第33話 お隣さんと下校も一苦労①
今日は冬休み明け初日ということで、学校は授業といった授業もなく、昼までで終了した。
スピーカーから電子音のチャイムが鳴り、教師が買えるように促すと、皆好き好きに立ち上がる。
そして、友達を連れて帰る者や一人で帰る者、はたまた部活に向かうものと様々だが、俺はどうなるだろうかとスマホを見る。
すると、紗夜からメッセージが来ていた。
『何とか一人になるので、職員室付近で待っていてください』
まぁ、何というか。
一緒に帰る前提のメッセージだったことに突っ込むのは流石に無粋というものか。
それは置いといて、何とか、か。
やはり、クラスメイトからは一緒に帰る誘いを受けるなどしてたかられているのだろうな。
俺はありありと想像できるそんな紗夜の姿を想像しながら苦笑いを浮かべると、机に掛けていたカバンを肩に持ち、席を立つ。
「ねぇねぇ、颯太~。このあとどこかに食べに行かないかい?」
すると、俺が帰るタイミングを窺っていたのか、周がそう誘ってくる。
普段ならその誘いに乗っていたところだが、まだ学校に慣れていない紗夜を一人にするのは不安だ。
「あ、悪い。今日はちょっと外せない用事があってな」
「あー、そっか~。ならまた今度誘うとするよ」
「すまんな、周」
「いいよいいよ」
俺は改めて周に謝罪の言葉と両手を合わせて見せてから、小走りに教室を後にする。
二組を通過する際、チラリとそちらを見てみれば、案の定紗夜はクラスメイトに囲まれており、抜け出すにはもうしばらく時間が掛かりそうだった。
◇◇◇
しばらく職員室付近で待っていると、そこに紗夜と、紗夜に肩を持たれた女子生徒がやってくる。
恐らく彼女は紗夜のクラスメイトなのだろう。
ここまで紗夜を案内してくれたということか。
紗夜が「ありがとうございます」と軽く頭を下げると、女子生徒は「じゃ、また明日ね~」と答えて元来た方向へ戻っていった。
その女子生徒を含め、他に人の視線がないことを確認してから、俺は辺りをキョロキョロしている紗夜の下へ近付いていく。
「紗夜」
「あ、颯太君」
今は誰もいないので、こうして名前で呼んでも問題はないだろう。
「すみません、待たせてしまって」
「大丈夫だぞ。それより、お前も大変そうだな」
「あはは……」
すっかり取り囲まれてしまって、と頬を掻きながら曖昧に笑ってみせる紗夜。
「それにしても、あの人だかりからよく抜け出してこられたな?」
「はい。先生に職員室に呼ばれていると言って、開放してもらいました」
「おやおや。だったら早く職員室に入ったらどうだ?」
「もう。いじわるしないでください颯太君。嘘も方便というやつですよ」
不満げに頬を膨らませた紗夜が、肘で横腹を突いてきたので、俺は「うぃっ」と情けない声を漏らしてしまった。
「さ、帰りましょう」
「そうだな。人目を避けるために正門じゃなくて裏門から帰ろう」
「わかりました。あ、帰りにスーパーに寄ってもらっても良いですか?」
夕食のための食材を買いたいので、という紗夜に、俺は了解の意を示す。
そして、二人で人目の少ない間を縫って下駄箱で靴を履き替え、裏門のある本校舎裏手の方へ歩いていく。
下校時間から少し経っているため、校内にだいぶ生徒の姿はなくなっており、ましてあまり利用されない裏門付近となると人気はなかった。
――と、思ったのだが。
「っ、紗夜。ちょっとすまん」
「えっ、颯太君?」
俺は紗夜の手を引き、手近なところにあった物置きの陰に入る。
戸惑う紗夜に説明するのはあとだ。
物置きのコンクリートの壁に紗夜を押しやり、スペースの問題で俺は紗夜に被さるように立つ。
「ちょっ、颯太君……!」
「し。声を出すな」
「うぅ……」
紗夜が妙な声を漏らして呻いているが、そこへ意識を向けている場合ではない。
なぜなら――――
「せ、先輩っ!」
「どっ、どどどどうした? 俺をこんなところに呼び出してっ」
本校舎裏に差し掛かったところで、一人男子生徒が立っていたのが見えた。
だから俺は咄嗟に紗夜を連れて隠れたわけだが、どうやらその男子生徒のもとに女子生徒がやってきたらしい。
個人的には盗み聞きはしたくないのだが、現状況では出ていこうにも出ていけない。
そんな俺の思いは虚しく、俺と紗夜が隠れる物置きの前で二人の会話は進んでいく。
「あの、えっと……実は大切な話があるんですっ!」
「な、何だ?」
「じ、実は私っ、先輩のことが好きなんです! わ、私と付き合ってくださいッ!」
まぁ、そんなことだろうとは思った――と俺が心の中で呟いたとき、紗夜の身体がビクッと震えた。
ハッキリと声を出すわけにはいかないので、紗夜の耳元で「どうした?」と尋ねると、さらに身体を強張らせた紗夜が「ひゃぃっ!」と声を漏らす。
一体どうしたというのか……まぁ、今はそれより、物置きの前で現在進行中の青春だ。
さて、男子生徒の返答は――――
「じ、実は俺もお前のことが好きだったんだッ!」
おぉ。
「ほ、本当ですか!?」
「あ、ああ! だからっ、付き合おう!」
「は、はい!」
どうやら、めでたしめでたしらしい。
となれば、さっさとこの場から立ち去ってもらいたいものだが…………
「え、あっ、ちょっと先輩……っ!」
「だ、ダメかな……?」
「う、うぅん……ダメ、じゃないですよ?」
……どうやら何かを始めてしまったらしい。
物置きの裏からは二人の様子を見ることは出来ないが、それはそれで声だけが聞こえてきて、勝手に脳みそが光景をイメージしてしまうのでもどかしい。
「せ、先輩……キスして良いですか……?」
「こ、こんなところでっ!?」
「やっぱり駄目ですよね! す、すみま――んっ!」
「――ご、ごめん。……しちゃった」
「先輩……」
「ひ、人来ないよな――」
来てます来てますここにいます。
「――あ。ちょ、先輩っ……ダメですってこんなところでっ! んっ、そんなとこ……っ!」
「……やわらかいな」
「あぅ……先輩……」
本当に勘弁してくれ。
聞かされているこちらとしては気まずくて仕方がない。
イチャイチャするなら家に帰ってから存分に行ってもらいたいものだ。
仕方ないが、二人がどこかへ行くまでここで我慢するとしよう――――
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