第32話 お隣さんの初登校(当日②)
閑散とした本校舎一階廊下に足音を響かせながら、一組教室の前までやってくる。
時刻は午前七時五十分。
まだ誰も来ていないだろうと思い、スライド式のドアを開けると、「あれっ?」という声が飛んできた。
「颯太! えっ、早くないかいっ!?」
「おぉ、
俺の机の後ろの席に座って、やたらと色んなテキストを広げていた女子――に見えるが実は男子の
女子と大差ない背丈で華奢な体付き。
肩口辺りまであるであろう茶色の髪は後ろで一つに束ねられており、瞳は栗色。
スカートさえ履けばもはや女子も同然な周は、数少ない俺の友達の内の一人だ。
「ぼ、ボクはいつもこれくらいの時間に来てるけど……颯太は珍しいね? 今日は槍でも降ってくるのかな?」
「槍が降るかどうかは別として、まぁ、三学期からは心機一転。優等生にでもなってみようかなと」
「それは良い心掛けだね。とても颯太の口から出てくるとは思えない言葉だけど……ちなみに、冬休みの宿題はやってきたのかい?」
「宿題? やってきたぞ。三分の二くらいな」
「宿題は全部終わって“やった”になるんだよ」
「そりゃごもっともな意見だが、かく言うお前が今やっているのは何だろうな?」
俺は自分の席にカバンを掛け席に座ると、身体ごと後ろに振り向いて、周の机に広げられた無数のテキストを見やる。
教科様々。
どれも冬休みに出された宿題である。
「あはは……冬休みの宿題、かも?」
「かもじゃなくて、まさしく冬休みの宿題だな。それに、俺より終わってないぞ」
「だ、だってぇ~」
そこからしばらく宿題をやらなかった理由を聞かされたが、どれもこれもたいしたことのない理由――どころか、完全にオタク趣味に走ったものだった。
そう、この周は、漫画やアニメのような男の娘属性を持ちながら、オタク思考も兼ね合わせた奴なのだ。
だからこそ俺と話が合うということなのだが、趣味より宿題を優先してもらいたいものだ。
まぁ、自分でもどの口が言ってるんだと思うが……。
このあと周は頑張って宿題を終わらそうとしていたが結果は虚しく、あとで遅れてでも提出すると言っていた。
◇◇◇
始業時刻八時半。
隣のクラス――二組の生徒の異常なまでの歓喜の声が、壁越しにも伝わってきた。
それを聞いた一組でも一体何事かとざわついたが、すぐに担任教師から二組に転入生が来たことを知らされると、次の休み時間になった瞬間、皆一斉に二組の方へ駆け出して行ってしまった。
「颯太! ボク達も見に行こうよ!」
どうやら周も興味津々なようで、席を立つと、勢いよく俺の前に回り込んできた。
「い、いや、俺は……」
だって、紗夜じゃん。
すでに転入生の正体を知っていて、ましてやそれが色々と――主に栄養管理の方でお世話になっているお隣さんとなれば、今更どういう反応をすればいいのか。
「えぇ! 颯太は気にならないのかい!?」
「ま、まぁ、そんなに」
思わず苦笑いが浮かび上がってしまった。
しかし、俺が乗り気でないことを察した周がシュンと肩を落とし、ジッとすがるような視線を向けてくる。
こ、コイツは男だ。
男だとわかっているが、なぜこんなにドキッとさせられるのか……。
せめてその長い髪を切ったらどうかとも思うが、本人はこのスタイルが気に入っているらしいので何とも言えない。
「はぁ……わかったよ。少し見に行くか」
「やったぁ!」
周のつぶらな瞳に根負けしてしまった。
急く周に手を引かれるまま廊下に出ると、そこは一言で言って大混雑だった。
色んなクラス――ひいては他学年の生徒に至るまで、転入生である紗夜の姿を見に来ていた。
あまりに人の数が多いので、まともに二組に近付くことは出来なかったので、何とか人込みの後ろから紗夜の姿を確認する。
すると、男女問わずクラスメイトに取り囲まれており、少し困ったような笑みを浮かべていた。
心の中で「これは美少女転入生の宿命だ。受け入れろ、紗夜」とご愁傷様の念を送る。
「こんなに人がいたのにもビックリだけど、あれじゃ無理もないよね~」
「まぁ、そうだな」
周も人込みの隙間から紗夜の姿が見えたのだろう。
一応男である周と比べていいものかはわからないが、紗夜はその周とはまた違った華がある。
純粋な可愛い系である周に対し、紗夜はどこか儚さを纏った可憐な美少女といった感じ。
可愛さのベクトルは違うものの、入学当初リアル男の娘キャラとして周でさえ話題になったのだから、類を見ない美少女である紗夜が注目されないわけがない。
「あれ、颯太?」
「ん、どうした?」
「いやぁ、あんまり驚かないんだなと思ってね?」
「べ、別にそんなことはないぞ? ちょー驚いてる」
「颯太の口から『ちょー』とかでないでしょ。普通」
「それが実は出るんだよ」
何となくはぐらかしてはみたものの、周は「ホントかなぁ~」と納得していないようだった。
ただ、それにしても紗夜の人気は想像以上だった。
紗夜に負担が掛かっていないと良いんだが……いや、そんな心配をするのは過保護すぎるといったものか。
帰ったら紗夜に初登校の感想でも聞いてみるとしよう――――
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