境が構築されつつある。
そんな神崎はと言うと、夕方から来たと思ったら何かの白い箱を冷蔵庫に入れたあとは、紗夜と一緒に少し早めの夕食の支度をしていた。
「紗夜ち~。キャベツってこのくらい?」
「えぇっと、もう少し小さく刻んでも大丈夫ですよ」
「りょうか~い」
神崎はどうせ、目出来そうな見た目して、いざ料理を作らせたら暗黒物質が完成する――と言うキャラを想像していたのだが、期待を裏切ってこうして普通にキッチンに立っている。
自分一人で料理は出来ないらしいが、紗夜の調理の邪魔にならない程度に手伝うくらいは出来るようだ。
俺が料理の完成を待って学校の宿題――ちなみに先週提出すべきモノ――をやること数十分。
本日のメインディッシュはミートローフだ。
食べている途中、神崎が「このキャベツ私が刻んだんだよぉ~! 美味しい?」と聞いてきたが、せめて単一の料理を手掛けてからそういう質問をしてもらいたいものだ。
そして――――
「はいは~いっ! 誕生日と言ったらコレでしょっ!」
夕食から少し間を置いて、やけに神崎のテンションが高くなったと思ったら、来たとき冷蔵庫に入れていた白い箱を取り出してきて、それをリビングソファーの前にあるテーブルに置く。
そして、箱を開けると、中からそれぞれ別種類のカットされたケーキが三つ出てきた。
「おぉ……! 輝いてるっ!?」
それぞれイチゴのショートケーキ、フルーツの沢山乗ったケーキ、チョコレートケーキだ。
そして、そのどれもが照明の光を反射して輝いており、高級感溢れて――いや、実際にかなり高そうだ。
「誕生日には必要でしょ~? だから、これが私からの誕生日プレゼントと言うことで、つっしー好きなの選んでいいよぉ~!」
「お、マジか……! サンキューな神崎」
「お安い御用だよぉ~」
「いや、かなり高いだろコレ」
そんなことないよぉ~、と軽く笑いながら言ってくる神崎だが、俺はそんな姿を見て、脳裏に神崎の家の大きさを思い出す。
神崎にとったらいくらまでがお安い御用に入るのか知りたいところだが、取り敢えず今はその疑問を飲み込み、チョコレートケーキを選ぶ。
そして、紗夜がイチゴのショートケーキ、神崎がフルーツのケーキを取る。
「では、颯太君」
「ん?」
紗夜が呼んできたと思ったら、神崎と息を合わせるように小さな声で「せーの」と合図し――――
「「お誕生日おめでとう」ございますっ!」
パチパチと手を鳴らし、満面の笑みで祝ってくれる紗夜と神崎。
「な、何か恥ずかしいな……」
「あぁ~! つっしー赤くなってるぅ~!」
「うっせ!」
神崎のからかいを軽くあしらって、フォークでチョコレートケーキを口にする。
結構甘いのだろうかと思ったが、意外にも甘さは控えられていて上品な苦みが口に広がっていく感じだ。
「んん! 鈴音さん、このケーキ凄く美味しいですね。どこのお店なんですか?」
「えっとねぇ~。ボンヌシャンス? みたいな名前の洋菓子店なんだ~」
「ボンヌ……フランス語か?」
「え、颯太君フランス語わかるんですか!?」
「いや、わからんけど。ほら、響きがフランス語っぽいというか……」
そう答えると、紗夜と神崎は顔を見合わせてパチクリと瞳を瞬かせたあと、小さく笑いを吹き出したので、俺としてはちょっと恥ずかしくなってしまう。
「でも、本当に美味しいですね……あ、そうだ颯太君。私のも良かったらどうぞ?」
そう言って紗夜は自分のショートケーキをフォークで一口大にカットすると、零れないように反対の手を添えながら差し出してきた。
他愛のない雑談の流れに乗って、サラッとこういうことを無自覚でしてくるのが恐ろしいが、紗夜は確かにそういうところがある。
俺が食べあぐねていると、紗夜が純粋に頭上に疑問符を浮かべて首を傾げながら「どうしたんですか?」と聞いてくるので、俺は自分が少しでも意識してしまったことに罪悪感を覚える。
別に特別な意味はない――そう割り切って、俺は一思いに紗夜が突き出してきたケーキを加える。
生クリームのしっとりとした甘さが口に広がり、イチゴの酸味が爽やかだ。
これまたチョコレートケーキと違った感じで美味しいので、すっかり間接なんちゃらのことを忘れていたところに、神崎が余計なことを言う。
「わ、わわわわわぁ~……っ!? かっ、かかか間接キスっ……!?」
「「――ッ!?」」
大胆だぁ……、とどこか感嘆したように息を漏らす神崎。
その言葉を聞いた俺もドキッとしたが、紗夜を見やれば今にも失神しそうな勢いで赤面していた。
「す、鈴音さんっ、別にこれはそういったものではなくっ……ただ単に、これも美味しいから、本日の主役である颯太君にもお裾分けしただけでっ……」
「あ、あはは……紗夜ちー意外と天然さんかなぁ~? それなら、お皿ごと持っていけば良いじゃん」
珍しくまともなことを言いながら、神崎はフルーツがたっぷり乗ったケーキを皿ごと差し出してくる。
「まぁ、これでも気にする奴は気にするけどな」
何しろ、神崎のケーキを俺のフォークで切るのだから、断面には俺のフォークが触れてしまう。
そして、それをどうせ神崎も口にするのだろうから、結果としてはあまり差がない。
「いやいや、さっきのは間接キスに加えてあーんだったからねぇ~?」
「べ、別にそんなことでいちいち騒ぐような年齢でもないだろ。小学生じゃあるまいし」
「うぅ~ん。小学生だったら見てて微笑ましいけど、高校生の男女はねぇ……生々しいっていうか、見てるこっちが恥ずかしくなるっていうかさぁ~」
そんな言い合いをしていると、俺と神崎の討論に挟まれていた紗夜がプルプルと震えているのに気が付いた。
「紗夜、どうした?」
「紗夜ちー?」
「わっ……」
「「わ?」」
「私は別に、そういうの気にしませんからっ!」
そう言い放つと共に、俺に差し出したあとのフォークで再び自分のショートケーキを刺し、パクリと口に頬張った。
強がらなくても、新しいフォークに変えたらいいのに――と、このときの俺と神崎の心中は見事に一致していたと思う。
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