第38話 お隣さんの親友①
【美澄紗夜 視点】
終礼のチャイムが鳴り、生徒達が椅子を引いて立ち上がる音がやかましく響く。
今日も颯太君と一緒に帰りたい気持ちはあるけれど、いつもクラスメイトからの一緒に帰る誘いを断っていれば怪しまれてしまう。
それに、そろそろ断るネタも尽きてきてしまった。
職員室に呼ばれているなどは数日空ければ再度使用しても怪しまれないだろうが、移動教室先に忘れ物をしてしまったや、帰りに寄る場所がある……など、最近ではワンパターン化してきてしまっている。
だから、今日は颯太君には一緒に帰れない旨を連絡し、前々から一緒に帰りたいと誘ってきてくれていたクラスメイトと帰ることにした。
「紗夜ちー帰ろっ!」
「きゃっ! ……もう、ビックリするので急に抱き着いてこないでください、
席を立とうとしたところ、パタパタと軽い足音が近付いてきていると思ったら、
ハッキリとは見えないが、小麦色の髪は肩口辺りで切り揃えられていて、瞳は大きく多分茶色っぽい。
肌は白く、背後から抱き着かれたことによって背に感じる弾力的に、胸は私より大きいのは確実だろう。
そして、間違いなく可愛い。
それは、外見的な意味でも性格的な意味でも。
男女問わず誰にでも分け隔てなく積極的に接していくことの出来る社交性を持ち、表裏のない言葉は人を引き付ける。
そんな彼女は、転校初日から私にとても親切にしてくれる。
クラスメイトから友達へ。もしかすると、今後友達の中でも親友と呼べるような間柄になれるかもしてない――なんてことも考えたりする。
私が背後から回された細い腕をそっと除けると、鈴音さんは申し訳なさなど微塵も感じさせない明るい口調で「ごめんごめん」と謝ってくるので、思わず呆れて笑ってしまう。
「でも、紗夜ちーと初めて一緒に帰れるわけじゃん? テンション上がっちゃってさ~」
「あはは。その期待に応えられるかどうかはわかりませんが、まぁ、帰りましょうか」
「よぉしっ! じゃ、私の肩持って~?」
「はい。いつもありがとうございます」
良いってことよ~、と男前に答えた鈴音さんは、恐らくサムズアップした。
一緒に帰るのがそんなに楽しいですかと一瞬口にしようとしたが、ふと颯太君と一緒に帰る光景が脳裏に過って、喉元でその言葉が止まった。
私も人のことは言えませんね。
自分では気が付かなかったが、鈴音さんに「何笑ってるの?」と不思議がられたので、やんわり「なんでもないですよ」とはぐらかしておく。
私が家の方向を教えながら、鈴音さんがその通りに歩いていく。
いつもは隣に颯太君がいて、身長差的にその腕を借りている。
男性にしては細身な颯太君だが、腕を借りて隣を歩いているときは何だか頼もしくて、安心出来る。
恐らく颯太君一人ならもっと早く歩けるだろうに、気遣い上手な彼は、すでに把握した私の歩調に合わせてくれる。
颯太君はいつも私に料理を作ってもらったりと世話になりっぱなしだと言ってくるが、私はそうは思っていない。
すぐに手を差し出してくれたり、歩幅を合わせたりといった細かい気遣いが私としては凄く助かっているので、むしろ私が料理を振舞うのはその恩を返したいからというのもある。
まぁ、本当は颯太君が美味しく食べてくれるのが嬉しいからなんですけどね。
「このマンションかな~?」
「はい。到着ですね」
二人でエントランスを潜り、エレベーターを使って三階へ。
カバンから鍵を出して扉を開けると、鈴音さんが感嘆するように「本当は見えてるんじゃないかってくらいスムーズに開けるね!」と言ってきた。
「まぁ、鍵穴の位置は大体把握してますし、手で触ったらすぐにわかりますよ」
「えぇ! 私じゃ無理だなぁ……」
「気配ですよ気配」
「むむっ!? そこに刺客かッ!?」
入り口で時代劇をし始めようとする鈴音さんに「冗談言ってないで入ってください」と言って、さっさと入ってもらう。
マンションでの声は割と響くので、私の家の前でふざけている人がいるなんて思われでもしたら恥ずかしくて仕方がない。
鈴音さんをリビングに案内し、ソファーに座らせる。
その間に私は湯を沸かして黒豆茶を入れる準備。
「綺麗な部屋だね~。シンプルだけどお洒落っ!」
「そうですね。極力物は置かないようにしています」
無駄な家具は障害物にしかならないので、と付け加える。
床に物を置いていたりすると、足の指を打ってしまうかもしれないし、それが小指であったなら、一人しゃがみ込んで悶絶ものだ。
まぁ、最近では家に颯太君がいてくれるので、もしちょっとした怪我があっても安心ではある。
湯を沸かし終えると、ポットに注ぐ。
そして、トレーに二人分の湯飲みと黒豆茶のポットを乗せ、鈴音さんにテーブルまで運んでもらうよう頼む。
別に自分でも運べるが、こうして家に誰かいるときは万が一のことが起こらないためにも頼むようにしている。
「でも、一人暮らしか~。大変そうだけど、ちょっと憧れるなぁ~」
「まぁ、自分の好きなように生活できますし、そこは良いかもしれませんね。ただ、最低限の家事が出来ないといけませんが」
お隣に最低限の家事――主に炊事が出来ない人がいますが、それは例外です。
「家事ね~。洗濯とか掃除は問題ないよ? でも、料理って難しくてさ」
「料理は練習が必要ですからね。ただ、練習さえすれば誰だって出来るようになりますよ」
「紗夜ちーのご飯か~! 美味しそうっ!」
「機会があれば、いつか鈴音さんにも振舞いますよ」
「私にも?」
「えっ……あ、いや――」
「え、なになに~!? 紗夜ちーもう誰かにご飯作ったことあるの!? 誰!?」
グイグイと距離を詰めてくる鈴音さんにパニックになりながら、自分の失言を後悔する。
「も、もしかして彼氏……とかっ!?」
「そ、そんなわけないじゃないですかっ! 私、引っ越してきたばかりですよ!?」
「紗夜ちーの可愛さなら一瞬で男子のハート掴めるんだから、時間なんか関係ないでしょ!」
「そ、それが出来れば苦労はないんですが……」
「え、何て?」
「いえ何でも! そ、それより鈴音さんちょっと近い――」
――ピーンポーン。
「「……」」
突然のインターホンに私の話が遮られる。
そして、同時に私は、颯太君に一緒に帰れないことは伝えたが、友人を家に上げていることまでは教えていないことに今更ながら気が付いた。
もし宅配便ならエントランスのインターホンで今のとは異なった音が鳴るので、間違いなく玄関のインターホンが鳴らされている。
そして、私の家の玄関のインターホンを鳴らす人物なんて、一人しか心当たりがない。
「ご、ごめんなさい。ちょっと行ってきますねっ?」
「いいよいいよ! 紗夜ちーは大人しくしてて? 私が出てあげる~」
「あ、ちょ――」
いつもならありがたい気遣いと思うところだが、今回に限ってはタイミングが悪い。
鈴音さんは制止を聞かず、小走りに玄関へ行ってしまった。
そして――――
「はいはーい……って、アレ?」
「紗夜。言われた通りスーパーで買い物してきたぞ……って、え?」
……やってしまいました、颯太君。
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