第41話 お隣さんは見てみたい①
キュッキュッ――と、体育館シューズの靴底が擦れる音が甲高く響く中、バスケットボールを巧みに操って、バスケ部顔負けのドリブルでセンターラインを越えていく周。
後ろで一つに束ねられた茶髪が、サラブレットの尾のように揺れる。
俺はそんな周の進路に立ち塞がそうとする相手チームの生徒の横にひっそりと付く。
周が躱すと、もちろんその生徒も追おうとするが、そこで俺はスクリーンを掛けていたので、生徒は身動きが取れなかった。
その間に周は小回りの利く小さな身体でゴール下まで行き、レイアップシュートを決める。
味方だけでなく、相手チームからも「おぉ」という感嘆の声が漏れる。
「颯太ナイス!」
試合に集中したまま、俺の近くに戻ってきた周が短くそう言ってくるので、俺は「お安い御用だよ」と答えておく。
すぐに相手チームはボールをコートに投げ戻し、試合を再開する。
だが、ドリブルで攻めてきた相手が味方にパスしたところを、周がカットして、あっさりボールを奪い取って行く。
だが、見掛けに寄らず運動神経抜群の周はやはり警戒されており、今度はそう上手く攻め切れない――ので、周はノールックで横にボールを放り、俺がそれを受け取ってゴール付近までドリブルしていく。
――が、さっきまで周を取り囲んでいた生徒達はすぐに戻ってくる。
このまま俺がシュートしても入りそうな気はするが……どうやら周は俺の意図を理解していたらしい。
俺はシュート体勢に入り、飛び上がる。
そこに合わせて正面にいた相手生徒もジャンプし、シュートの妨害に入る。
「なんちって」
「え?」
俺が左下にボールを投げ捨てたので、相手生徒は間抜けな声を漏らす。
「もう、自分でシュートしなよぉ!」
そう文句を口にしながら、俺のボールを受け取った周が相手チームの不意を突き、シュートを決める。
その周のナイスプレーに、試合を眺めていた生徒達――主に女子から「キャー! カッコ可愛いぃ~!」と歓声が上がっていた。
「流石周だな。抜群の身体能力」
「そのボクに平気でついてきてる颯太もなかなかだけどね?」
「いや、俺もうヘトヘト……」
「体力はないね……」
周に曖昧な笑みを向けられた――――
◇◇◇
【神崎鈴音 視点】
体育は一組と二組の合同で行われている。
自分の試合が終わったので、汗を拭いたタオルを首に巻き、一口水分補給してからコートから少し離れたところに一人ポツンと座っている人物のところに行く。
「暇でしょ紗夜ちー」
「あっ、鈴音さん」
正直退屈ですね、と自嘲気味に笑いながら紗夜ちーが答える。
見学でも、せめて目が見えれば少しは退屈が紛れるだろうが、紗夜ちーはそうもいかない。
果たして見て学ぶ見学の定義に今の紗夜ちーの状態が含まれるのかはさておき、もし目が見えていたなら、見学はしていないのである。
「それにしても、こっから左奥のコート凄いよ?」
「何がですか?」
「つっしーがいる」
「そ、それは凄いんですか……?」
「そうなんだよ! 凄いんだよ!」
不思議そうに首を傾げる紗夜ちーに、あそこのコートのことを説明するとしよう。
「つっしーのチームに、ほぼ女の子な男子の綾川周っているんだけどさ」
「あぁ、颯太君のお友達の」
どうやら紗夜ちーはめぐるんのことを知っていたらしい。
つっしーから聞いているのだろう。
「めぐるんって見掛けに寄らず運動神経凄まじいのね? 今もバスケ部圧倒してる感じ」
「なるほど。えっと、それでなぜ颯太君が凄いのですか?」
私はパチンと指を鳴らして「その質問待ってましたーっ!」とポーズを取る。
「めぐるんが凄すぎて、みんなその活躍に目が行っちゃいがちなんだけどさ――ほら、今みたいに! って言ってもわかんないかもだけど、めぐるんが最大限動けるように、つっしーがサポートしてるわけ!」
「こ、興奮してますね、鈴音さん」
紗夜ちーは若干戸惑っているようだが、私としてはあそこで起きている活躍について語りたくて仕方がない。
テンションのギアが上がりに上がってしまっている。
「でね! そういう気が回るプレーも凄いんだけど、何よりめぐるんの動きについってってるのが凄いのね!? 帰宅部侮れないなってなるね!」
「へぇ、颯太君運動神経良いんですね?」
「そうなんだよね~! めぐるんの活躍に埋もれちゃってるけど、みんな気付かないだけで、つっしー意外とやるの! あっ……今のシュートに見せかけたフェイクパスとかっ……!」
パスを受け取っためぐるんが相変わらずバスケ部顔負けの動きでシュートを決めた。
でも、今のシュートはつっしーがそのまま投げても入った気がするけど……。
もしかすると、変に目立つのが嫌なのかもしれない。
しばらく、つっし―とめぐるんのプレーに見入っていると、横から少し寂しそうな紗夜ちーの声が聞こえた。
「こういうとき、目が見えたらなって思います……」
淡く浮かべられた微笑みは、今にも消え入りそうなロウソクの炎のようで、胸がキュッと締め付けられる。
「見たいものが見たいときに見られない。今この瞬間しかない景色を見逃すのは、結構寂しいです……」
「紗夜ちー……」
「あっ、ごめんなさい。急に暗い話をしてしまって!」
無理にでも笑ってごまかそうとしてくる紗夜ちー。
こういうとき、真剣にその悩みに寄り添ってあげるべきなのだろう。
だから、そうしようと考え、口を開こうとした瞬間、フッと脳裏につっしーの姿が過った。
……そういうのは、つっしーの役目か。
だから、私はもう一度テンションのギアを上げて、紗夜ちーに抱き付く。
「きゃっ!? 鈴音さん!?」
「もぉ~う! 紗夜ちーは可愛いなぁ~!! アレでしょ? 見たいものってつっしーでしょ!?」
「え、えぇ!?」
紗夜ちーの顔がボッと燃え上がる。
「わっかりやすぅ~!」
「ち、違いますって! 別にそういうんじゃ――」
「――ないって? ふぅん。だったら、私がつっしー貰っても良い?」
「えっ? も、貰うってどういう……?」
紗夜ちーの榛色の瞳が不安げに揺れた。
「そりゃもちろん、私がつっしーとラブラブするってことかなぁ~」
「そ、それは……別に、私には関係ないっていうか……決めるのは颯太君っていうか……」
「えぇ~。じゃあ、想像してみて? 私とつっしーが手を繋いで歩いてて~。ちょっと人気のないところに行って~。つっしーが急に私を壁に押しやってきて~。顎を持ち上げて……って、紗夜ちー!?」
黙り込んだ紗夜ちーの顔を覗き込んでみれば、まったく感情のない冷めた表情をしていた。
元々美形なだけに、こういう表情をすると、一層冷たさが増すというか、物凄い迫力があった。
「……取り敢えず颯太君はご飯抜きですね」
「顔のわりに罰が可愛いっ!?」
でも、紗夜ちーは確実に不満を抱いたはずだ。
なぜ不満なのか。
それが人に言われるでなく、自分で“恋”だと確信出来るようになるのは、あと一歩かもしれない。
「うぅ~ん、もぉおう! 可愛いなぁあああっ!!」
「ちょ――鈴音さんどこ触ってるんですかッ!?」
……何がとは言わないが、紗夜ちーに勝った。
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