第40話 お隣さんの親友③
「うひゃぁ~! 紗夜ちーのご飯超美味しかったぁ! 特にロールキャベツヤバい!」
夕食後、俺と一緒に食器を片付けた神崎が、満足げな笑顔を浮かべてお腹を擦る。
「だろ? 紗夜の料理は絶品なんだぞ」
「なぜつっしーが得意気!?」
そんな料理を毎日食べられるんだぞ、というつもりで言ったのだが、確かにそれは俺が凄いのではなく、料理を作る紗夜が凄いのだ。
俺は心の中で改めて紗夜に感謝の念を送りつつ、リビングテーブルの上に置いてあったスマホを手に取り、時間を確認する。
午後九時半。
外はとっくに真っ暗だ。
住宅街のため足元が見えないといったことはないし、ここらの治安が悪いわけでもない。
だが、万が一ということもある。
「おい、神崎」
「お、おいって……」
いつの間にそんな呼ばれ方をするほど仲良くなったかね、と呆れた顔をされたが、初対面で変なあだ名を付けて平然と呼んでくる奴に言われたくはない。
「そろそろ帰るだろ?」
「まぁ、そうだね~。本当はもうちょっといたいくらいだけど、二人のムフフ界を邪魔したら悪いしね~」
神崎は俺でも紗夜でもない虚空へと視線を向けて「ねー?」と同意を求めているが、その行動が不審過ぎて怖い。
アニメで時々ある、キャラが視聴者に向けて発言し、他のキャラが「誰に言ってんの?」と突っ込むアレに似ている気もするが、コイツにそんなアニメ知識があるとも思えない。
もしそうだとしても、現実との区別は付けてもらいたいものだ。
「理由はともかく、帰るなら送ってくぞ?」
「え?」
ハイテンションだった神崎が、急に瞳を瞬かせてこちらを向いてくるが、すぐにいつものにやけ面に戻ると、自分の身体を抱いて一歩後退る。
「なになにぃ~? そのまま家に押し入ってきて、私襲われちゃう感じ~? ヤバァー!」
「ヤバいのはお前の頭だ。んなことするわけないだろ」
「あはは、だよね~! 家人いるし、つっしーには紗夜ちーがいるもんね~」
「お前、一回殴って良いか?」
「ちょっとちょっと! 私、
「今どき男女差別は流行らんぞ」
キャー、とどこか楽しそうに紗夜の背中に隠れた神崎は、「つっしーっていっつもこうなの?」と聞いており、紗夜は「颯太君は気配り上手さんなので」と答えていた。
「別に気配りとかじゃない。当たり前だろ、これくらい」
ため息混じりにそう言うと、紗夜と神崎は顔を見合わせた。
「む、無自覚だ……ッ!?」
「質が悪いですよね」
二人でクスクスと笑い合って、何だか意気投合しているのは構わないが、話題が俺のことなので、少しモヤッとする。
「じゃ、お言葉に甘えて家まで送ってもらおうかな~」
「へいへい」
「……夜道で変なことしてこないでね――って、痛いっ!?」
取り敢えず額を指で弾いて黙らせておいた――――
◇◇◇
「暗いね~」
「そりゃ夜だからな」
紗夜に「行ってらっしゃい」を言われてから数分。
学校の方へ向かう道をしばらく進み、そこから右折した道をさらに進んでいく。
「寒いね~」
「そりゃ冬だからな」
等間隔に設置された街頭の明かりの下を通るように、二人横に並んで歩いている。
「ちょっと、ドキドキするね?」
「不意にマジな声出してくんな! こっちがドキッとするわ!」
やはり悪戯だったようで、神崎は「ククク」と笑いを押し殺そうとするが、思い切り声が漏れている。
一体何がしたいのかわからないが、呆れている俺に対して、神崎は凄く楽しそうだ。
「さっきからどうした。どうでもいいような話振ってくるし」
