第43話 お隣さんは祝いたい①

「「えぇえええ!? 誕生日一月二十三日!?」なんですかッ!?」


「いや、順番になってるからってそこまで驚くか……?」


 時刻は五時過ぎ。


 今日は生徒会の仕事がないということで、神崎も紗夜の家に来ており、こうして三人でソファーに座ってくつろいでいたのだが、たまたま始まった誕生日の話題で紗夜と神崎が大きな声を上げた。


「い、いや、確かに順番だなぁ~とは思ったけど、そうじゃなくてね!?」


 驚いている理由はそこではないという神崎の言葉に、紗夜が続ける。


「あ、明後日じゃないですか……」


「あぁ、もうそんな時期か。早いな」


 一応スマホの画面を開いてみると、今日は一月二十一日金曜日だ。


 去年までは家族が祝ってくれていたが、こうして一人暮らしになっているため、すっかり誕生日がすぐそこまでやって来ていることを忘れてしまっていた。


 右隣の紗夜はため息を吐いており、そのまた隣では、神崎が「あちゃぁ……」と額に手を当てていた。


「ってか、俺の誕生日教えたんだから、二人も教えろよ」


 すると、紗夜が「四月二十日です」と答え、元気に手を挙げた神崎が「十月十日ぁ~!」と言う。


「なるほど。覚えとこ」


「――って、そうじゃなくてっ!」


 さっきまで挙げていた手で、神崎がまるで誰かにツッコミを入れるかのように宙を叩く。


 さっきから紗夜も何か考えているようだし、神崎は神崎で変――いや、いつも変な奴だが、今はまた違ったおかしさがある。


「何でこんな直前になって教えるかなぁ~!?」


「いや、誕生日の話題が出たのがたまたま直前だっただけだろ」


 それがどうかしたか? と聞くと、神崎はガックリした様子で紗夜の肩に手を触れ「紗夜ちぃ~」と助けを求めるように唸る。


「まだ大丈夫ですっ!」


 すると、何か決意の光を瞳にともした紗夜が、神崎の手を取る。


「明日は土曜日。学校もないことですし、まだ充分時間はあります」


「さ、紗夜ちーっ!!」


 手と手を取り合い、互いに決意の下に頷く紗夜と神崎。


 少し黙って眺めていたが、やっぱり気になってしまった。


「盛り上がってるとこ悪いけど、さっきから何の話してんの?」


「颯太君の誕生日の話ですよ?」


 紗夜にまるで「さっきからずっとその話をしてるじゃないですか」と言われているかのような顔を向けられるが、逆に何で俺の誕生日の話題でそこまで盛り上がれるのかが不明だ。


「うわぁ……つっしー絶対わかってないよぉ~」


「確かにわかってないが、お前に図星突かれるのはなんか癪だな」


「酷いッ!?」


 神崎が「つっしーがいじめるよぉ~」と紗夜の胸に顔を埋める。


 紗夜は苦笑いを浮かべながらそんな神崎の頭を撫で、「颯太君。神崎さんにも優しくしてあげてくださいね?」と言ってくる。


 しかし、すでに俺の中で神崎は雑に扱って良いキャラとして定着してしまっているため、いくら紗夜といえど難しい相談だ。


「まぁ、善処する」


「あ、しないやつですね」


 紗夜に嘘は通じない。


 クスッと小さく笑いながら、あっさり俺の心中を見抜いてくる。


「で、俺の誕生日がどうかしたのか?」


「誕生日と言ったらプレゼントでしょう? 都合の良いことに明日は土曜なので用意する時間は充分にある――という話をしていたんですよ」


「え、プレゼント? 俺に?」


「他に誰がいるんですか」


「い、いやいいよべつに! いっつも紗夜には世話になってるし、その上プレゼントとか……」


「ちょっとー。紗夜ちーにはって、私はぁ~?」


 いまだ紗夜にもたれ掛かりながら、神崎が何やら不満げにぼやいているが、一体いつ俺が神崎に世話になったというのだろうか。


 俺が神崎の不服に答えないでいるところに、紗夜が呆れたように言った。


「まったく……まだそんなお世話になってるとか言ってるんですか?」


「いや、事実なわけで……」


「それを言うなら、私だって颯太君に色々手伝ってもらったりしているのでお相子ですよ」


 と、紗夜はいつもそんな風に言ってくるが、俺としてはそこまで紗夜に何かしてあげられているとは思っていない。


 恐らく俺が戸惑っているのを察したのだろう。


 紗夜はクスッと一度淡く微笑むと「だったら――」と言葉を続ける。


「私がそうしたいから颯太君にプレゼントするんです。颯太君は私のやりたいことを止めるようなことをするんですか?」


「そ、その言い方は卑怯だな……」


 俺には紗夜のしたいことについてとやかく言う権利はないし、言いたくもない。


「まぁ、もし颯太君が『え~、紗夜のプレゼントとかマジいらねぇんですけどぉ~』って言うなら、私は諦めて三日三晩泣き続けますが……」


「俺そんな喋り方しねぇんですけどぉ~」


「知ってます。それに、そんなことも言いません」


 違いますか? と首を傾げて尋ねてくる紗夜。


 紗夜は自分がやりたいといったことは、最後までやり通す奴だ。

 その瞳を見ても、俺への誕生日プレゼントを諦めるつもりなど微塵も感じられない。


 ……まぁ、別に貰えるなら嬉しいしな。


「わかった。ありがたく受け取るよ」


「はいっ」


 俺の答えを聞いて、紗夜が嬉しそうにはにかんだ。


「勝手に二人の世界作ってて、私のこと忘れないでよぉ~」


「わかってるって。神崎もくれるなら、ありがたく受け取る」


「ふふん! 楽しみにしててよねぇ~!」


 二人が楽しそうに明日の買い物の予定を立てている姿を見ながら、そういえば家族以外から誕生日プレゼントを貰うのは初めてだなと気付く。


 神崎が遊び心を爆発させて変なモノ買ってこないかが、唯一の不安である。

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