第39話 お隣さんの親友②
【津城颯太 視点】
最近はずっと紗夜と一緒に帰っていたため、こうして一人で下校するのは久し振りだ。
スマホに紗夜からメッセージが届いており、友達と一緒のため今日は一緒に帰れないことと、買い物をお願いしたいということを受け取った。
なので、メッセージに書かれていた食材リストを頼りに、マンションをちょっと過ぎたところにあるスーパーで買い物を済ませ、いつもなら着替えて紗夜の家に行くところを今日は制服のままお邪魔することにした。
玄関のインターホンを押し、少しすると、ガチャッという解錠音と共に扉が開かれた。
「はいはーい……って、アレ?」
「紗夜。言われた通りスーパーで買い物してきたぞ……って、え?」
扉の中から出てきた紗夜ではない別の女子の声と、俺の声が重なった。
圧倒的沈黙と、時間が停止したように感じる戸惑い。
そして、徐々に時間の流れが元のスピードを取り戻すにつれ、やってしまった感が俺の心臓を早打ちさせる。
こんな季節なのに汗ばんで感じるのは、間違いなく冷汗というやつだろう。
どこかで見たことのあるような気がする凛清の制服を着た女子が、俺の顔と、制服と、右手に持った買い物袋を順番に見ていく。
「あ、あぁ……家ミスったわぁ……」
「いや、それは厳しいでしょっ!? 紗夜ちーのこと名前で呼んでたし」
立ち去ろうとする俺の手を、逃がすまいと掴んでくる。
その女子のポカンとした表情はみるみる興味津々といったようなものに変わり、クリッと大きな焦げ茶の瞳を燦爛と輝かせた。
「さ、紗夜ち……彼氏っ……夫が帰ってきたよぉおおおおおッ!?」
「違うわッ!」
「違いますッ!」
その女子の絶叫に、俺と、家の中から聞こえてきた紗夜の声が重なった――――
◇◇◇
「す、すみません颯太君……」
「いや……俺もこういうことを想定しておくべきだった……」
リビングのソファーに三人並んで座っている。
いつものように俺の右隣に紗夜で、そのさらに隣に紗夜のクラスメイト――神崎鈴音だ。
二人ならまだゆとりのあるソファーだが、こうして三人で並んで座るとやや窮屈に感じる。
「で、で!? 下の名前で呼び合う二人はどういう関係かな~?」
ソファーに座ったまま身を乗り出して、俺と紗夜の顔を交互に見比べる神崎。
どこかで見たことあると思ったら、紗夜の転校初日に一緒に帰るため職員室前で待ち合わせしたとき、紗夜をそこまで連れてきてくれていた女子生徒だ。
「いや、少なくともお前が思ってるような関係じゃないぞ。ただの隣人だ」
「隣人って、お隣さんってこと? つっしーの家ここの隣ぃ~!?」
初対面で急に『つっしー』なるあだ名をつけられたことにツッコミを入れたいが、紗夜がそっと「鈴音さんは変なあだ名をつけたがる癖があるようで……」と耳打ちしてくるので、一応納得しておく。
「え、じゃあさ! 二人はもしかして三学期始まる前から……」
「まぁ、そうだな。確かクリスマスの夕方に会ったんだったよな?」
「覚えてくれてたんですね」
「そりゃまぁ」
「はいはーい。そこ、二人の世界を作らない」
別にそんな世界を作ったつもりはなかったが、神崎から見たらそうだったらしい。
そして、まだ興味の絶えなそうな表情を浮かべている。
「もぉう! 聞きたいこといっぱいありすぎるんだけどさ! 取り敢えずぅ、何でこんなコソコソ付き合ってたのか聞いても良い?」
「お前みたいに騒いで変な憶測立てられないために、だな」
「酷い言われよう!」
紗夜ちーの彼、なかなかストレートな物言いだね? と神崎が紗夜に言うと、紗夜は顔を真っ赤にして「だから付き合ってませんって!」と抗議していた。
「じゃじゃ、何でつっしーが紗夜ちーの買い物を? やっぱり手助けしてあげて、る……? あ……あぁあああ! まさかそういうこと!?」
「急にどうした」
何か合点がいったようにポンと手を叩いた神崎は、紗夜にグッと顔を近付けて興奮気味に聞く。
「紗夜ちー! 私にも料理振舞ってくれるって言ってたじゃん!? まさかっ!」
「は、はい……私が颯太君の食事を用意してます……」
「か、通い妻――いや、つっしーが通い夫なのかッ!?」
「「夫じゃない」ですっ!」
「息ピッタリね~」
キャッキャとハイテンションで実に楽しそうな神崎だが、こちらとしては非常に疲れる。
まぁでも、悪い奴ではなさそうなので、神崎が紗夜のクラスメイトで安心だ。
やや距離感が近いが、率先して紗夜の手助けをしてくれているようだし、学校でも俺がでしゃばる必要はなさそうだ。
「でも、そっかぁ~。お隣さんで、下の名前で呼び合って、ご飯も一緒に食べる仲かぁ~」
「何だよ」
「べっつにぃ~? ムフフ!」
一人楽しそうな神崎は置いておいて、紗夜が申し訳なさそうな顔をこちらに向けてくる。
「ごめんなさい颯太君。私が色々とヘマしたせいで……」
「別にお前のせいじゃないって」
シュンと肩を落とす紗夜の頭に、つい手を乗せようとして思い止まる。
そんなことをしているのを神崎に見られでもしたら、一層妄想を膨らませる材料にされかねない。
「でも……」
「大丈夫だって。神崎に口止めしとけば良いだけだろ?」
「く、口止めッ!? なに私。ここで始末されちゃう感じ!?」
「んなことするか!」
だよね~、と愉快に笑いながら頬を指で掻く神崎。
「ま、安心してよ二人とも。私は口が堅いからねっ! 二人のムフフな世界を壊すようなことはしないって!」
「別にそんな世界は存在しないし、お前が口堅そうには見えんが、もし言い触らしたら……」
「い、言い触らしたら……?」
「お前が紗夜の手料理を口にすることは一生ないだろう」
「そ、そんなぁ~ッ!!」
隣で紗夜が曖昧に笑っていたが、神崎の口封じにはもったいないくらい美味しいのは確かだ。ソースは俺。
「わ、わかったよつっしー! だ、だからさ……お願いだから紗夜ちーのご飯食べさせてぇ~?」
「それは紗夜に頼んでくれ」
紗夜ちぃ~、と神崎に横から抱き着かれた紗夜は、少し慌てたような口調で「わかったから離してくださいっ」と言っていた。
どうやら今晩の食事は、賑やかになるらしい――――
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