第35話 お隣さんの学校生活①
紗夜が凛清高校に転校してきてから、早くも二週間ほどが経過していた。
転校してきて数日は、学年性別問わず噂の美少女転入生を一目見ようという者達で、一年二組付近の廊下に人だかりができていたが、それもここ最近ではようやっと落ち着いてきた。
だが、一年生の間では紗夜の名前を聞かない日はなく、毎日必ず誰かが紗夜の話題を持ち出している。
一時友達が出来るか不安がっていた紗夜ではあるが、いざこうして注目になり、どういう心境なのだろうか。
疲れていないだろうかとやや心配になるが、本人もそれなりに楽しい学校生活を送れているようなので、俺がとやかく言うことではないだろう。
そんなことを考えながら授業時間を過ごし、休み時間になる。
トイレに行こうと席を立ち、一組の教室を出ると、背中から声が掛かった。
「颯太ぁ~」
「ん、どうした周?」
一瞬足を止めて振り向くと、小走りに周が追い掛けてきていた。
横に並んだところで再び足を進める。
「いやぁ、何か用事があるってワケじゃないんだけどね? 颯太どこに行くのかなぁ~って気になったからついてきちゃった」
「……」
だめ、だったかな? と不安げな眼差しを向けてくる周に、「いや……」と言葉を漏らして俺は喉を鳴らした。
可愛いなこんちくしょう。
男だよな? 本当に男なんですよね?
俺は今更ながらに周の性別を確かめるべく、ジッと見詰める。
「え、えっと、颯太の方こそどうしたの? そんなに僕のことジッと見て…ジッ」
「いや。自分自身に周は男だと言い聞かせていたところだ」
「ぼ、ボクは男だよッ!」
フン、と鼻から息を吐き出して胸を張って見せる周。
確かに着用しているのは凛清の男子生徒用制服に違いないし、胸に一切の膨らみもない。
いや……最近は女子でも制服をスカートかスラックスか選択出来る時代だ。
もしかすると周も――――
「――もう、颯太ぁ!」
「あはは。ごめんって」
どうやら、俺がまだ周の性別を疑っていたことを察したらしい。
頬を膨らませる周に、適当に謝っておく。
「まぁ、いいや。それで、颯太どこに行くんだい?」
「トイレだが……ついてくるのか?」
「――ッ!?」
「おい、なぜそこで頬を赤らめた。本当に男なんだろうな?」
「べ、別に赤らめてなんかないよ! ほら、さっさと行こう。漏れちゃうよ!」
「そんな切羽詰まってねぇよ」
そんな会話をしながら廊下を歩いていると、前方から数人の女子グループが歩いてきていた。
そして、その中にふわりと揺れる美しい黒髪を見付けた。
どうやら周の目にも留まったらしく、何か遠い存在を感嘆するように呟いた。
「いやぁ~、美澄さんって相変わらず凄いね。男子からだけじゃなくって、女子からもモテモテで」
「まぁ、いつものことだな」
「ボクは……まぁ、あんまり興味ないけど、颯太はどうなの? やっぱり美澄さんみたいな人が好みだったりするのかな?」
「さぁな。確かに美人で可愛いと思うが、それが恋愛感情に直結するわけじゃないからな。それに美澄は高嶺の花すぎるだろ。俺ごときがアイツとどうこうなりたいなんて思ったら、身の程弁えろやってなるだろ?」
「ちょ、ちょっと卑屈すぎやしないかな?」
「そうか?」
「うん。颯太は自分で思ってるより、良い奴だよ? 顔だって……ほら。ちょっと髪を整えて顔出したら結構カッコいい方だと思うけど」
周はそう言いながら、身長差を縮めるため背伸びして俺の髪を手で掻き上げてくるが、ほらと言われても、自分の顔は見えない。
ただ、少し視野が広くなったことを実感するくらいだ。
そんなことをしているうちに、紗夜とはすれ違ってしまった。
顔を合わせれば必ず話をする――くらいの仲にはなっているつもりだが、こうして見知らぬふりをしてすれ違うというのは、ちょっと胸に来るものがあった。
まぁ、紗夜は俺の存在を視認出来ていないわけだから、俺の一方的な片思いというやつか。
「ほとんど目が見えないらしいのに、普通に生活できてるよね、美澄さん」
ぽけーっと紗夜の背中を眺めていた周がそんなことを口にする。
「ま、あれだけ取り巻きがいたら、手伝いには困らないだろうし。学校生活での不便ってのは意外と少ないかもしれないぞ?」
「確かにね。あっ、でも知ってる?」
「何を?」
「美澄さんって、男子には絶対手伝いを頼まないんだって。ボクも美澄さんが歩いてるときは女子の肩を持ってるところしか見たことないし、多分本当」
やっぱり変な勘違いされるのが嫌なんだろうね~、と周が推測するが、俺は少し頭上に疑問符を立てた。
男子には絶対手伝ってもらわない?
俺、男子なんですが……。
紗夜は変に俺の前で無防備になるし、割と距離感も近い。
注意したこともあったが、紗夜は決まって俺を信用しているからと答える。
それって、俺を男として見ていないということなのではないだろうか。
いや、別に男として見られたいという強い願望があるわけではないし、友人や隣人といった関係性を超えた新たな関係を築きたいとも思っていない。
だが、一応俺も男であるわけで、女子にそう見られていないというのは恋愛云々関係なしにショックである。
「どうしたの颯太? トイレ行かないの?」
「あ、あぁ、悪い。行こうか」
いつの間にか止めていた足を再び前に踏み出し、周と一緒にトイレへ向かった。
ちなみに、周はトイレに用事はなかったようで、俺が用を足すまで入り口で立って待っていた――――
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