「どうでもいいとは失礼な~! つっしーと親睦を深めようと話題振ってんじゃん! それをつっしーは『そりゃ夜だからな』『そりゃ冬だからな』って、そりゃそりゃ足蹴にしてさー!」
「話題の振り方下手過ぎんだろ。紗夜がお前のこと友達多そうに言ってたからコミュ力高いんかと思ったら、全然そんなことなかったな」
「が、学校では会話のキャッチボールになるんだもん! つっしーが結論だけ返してくるから会話が終わるんじゃん!」
「あー」
確かに。
まさか、神崎に正論を言われるとは思っていなかったので、何だか悔しいし、失礼極まりないが腹立たしい。
「私もうボールなくなったから、次つっしーからお願い~」
「えぇ……じゃぁ。次の十字路左に行ってその先まっすぐ行ったところに、何かすげぇ立派な家あるよな。三階建てかアレ?」
「あぁ、うん。テラスも付いてるよね~」
「そうそれ。屋根に太陽光パネルとか、格の違いを感じるわ」
「庭も広いしね~」
「プールとかあったりして」
「プールはないけど、池ならあるよ~?」
「ほえぇ」
「……」
「……」
十字路を左に曲がったあたりで、会話が続かなくなった。
まぁ、特に考えもなしに出した話題なんてそんなものだろう。
「でも、ありがとね?」
「えっと、何が?」
「送ってくれてるじゃん」
「いや、だからそりゃ当たり前のことだって。お礼を言われるようなことじゃない」
「なかなかこういうことを当たり前に出来る人、少ないと思うけどなぁ~」
「ほえぇ。でも、何にせよ夜道を女子一人で帰すわけにはいかんだろ。ましてやお前を」
神崎はお世辞抜きにしてかなり美人だ。
紗夜のように清楚可憐で儚げ――とはまた別ベクトルの、明るく元気な美少女といった感じだ。
容姿的な意味でも女性的な魅力が多いし、そういった女子をターゲットにする不埒な輩も世の中には多くいる。
もし神崎を一人で帰して、実際そんな目にあったなら、俺はどうしてあのとき送っていかなかったんだと一生後悔することになるだろう。
それだけは御免だ。
「おい、どうした急に黙って」
街灯の明かりの下にきて、神崎の顔が照らし出される。
「め、めっちゃドキッとした!」
「……は?」
もう俺の中でおふざけキャラが定着している神崎には似つかわしくない、恥じらったような赤みが頬に差している。
そんな神崎が、ビシッと俺に人差し指を向けてきた。
「つっしー。あんまり紗夜ちー以外にそんなこと言わない方が良いよぉ」
「どうしてそこでアイツが出てきた」
「うっわ、こりゃ重症だわ」
「あと、人を指で差しちゃいけませんって習わなかったのか」
こちらへ人差し指を立てて向けられていた左手の上からそっと手を当てて下ろさせる。
「って、お前……手、冷たいな」
「こっ……コレコレ! こういうの! こういうのをするなって言ってるのッ!」
俺に掴まれた自分の左手を見て、慌てたように訴え掛けてくる。
「おい、俺の手はそんなに汚く見えるか? 流石に泣くぞ、俺」
「あぁもう! 違うよぉ~!」
情緒不安定な神崎と共に一時止めていた足を再び進めると、少しして神崎が立ち止まった。
「送ってくれてありがとね」
「ん、家ここら辺か?」
「ここら辺も何も、ここが家」
「ここって……」
監視カメラ付きの重厚な門。その奥に少し庭があり、石畳の道の先に三階建てでテラス付きのの家。
「さっき話してた立派な家、お前んちかい!」
「てへっ」
「ちっ!」
「痛いっ!」
あざとく首を傾けてちろっと舌を出し、拳を頭に当ててポーズを取った神崎が無性にムカついたので、一発デコピンを喰らわせておいた。
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