第42話 お隣さんは見てみたい②
最初は失敗だと思っていたが、神崎が俺と紗夜の関係を知ったことによって、帰宅が楽になった。
もう関係を隠す必要のない神崎が、紗夜を俺との待ち合わせ場所まで連れてきてくれる。
時々神崎も途中まで一緒に帰ることもあるが、意外にも神崎は生徒会役員らしく、週三回ほど仕事があるらしい。
失礼極まるが、あんなふざけたキャラでも生徒会役員になれるのだなと思う反面、誰にでも分け隔てなく接することができ、明るい気質を持つ神崎なら問題なく務まるのだろうなとも思う。
「今日は朝からかなり寒かったですが……また一段と寒くなりましたね」
下校中。
俺の腕に手を掛けて並んで歩く紗夜が、白い吐息を吐き出しながらそんなことを言ってくる。
「だな。なんか曇ってるしって……」
俺が途中で言葉を詰まらせたからか、紗夜が「どうしたんですか?」と不思議そうに尋ねてくる。
俺は立ち止まり、曇り空を仰ぎ見た。
「……雪だ」
「ほ、本当ですかっ?」
「ああ。チラついてる程度だけどな」
「わぁ……」
紗夜も俺と同じく空を見上げた。
もちろんその榛色の瞳に雪は映っていないだろうが、俺の腕に掛けていない方の手を持ち上げて、降ってくる雪を取ろうとする。
「颯太君。確かマンションの近くにちょっとした広場があるんでしたよね?」
「ああ」
「少し、寄っていきませんか?」
◇◇◇
「はいコレ。あったかい飲み物」
「あ、ありがとうございます。いくらでしたか――って、これと同じやり取り、初詣のときにもやりましたよね?」
「そういえばそうだな」
まだそんなに昔のことというわけでもないのに、何だか懐かしさを感じて、二人で小さく笑う。
そして、同じやり取りということは、俺が紗夜から支払い分のお金を受け取ることはない――それは紗夜もわかっているので、改めて感謝の言葉を口にしてから、キャップを捻った。
マンションの手前にある小さな休息所といったところか。
木製で四角錐型の屋根が付いており、その中にテーブルを囲うようにベンチが置かれている。
春頃にはここに座ってのんびりする者もいるかもしれないが、この冬の季節に――それも雪の降って一層冷え込んでいるこの日に利用するのは、俺達くらいなものだろう。
人通りもなく、深閑としている。
「……私の地元では、結構雪が降るんです」
「山間って言ってたもんな」
はい、と右隣に座る紗夜が首を縦に振る。
「天候など関係なく神社の掃除などをしないといけないのですが、私、結構掃除しながら見る雪が好きだったんです」
「寒いだろ」
「そうですね。でも、寒さには慣れてしまいましたから」
暑い方が大変なんです、と付け加えて、苦笑いを浮かべる。
「また見られるようになる」
「え?」
「理由はよくわからんが、お前の視力は僅かでも戻った。それは、また見られるようになるっていう何よりの証拠だろ?」
紗夜がこちらを向いて瞬きを繰り返していたので、俺はその頭にポンと手を乗せる。
「そ、颯太君?」
「何度も言ってるが、隣人同士困ったときはお互い様……いつでも力になるから、遠慮なく頼ってくれ」
まぁ、俺に出来ることなんか限られてるけどな、と付け加えると、紗夜が「そこは自信を持ってもらわないと頼りがいがありませんね」と笑いを溢していた。
そんな紗夜の横顔を見ると、耳が赤くなっていた。
恐らくこの寒さで冷えてしまったのだろう。
俺は自分の首に巻いていたマフラーを取り、紗夜の首に優しく掛ける。
「寒いんだろ?」
「あっ……ありがとうございます……」
紗夜は一瞬驚いたような表情を見せたが、手でそのマフラーに触れ、心地良さそうに目を細めると、自分の顔下半分隠す辺りまで持ち上げた。
「えへへ……颯太君の匂いがします……」
「や、やめろっ! 恥ずかしくて死ぬわ!」
マフラーを下ろさせようと手を伸ばすが、その気配を感じた紗夜は身体を捻って躱す。
「良いんです。私、颯太君の匂い嫌いじゃないので」
「っ……!? へ、変なこと言うな馬鹿……!」
急に紗夜がそんなことを言うので、俺は紗夜の顔を直視出来なくなってしまう。
寒いはずなのに、身体が妙に熱っぽい。
そんなところへ、紗夜が並んで座っていた間を詰めてきて、コトンと俺の右肩に自身の頭を預けてきた。
仄かに甘く良い香りが、鼻腔をくすぐってくる。
かく言う俺も紗夜の匂いは嫌いではない――むしろ、毎日家に入り浸ってしまっているせいで、完全に慣れきってしまった落ち着く香りになっているのだが、なぜか今この瞬間は、妙に色香を感じさせてくる。
俺が固まってしまっていると、紗夜がマフラーに巻かれて若干籠った声を響かせた。
「寒いので、こうした方が良いです……」
「さ、寒さには慣れたってさっき……」
「それがどうやら、この街の冬は地元のより寒いようです」
「絶対山間部の方が寒いと思うんだが……」
「感じ方は人それぞれですよ」
どうやら紗夜は、俺を逃がしてはくれないらしい。
触れ合った脚から胴体、そして肩付近を通して、紗夜の体温がじんわりと伝わってくる。
そのためこちらとしては、今にも心臓が限界スピードに達しそうなのだが、紗夜はお構いなしだ。
しばらく二人でそうしていると、何を思ったのか、紗夜が隣に置いていた学校指定のカバンから自身のスマホを取り出し、カメラを起動させた。
そして、内側カメラをこちらに向けるように、前に突き出した。
何の前触れもなくカシャリ。
「……おい」
「私、誰かを写真に撮るの初めてです」
「誰もそんなことは聞いてない」
「ダメ、ですか……?」
「うっ……」
そんな捨てられた子犬のような表情に加えて、甘えるような上目を向けられては、断ることなど出来るはずもなかった。
「まぁ、ダメじゃないが……誰かに見られたら、これは完全に――」
「――付き合ってる、ですか?」
「ああ……」
そんなことになりでもしたら、俺は噂の中心人物として色んなところで囁かれることになるし、何より俺と付き合っているなんて思われたら紗夜の株も下がるだろう。
「大丈夫ですよ」
紗夜はそんな俺の心配を全て見抜いた上で、そう断言した。
「誰にも見せたりしません。これは、私と颯太君だけの秘密ですから」
秘密という言葉に、妙なくすぐったさを覚えた。
恐らく紗夜も同じように思っているのか、写真を写しだしたスマホの画面をはにかみながら見詰めていた。
「あとで送っておきますね?」
「わ、わかった……」
一体どんな気持ちで送られてきた写真を見れば良いのか……。
自分がどんな表情だったのかを知ってしまったら、俺は過去のトラウマと真剣に向き合わなければいけなくなる――そんな確信があった。
まぁ、いつまでも引きずってるのは、みっともないよな…………
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